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何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること  作者: 大森 樹


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45 再会

 その日のミリアは、朝からずっとソワソワしていた。エドムンドからパトリックが王宮から出てくる日が決まったと聞いてからはよく眠れず、指折りその日を数えた。


「ナディア様、わたくし変ではありませんか」

「ええ、今日のミリア様も可愛らしいですよ」


 パトリックに久しぶりに会えると思うと、気持ちが落ち着かない。今のミリアはドレスなど持っていない。ナディアに連れ出された時に身につけたものを全て売り、この日のために街でワンピースを買った。


 ナディアは自分の服を貸すと言ってくれたが、ミリアはそれを断った。


「では街にお買い物に行きましょう!」

「買い物ですか?」

「ええ、好きな人に会うためのお洒落は必須ですから」


 ミリアはナディアに誘われて、バンデラス伯爵領の街に出かけることにした。


 初めて自分の手でお金を払い、好きなワンピースを選んで買った。それは公爵令嬢だったミリアにとっては、とても新鮮なことだった。


 既製品のため、身体にぴったり合うというわけにはいかない。生地もいつもの最高級品とは違って、少しごわごわする。だけどパトリックに可愛いと思ってもらえるように時間をかけて選んだ淡い紫色のワンピースは、自分にとても似合っているとミリアは思った。


 両親に厳しく躾けられるたびに、ミリアはどんどん上手く言葉が出せなくなっていた。公爵令嬢としてお淑やかでいなければと思うたびに、自分の意見など持ってはいけないのだと思うようになった。


 すると両親や華やかで優秀な兄姉たちはミリアのことを『暗くて社交性のない人間』だと決めつけ、オルコット公爵家のお荷物のような存在として扱われた。


 心を閉ざしかけていたミリアに「君は周りを気遣える優しい子だ。でも、僕の前では自由に過ごしたらいいよ」と頭を撫でてくれたのは、近所に住んでいた年上のパトリックだった。


 パトリックも私生児として生まれたことでジーメンス公爵家では窮屈な思いをしていたというのに、いつもミリアを励まし助けてくれた。


 そんな優しくてかっこいいパトリックに恋をするのは一瞬の事だった。ミリアは幼い時に出逢ってから今までずっとパトリックだけを想ってきた。


 ミリアがそんな昔のことを思い出していると、王宮の扉が開きパトリックが中から現れた。


「ミリア」

「……パトリック……さま……」


 笑って出迎えようと決めていたのに、ミリアの目からはポロポロと溢れ出てきた。


 パトリックは駆け出して、ミリアを強く抱きしめた。


「ミリア、心配をかけたね」

「うっ……ううぅ……パトリックさま……」

「君が率先して署名を集めてくれたんだって?」

「いえ……そんなことしかできることがなくて」

「ミリアのおかげで僕は助かったんだ。人前で話すことが苦手なのに、本当にありがとう」

「良かったです。ご無事で良かったです」


 ハロルドの計画日が近付いてから、パトリックはあえてミリアと距離を取っていた。だからパトリックが最後にミリアに会ってから、ニカ月も経過していた。それは二人にとってはとても長くて、辛い時間だった。


「ミリア、よく聞いて」


 パトリックはその場に片膝をつき、ミリアの左手を優しく握った。


「僕はミリアを愛してる」

「……え?」

「指輪も花も爵位も金も何もないけれど、僕は君だけを愛してる。必ず幸せにするから、共に生きてはもらえないだろうか」


 パトリックの青く澄んだ瞳が、ミリアをじっと見つめた。ミリアの大きな瞳から、またポロリと涙が溢れた。


「……はい。よろしくお願いいたします」

「ありがとう。三年後、素敵な指輪を絶対に用意するから待っていて欲しい」


 そう言ったパトリックは、左手の薬指にキスを落とした。


「わたくしは指輪よりパトリック様からのキスの方が嬉しいです」


 頬を赤く染めながら笑ったミリアは、とても幸せそうな顔をしていた。


「ゔうっ……ミリア様……パトリック様っ……うゔっ……よがっだです」


 咽び泣くナディアの声を聞いて、パトリックとミリアは顔を見合わせてふっと笑った。


「なんでナディアが泣いてんだよ」

「だって……だってぇ……良かったなぁ……って。うゔっ」

「ほら、これで顔拭け」

「ありがとう……ございます」


 いつの間にかエドムンドも王宮の外に出てきており、子どものようにわんわんと泣いているナディアにハンカチを差し出し甲斐甲斐しく世話を焼いていた。


「エドムンド、ナディアちゃん、本当にありがとう」

「お二人ともありがとうございました」


 パトリックとミリアが深く頭を下げると、エドムンドとナディアもお礼を伝えた。


「俺たちも世話になった。ヴェナムを探せたのはパトリックのおかげだ」

「ご協力いただいてありがとうございました。わたしは屋敷ではミリア様にもとてもお世話になりました」


 ミリアは平民の生活に慣れるため、バンデラス家のシェフに料理を習っていた。お菓子作りしかしたことのなかったミリアは最初こそ戸惑ったものの、元々の器用さでめきめきと上手くなっていった。


「ミリア嬢は料理のセンスがある。今やナディアより料理がうまいぞ」

「あーっ! エドムンド様、それは言わない約束ではありませんか」

「本当のことだろ」

「でもシチューは作れますから!」


 ギャーギャーと言い合ってはいるが、エドムンドはナディアを揶揄いながら戯れているようだった。


「ミリアが料理を?」

「はい。自分でできるように一通り習わせていただきました。ナディア様から街での買い物の仕方も教えていただきました」

「こんなことは、公爵令嬢の君がしなくてもいいことなのに。苦労をかけてすまない」


 哀しそうに眉を下げたパトリックに、ミリアは首を横に振った。


「苦労ではありません。楽しいです」

「楽しい?」

「はい。驚くことや戸惑うこともありますが、知らないことを知れることが嬉しいのです。公爵令嬢だった頃は、自分の食べているものがどのように売られていて、それがいくらなのかなんて考えたことがなかったですから。恥ずかしながら、自分のお金を持ったのも初めてでした」

「そうか」

「ええ。わたくしはパトリック様と一緒なら、どんな場所も幸せな場所に代わりますから大丈夫です」


 パトリックを見上げながらそう言ったミリアは、幼い頃に泣いていた頃とは別人のようになっていた。


「ミリアは逞しくなったね」

「はい」

「初めての君を知れて嬉しいよ」


 ニコリと微笑んだパトリックはとても格好良くて、ミリアはポッと頬を染めた。まだ両想いだという事実を、現実として受け止めきれずにいた。


「二人で暮らす場所を考えないといけないね」


 パトリックのその言葉に反応して、ナディアと戯れをやめたエドムンドが声をかけた。


「パトリックたちはバンデラス領に住めばいい。元から色んな奴らが住んでるから色々気にならないだろう」


 今や時の人として、パトリックは悪い意味でとても目立ってしまっている。どの街でも視線を感じるだろうが、エドムンドの治めるバンデラス伯爵領は異国人も多いため今のパトリックにとっては過ごしやすいのは確かだった。


「領地内に俺の使ってない家がある。小さいがそこに住めばいい」

「いや、流石にそこまで迷惑はかけられない」

「これは礼だから受け取ってくれ。それにすでにナディアが、ミリア嬢のためだと張り切って家具を全て新調してるんだ。だからすぐに住めるぞ」


 二人はエドムンドとナディアの好意に素直に甘えることにした。


「……助かるよ。本当にありがとう」

「ありがとうございます」


 ミリアとナディアはお互い涙を流しながら、ぎゅっと強く抱きしめ合った。


「良かったですね。パトリック様と幸せになってください」

「ありがとうございます。全部ナディア様のおかげですわ」


 泣きながら良かった良かったと言い合う二人を、エドムンドとパトリックは温かい目で見守っていた。



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