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何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること  作者: 大森 樹


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43 血のつながり

「ナディアはミリア嬢を抱いて木から飛び降りたのか」


 エドムンドは、ナディアからの報告を聞いて声をあげて笑っていた。


「……すみません。こんなに怖がられるとは思っておらず」


 近くに控えていたモルガンの手も借りてバンデラス伯爵領まで戻って来たナディアだったが、ミリアは飛び降りたショックで気を失ってしまっていた。


「そりゃあの高さから飛び降りるなんて普通の女は怖いだろ」

「自分が怖くないのでわかりませんでした」


 しゅんとした顔で、ナディアは項垂れた。騎士として訓練をしてきた自分と、生粋の貴族令嬢であるミリアを同じ扱いをしてはいけなかったのだとナディアは深く反省していた。


「ははは、それでこそナディアだ! まさかミリア嬢を攫ってくるとは思わなかったが、作戦は成功だ。ナディアに任せて良かった」


 エドムンドに褒められ、ナディアは嬉しそうに顔を綻ばせた。


「パトリックに生きたいと思わせるには、彼女は必要不可欠だ」

「はい。わたしはあのお二人には幸せになっていただきたいです」

「ああ、俺も同じ気持ちだ。安心しろ。ミリア嬢はサンドバル家で守る。ナディアは彼女のケアも頼む」

「わかりました」

「明日から動き出すぞ。時間がないからな」


 エドムンドとナディアは、パトリックを助けるために計画を立てていた。



♢♢♢



「ジーメンス公爵家は取り潰しの上、一家全員を処刑すべきです! 陛下の暗殺未遂にも加わっていたのですから、これは大罪です」

「だが……パトリックはどうしますか? 彼がいなければハロルドの罪はわからなかったでしょう。刑を軽くするべきでは」

「そんな恩情をかける必要はないでしょう。ジーメンス家の血筋である以上は、裏切り者の血が流れているのですから」


 国王であるアダルベルトは、国の重役たちの話を聞きながら小さくため息をついた。血が繋がっているだけで犯罪者扱いというのは、おかしな話だ。


「パトリックはとても優秀な男ですぞ。わしは今回のことを慎重に調べ、処罰を考えるべきだと思いますがのう。それがこの国のためになります」


 今回の事件の一部始終を知っているアルバンは、パトリックを庇う様子を見せた。だが、全体的にはパトリックも含めて処刑を望む声が多い。


 由緒ある公爵家であるジーメンス家の当主であり、この国の宰相でもあるハロルドの裏切りには衝撃が走った。


 ハロルドはカレベリア王国を手に入れるために第二王子を唆し、優秀な騎士だったモートンを使ってアダルベルトの暗殺を計画した。しかしエドムンドにより阻止されたため、今度はナディアを殺す計画をしたということだった。


 エドムンドがナディアを大事に思っていることに気がついたハロルドは、エドムンドが二度と立ち直れないようにわざわざヴェナムを誘き寄せ食わせるつもりだったらしい。そのあまりに残虐非道な計画に、アダルベルトは吐き気がした。


 さらに十年前のサンドバル辺境伯領の魔物の大量に関しても、ハロルドが関わっていたことがわかっていた。


「ハロルドはパトリックが計画したことだと言っているそうじゃないか」


 捕まったハロルドは自分の罪を認めず、あろうことか今回のことはパトリックが勝手に計画したことだと罪をなすりつけた。


 父親にそんなことを言われたパトリックは、どれだけ辛く悔しかったことだろうかとアダルベルトは胸が痛んだ。


「黙れ。主謀者は間違いなくハロルドだ」


 アダルベルトの低く恐ろしい声で、部屋はシンと静まり返った。


「今回の調査でパトリックは私生児であることが判明した。そのことで、あいつは幼い頃から現在に至るまでジーメンス公爵家で不遇な扱いを受けてきていたことも確認が取れている」

「で、ですが」

「そんな碌でもない父親のハロルドを処罰しても、パトリックは復讐など考えぬであろう」

「……はい」


 パトリックの出生の秘密はこの事件で明らかになっていた。


「血のつながりとは一体なんなのであろうな」


 誰もその問いに答えられない重苦しい空気の中、扉がバンッと勢いよく開いた。


「陛下、失礼いたします」


 そこに立っていたのはエドムンドだった。後ろで警備兵がオロオロと困っている姿が見えるので、強行突破したのだろう。


「エドムンドっ! お前は何を考えてる」

「出ていけ」

「陛下の前で失礼だぞ」


 高位貴族である重役たちは口々に文句を言い、エドムンドを睨みつけた。


「はぁ……またあやつは」


 アルバンは呆れたようにため息をつき、アダルベルトはやっときたかと静かに口角を上げた。


「パトリックの件で、申し上げたいことがございます」


 エドムンドは重役たちを無視して歩き、アダルベルトの前に行き膝をついて頭を下げた。


「言うてみよ」

「はい。陛下、こちらをご覧ください」


 エドムンドはたくさんの紙が束になったものを、アダルベルトに差し出した。


「これはなんだ」

「署名です」

「……署名?」


 アダルベルトが中をめくると、そこにはびっしりと名前が書き連ねてあった。


「この紙はパトリックの命を助けて欲しいと願う人間に書いて貰いました。これだけの人があいつを救いたいと思っております」

「これは……」


 署名の一番最初の名前は『ミリア・オルコット』だった。オルコット公爵家の末娘であるミリアが、パトリックに好意を抱いていたことは社交界では有名な話だ。だが、厳格なオルコット公爵家が犯罪を犯したジーメンス家に関わることを許すとは思えない。きっとミリアは、家の許しを得ずにこれを書いたのだということは一目瞭然だった。


 紙をパラパラとめくっていくと、見知った騎士たちの名前も多いが中には知らない人間の名前や、苗字のない名前もたくさん書いてあった。


「知らぬ名もあるな」

「それはジーメンス公爵領の領民たちです。平民たちにも優しいパトリックのためならばと皆が名前を書いてくれました」

「……そうか。あいつはどこでも慕われているのだな」

「はい。あいつは面倒見がいいですから。パトリックを処刑すれば、我が騎士団の力は格段に落ちます。それにパトリックに憧れていた若き騎士たちの士気も下がるでしょう。あいつ自身の罪がないのであれば、処刑をするより一生騎士団に在籍させ、国が監視しながら生きてもらうほうが有意義ではありませんか」


 真剣な顔のエドムンドは、アダルベルトにそう進言をした。


「だ、だがっ! 大罪を犯した一家は皆処刑と決まっている」

「そうだ、そうだ」

「国の決まりを変えるなど許されることではない」


 変化を嫌う高位貴族の重役たちは、口々にエドムンドの言葉を否定した。


「子どもは親を選べません。碌でもない親の罪をどうして子が償わねばならぬのです? 俺はむしろ、パトリックはこの事件の被害者だと思いますがね!」


 エドムンドは、重役たちを恐ろしい顔でギロリと睨みつけた。その圧に負けて、皆が口を噤んだ。


「エドムンド、お前の意見はわかった」


 アダルベルトが小さく頷いたのを見届けると、アルバンが急に大きな音でパンと手を叩いた。


「では、この礼儀の知らぬ馬鹿を退出させましょうぞ」

「はぁっ? 話はこれからだろうが」

「お前がいては邪魔じゃからのう。連れて行け」


 アルバンが廊下に視線を送ると、たくさんの警備兵がエドムンドを取り押さえた。数が多くないと、エドムンドは拘束できないからだ。


「離せっ!」

「こんなところに乗り込み、陛下や国の幹部たちに失礼な振る舞いをしたことを反省せぇ。()()にでも閉じ込めておけ」


 地下という言葉を聞いて、エドムンドはピタッと抵抗をやめた。アルバンの思惑がわかったからだ。


「ああ、そうだな。お前は話し合いの邪魔だ。少し反省しておれ」


 アダルベルトはニッと笑い、さっさと行けとばかりに目でエドムンドに合図した。


「……わかりました」


 逃亡や自死を避けるために、現在地下牢にはパトリックが捕らわれている。決められた人間しか近付くことすらできないため、エドムンドも直接話はできていなかった。


 パトリックは何の抵抗もせず、知っていることを素直に話しているという。ジーメンス公爵家の一員として罪を償うと言っており、生きることに対して執着をみせていないらしい。


「あいつをこんな形で失ってたまるかよ」


 エドムンドは無抵抗のまま、自分から地下牢に向かった。


「騎士団長、どうかパトリック様を助けてください。あの人には皆世話になったんです。平民出身の俺たちにも優しくて、いろいろ教えていただきました」


 先ほどは気が付かなかったが、エドムンドを拘束した男は昔の部下で王家の騎士団員だった。

 

「当たり前だろ。まあ、俺はもう騎士団長じゃねぇけどな」

「でもパトリック様はいつも仰っていましたよ。エドムンド様は絶対に騎士団長として戻ってくるから、自分はそれまでの代わりだと思ってくれと」

「……パトリック」


 左目を失い、騎士をやめ、酒浸りになった時も、パトリックだけは態度を変えることなくエドムンドに寄り添ってくれていた。


「着きました。入ってください」

「ああ」

「入口に控えていますので。よろしくお願いします」


 事情をわかっている部下は、エドムンドとパトリックが二人きりになるように、元からいた見張りを連れて入り口まで出て行った。


「よお、久しぶりだな」

「……陛下の差し金かな。あの方も困った人だ」


 牢の中にいたパトリックは読んでいた本を閉じ、視線をエドムンドに向けた。




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