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何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること  作者: 大森 樹


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47 結婚式①

「どうですかね?」


 真っ白なウェディングドレスを身に纏ったナディアを見て、エドムンドは声を詰まらせた。


「……っ!」


 普段は元気で明るい雰囲気のナディアだが、今日は凛とした大人の美しさと本来の少女らしい可愛らしさを兼ね備えた装いになっている。エドムンドの目には、ナディアの周りが光り輝いているように見えた。


「だ、だめですか?」


 何も言ってくれないエドムンドに不安になってきたナディアは、心配そうに眉を下げた。想いが通じてからのエドムンドは、意外にも素直にナディアを褒めてくれている。それなのに、何も言ってくれないのはドレスに問題点があるからなのかとナディアはヒヤヒヤしていた。


「……綺麗だ」


 エドムンドはポツリとそう呟き、ナディアに近付いた。胸元まで伸びていた痣も全て消え去っている。だが、綺麗というのはそういう見た目だけの問題ではない。


 ナディアの全てが美しいと、エドムンドは本気でそう思った。


「とても綺麗だ」

「ありがとうございます」


 エドムンドの褒め言葉にナディアはニコリと微笑んだ。可愛いと言われてもなかなか綺麗だとは言ってもらえないので、ナディアはとても嬉しかった。


「今日だけは、自分が片目なのが悔しいな」

「え?」

「両目に美しいナディアを映したかった」

「エドムンド……さまぁ……」

「こら、泣くと化粧が落ちるぞ」

「だって」


 そんな嬉しいことを言ってくれるエドムンドに、ナディアは堪えきれずに涙を流した。


「片目に二倍わたしを映してください」

「ふっ……どうやってだよ」

「エドムンド様ならきっとできます! これで両目分と同じですから大丈夫ですっ」

「そうかよ。じゃあよく顔を見せろ」


 よくわからない理論だが、ナディアがそう言うならそうなのだろうとエドムンドは笑いながら彼女の顔を覗き込んだ。


「エドムンド様もとっっても格好良いです! 素敵です」


 興奮したナディアは、式典用の騎士団の制服を着たエドムンドを褒めちぎった。結婚式で制服を着て欲しいというのは、ナディアの強い希望だった。


「飾りが多いだけでいつもと同じじゃねぇか?」

「全然違いますっ! 凛々しくてとてもお似合いです」


 この国の騎士団長であるエドムンドは、一番華やかな制服を身に着けることができる。鍛え上げられたエドムンドの逞しい身体は、その豪華な装飾に負けていない。今日は漆黒の髪もきっちりと整えられており、もちろん髭も生えていない。


 ナディアが一目ぼれしたエドムンドと……いや、一目ぼれしたころより何倍も何十倍も精悍で大人の魅力が増したエドムンドと、正式に夫婦になれることがナディアは夢のようだった。


「ナディアが良いなら、俺はそれでいい」

「わたしの子どもの頃からの夢が叶いました!」


 幼い頃のナディアはずウェディングドレスを着て、騎士の制服を着たエドムンドと結婚式を挙げることが夢だった。


 だが成長するにあたって、ナディアはその夢が叶いそうもないことに気がつき……ドラゴンのトラウマから騎士としてエドムンドの部下として働く道も絶たれ……自分の命すらわからないような状況になってしまった。


 家族を哀しませたくないという思いから、なるべく明るく振舞ってはいたがナディアはサンドバル辺境伯領でただ命がゆっくりと終わる時を待っていた。そんな時に、アダルベルトからエドムンドとの結婚を命じられた。それは、ナディアにとって願ってもないことだった。一時的でもエドムンドの傍にいられるのであれば、憧れの結婚式も、騎士としての夢も、命さえもなくしてもいいと本気で思っていた。


 なのに、今こうしてエドムンドと本当の夫婦になる日を迎えている。それはナディアにとってまるで奇跡のようだった。


「ありがとうございます。あとは両親にもこの姿を見せられたら良かったのですが」


 ナディアはエドムンドと結婚してから一度も生家には帰っていない。解毒ができたことや、結婚式をすることは両親や弟妹たちに手紙を書いて報告をしていた。皆とても喜んでくれて、父親のクラウスからエドムンド宛てに長文で礼状も届いていた。


 エドムンドは式の前にサンドバル辺境伯領まで挨拶にいきたいと申し出てくれたが、ジーメンス家の後処理やエドムンドが騎士団長に復帰する手続きやら何やらでどうしても時間を取ることができなかった。


 サンドバル辺境伯領はとても遠く、どれだけ急いでも一週間はかかる。つまり往復なら二週間だ。それだけの期間をエドムンドが離れることも、逆にクラウスにバンデラス伯爵領まで来てもらうこともできなかったのだった。


「ナディア、これは陛下から結婚祝いだと」

「……?」

「どうぞ。お入りください」


 エドムンドが扉を開けると、そこにはナディアの両親と弟のドミニク、そして妹のイルザが立っていた。


「そ、そんな。みんな……どうしてここへ」


 ナディアは口元を手で押さえ、大きな瞳からポロポロと涙をこぼした。


「ナディア、久しぶりだな。我々はエドムンド様にこちらに呼んでいただいたのだ。昨日王都に着いて、陛下とエドムンド様に挨拶を済ませていたんだ」


 クラウスはエドムンドに会釈をした。どうやら二人はナディアには秘密で連絡を取り合い、すでに話をしていたらしい。


「そうだったのですね。全然知りませんでした」


 サンドバル辺境伯領は魔物が多く、カレベリア王国を守る要としての役割を担っている。そのためよっぽどのことがなければ、領主であるクラウスが長期で屋敷を空けることは許されていない。ナディアの結婚の話を聞く時は特例で認められたが、クラウスは王都からとんぼ返りしていたし、不在の間は周囲の領地から強く優秀な騎士たちがサンドバル領まで手伝いに来てくれていたはずだ。


「ナディアの晴れ姿をどうしても見てもらいたくて、義父上たちに結婚式に来てもらえないかと陛下に相談した。サンドバル辺境伯領には、王家直属の優秀な騎士たちが応援に行ってくれているから安心していい。向こうの指揮は君の叔父上がとってくださるそうだ」


 エドムンドが手を回してくれたのだと知り、ナディアの目にはまた目に涙が溜まっていく。


「……エドムンド様、ありがとうございます」

「いや、俺は何もしてない。アルバン様が協力してくれた」


 どうやらハロルドが居なくなってから、軍や騎士の配置はアルバンが担っているらしい。元々はエドムンドと仲の悪かったアルバンだが、最近はお互い歩み寄って関係がうまいこといっていることをナディアは知っていた。


「後でアルバン様にもお礼を言わねばなりませんね」


 会えると思っていなかった家族に会えて、ナディアは感動していた。


「ナディア、おめでとう。元気そうな姿を見れて安心した。とても……美しいよ」

「あの時、お父様が送り出してくれたおかげです。ありがとうございます」


 普段陽気で豪快なクラウスだが、その声は震えていた。父親としての葛藤もあっただろうに、ナディアの意思を汲んでエドムンドの元に嫁がせてくれたことをナディアは感謝している。


「エドムンド様、改めて……娘を助けていただいて本当にありがとうございました。なんとお礼を申し上げたらいいか」

「いえ、救われたのは俺の方です。今までろくなご挨拶もできずに、申し訳ありませんでした。ナディアのことは任せてください」

「ナディアをよろしくお願いします」

「もちろんです」


 エドムンドの言葉を聞いたクラウスは、安心したように目を細めた。


「ナディア、とっても綺麗だわ。ずっと憧れていた大好きな人と結ばれてよかったわね」

「はい、お母様。わたしは幸せです。たくさん心配かけてごめんなさい」

「ふふ、何を言ってるのよ。親なんだから、子どもの心配くらいさせてちょうだい」


 母親のエミーリアに優しく抱きしめられていると、後ろからドミニクとイルザも抱き付いてきた。


「姉様、ご無事で何よりです。ドレスとてもお似合いです」

「ずっと会いたかったんですよ! 今日のお姉様、お姫様みたいで素敵だわ」


 昔から姉のことが大好きなドミニクとイルザは、ナディアに会えることをとても楽しみにしていた。


「わたしも二人に会いたかったわ。少し見ない間に二人とも大人っぽくなったわね」


 久しぶりに再会できて、ナディアはとても嬉しかった。だが、和やかな時間は長くは続かなかった。


「こちらに滞在されている間に、我が屋敷にも遊びに来てください。歓迎します」


 エドムンドの提案に、サンドバル家の皆は嬉しそうに頷いた。ナディアはエドムンドが自分の家族を大事にしてくれることがとても嬉しかった。


「積もる話はあるとは思いますが……花嫁のお化粧直しをしますので、みなさん出て行ってくださいませ。ナディア様っ、これ以上泣いては目が腫れてしまいます」


 バンデラス家の優秀な侍女たちは、花嫁を完璧に仕上げるために皆を追い出した。そのあまりの強い圧に、皆は従いすぐに支度部屋を出ることになった。


「おい、俺もここを出ないといけないのか?」

「はい。エドムンド様は式場の扉前で待機ですよ!」

「まだナディアと話したいんだ」

「だめです。モルガン様、早く連れてってください」


 ぶつぶつ文句を言うエドムンドを、モルガンが「さあ、さあ」と宥めながら式場の扉まで連れて行った。


 エドムンドが式場に移動する時に見えた空は雲ひとつない晴天で、眩しい光が教会全体を美しく照らしていた。


「これだけ天気が良けりゃ、天国からも見えるかもな」


 過去に何があったか全てを知っているモルガンは、エドムンドが亡くなった自分の両親に話かけているのだとすぐにわかった。


「……ええ、きっとご覧になられていますよ」

「だといいけどな」


 そう言って空を見上げて笑ったエドムンドは、とてもスッキリした顔をしていた。





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