44 救出
「思ったより元気そうだな」
「きちんと食事を与えられているから、魔物討伐の野宿より快適だよ。本も読ませてもらえるしね」
パトリックは、ふふっと力なく笑った。
「野営の飯は基本まずいからな。十代の頃にお前が飯当番の時は食えたものじゃなかった」
昔の記憶を思い出し、エドムンドは首を手で押さえながらベーっと舌を出した。
「仕方ないだろう。僕は料理なんてしたことがなかったんだから」
「パトリックは器用そうにみえて、案外不器用だよな」
「うるさいよ。だが確かにエドムンドの作る料理は美味しかったな。でも料理が上手いからとずっと当番を押し付けられて、お前は先輩に襲い掛かって大喧嘩していたな」
「あの時は俺が勝った」
「でも、当時の団長に喧嘩両成敗だと二人ともぼこぼこにされただろ」
パトリックはくすくすと笑い、懐かしむようにエドムンドを見つめた。二人で数えきれないほどの魔物を倒し、たくさんの偉業を成し遂げた。辛く苦しいことも多かった。だが、いざ思い出すのはしょうもなくて楽しい思い出ばかりなことが、パトリックは不思議だった。
「エドムンド、ありがとう。お前の副団長だったことは僕の誇りだよ」
まるで最期の言葉かのようにそう言ったパトリックを、エドムンドはギロリと睨みつけた。エドムンドがパトリックに対して本気で怒ったのは初めてのことだった。
「ふざけんなっ!」
牢の鉄格子をガシャンと音がなるほど勢いよく掴んで、大声で怒鳴りつけた。
「お前はなにも悪くないのに何諦めてんだ。ここを出て生きるんだよ」
「……だが」
パトリックはエドムンドの燃えるような真っ赤な瞳から視線をそらした。
「僕にも半分だけだがあの恐ろしい男の血が流れてるんだ。それだけで罪はある」
エドムンドは深く俯いたパトリックに、小さく折りたたんだ紙を放り投げた。
「なんだ、これは」
「これ読んで気が変わらないなら、もう俺は何も言わねぇよ」
牢屋の中に落ちた紙を拾い、パトリックはゆっくりと中を開いた。そこには、とても美しい字で短い言葉がつづられていた。名前など書いていなくても誰かなどすぐにわかった。差出人は、パトリックが愛した唯一の女性からなのだから。
あなたと共に生きたい。
それが私の幸せです。
なにがあっても永遠に愛しています。
「ミリア……ミ……リア……」
パトリックは紙を大事そうに胸に抱きしめ、声を殺して泣いていた。エドムンドはパトリックに背を向けて、鉄格子にもたれかかりながら腰掛けた。長い付き合いだが、エドムンドはパトリックが泣いている姿を見たことはない。だから、きっと誰にも見られたくないだろうとの配慮からだった。
「ミリア嬢は今俺の屋敷にいる。ナディアが攫ってきたからな」
「……ナディアちゃんが?」
「ミリア嬢は全てを捨ててもいいと家を出て、お前を助けるために朝から晩まで王宮や街中を駆け回って署名を集めていた」
「署名?」
「ああ。パトリックを生かすための署名だ。彼女は悪いのは父親のハロルドで、パトリックは何の罪も犯していないため処刑されるのはおかしいと訴えて回っている。たった数日で、千人近く集めたんだぜ。か弱いとばかり思っていたが、あの子は根性あるじゃねえか」
その話を聞いて、パトリックは目を見開いて驚いた。
「初対面の人と話すことすら苦手なのに……ミリアがそんなことを?」
「ああ。それだけお前を助けたいんだろう」
「……ミリア」
「彼女は、今回の行動でオルコット家から縁を切ると言われているらしい。まあ、あそこの父親は典型的な古臭い貴族だから勝手なことをした娘を許さねぇだろうよ」
「おい、それは本当なのか」
パトリックは鉄格子越しにエドムンドの肩を掴んだ。エドムンドはパトリックの方向に身体を向け、頷いた。
「ミリア嬢を幸せにできるのはもうお前しかいない」
「……」
「ジーメンス公爵家の取り潰しと、領地・財産の没収は免れないだろう。父親のハロルドとお前の兄は、実行犯の証拠があるため処刑になるだろうな。母親はこの謀反の計画を知っていたが、自身の手は汚していないため他国に監視付きで幽閉になりそうだ」
「犯罪者の家族である上に、貴族という身分も金もない僕が本当にミリアを幸せにできるのか不安なんだ」
パトリックは唇を噛みしめ、震える拳をぎゅっと強く握った。
「ナディアを見ていて思うんだが、女は俺たちが思っているよりずっと芯が強い」
「強い?」
「だからお前が彼女を幸せにするだけじゃなくて、二人で幸せをみつけていけばいいだろ」
昔のエドムンドからは考えられないような発言に、パトリックは驚いた。こんな風にエドムンドを変えたのは、やはりナディアの存在が大きいだろう。
「まさかお前に説教されるとはな」
「一から始めて俺の隣まで這い上がってこいよ。俺だって元は平民だったんだぜ」
「……エドムンド」
「俺にできたことなのに、お前はできないってのか? 俺は貴族の地位も金も自分の力で手に入れたぞ。そんなことなんとでもなるだろうが」
さも当たり前かのようにふんっと鼻を鳴らしたエドムンドを見て、パトリックはふうとため息をついた。
「相変わらず無茶を言うな」
「ああ? なんでだよ」
平民から爵位を貰った人間など、この世にエドムンドしかいない。それだけ難しいことなのに、エドムンドは本当にパトリックならできると信じているのだった。
「待っててくれ。三年以内に副団長まで戻る」
諦めの色を帯びていたパトリックの目は、輝きを取り戻していた。
「そうと決まればさっさと出るぞ。陛下が上手くしてくれるはずだ」
「ああ」
それから二日後、王宮の玉座の間でパトリックに処分が言い渡された。これからは平民として暮らし、一騎士として国の繁栄と発展のために王家に忠誠を誓うようにという沙汰だった。もし父親や兄の敵討ち等を考えた場合は、例え未遂であっても問答無用で処刑するという条件を付けたうえでの釈放だった。
「陛下の寛大なお心に感謝致します」
高位貴族の中にはこの処分に反対する者も多かったが、実際問題を考えるとパトリックのような優秀な男を死なせるのは惜しいことだということは誰が考えてもわかることだった。
「パトリック、色んなことを言う奴らはいるかもしれぬが、気にせずに国のために励め。誰がなんと言おうとお前は私の自慢の臣下だ」
「……ありがとうございます」
「期待しているぞ」
「はい」
アダルベルトの声かけに、パトリックは深く頭を下げ声は震えていた。
どうなるかを息を呑んで見守っていたエドムンドや、騎士団の皆はパトリックに駆け寄って喜びを分かち合った。




