42 覚悟
「ナディア様、無事で良かったです」
ナディアが目覚めた日の夜、エディとナナが屋敷を訪ねて来た。エディはいつも通りの無表情だが、ナナは涙を流しながらナディアの無事を喜んでくれた。
「ナナさん、ありがとう。心配をかけました」
「ホントよ! とっても心配したんだから。でも、無事だって信じてたわ」
二人が抱き合っていると、エディがナディアに向かって無言で瓶を差し出した。
「……できましたよ」
「え?」
「解毒薬です。ヴェナムの毒から成分を調べ、それを中和すできる薬を作りました。ふふふ……まさかヴェナムの毒があんな特殊な性質を持っているだなんて知りませんでした。これはとても興味深くて……他の魔物にも……毒の種類は……ふふふふふ……」
エディはうっとりとしながら早口で難しい毒の話をずっと続けているが、エドムンドとナディアはそれどころではなかった。
「解毒薬が作れたのですか?」
「解毒薬が作れたのかっ!」
ほぼ同時に声をあげ、圧倒されたエディはやっと自分の話をやめた。
「はい」
その返事を聞いて、エドムンドとナディアは抱き合った。
「ああ、良かった。これでナディアは無事なんだな」
「ううっ……嬉しいです。ありがとうございます」
涙が止まらなくなったナディアを、エドムンドは自分の胸で思い切り泣かせることにした。
後ろにいたナナは、二人の喜ぶ様子を嬉しそうに眺めていた。普段無表情のエディも珍しく少しだけ口角を上げていた。
「ただし即効性はありません。一カ月間これを飲み続ければ体内の毒は徐々に消え、命の心配はなくなります。約三カ月ほどで痣も完全に消えるはずです」
「わかりました」
エディとナナの家兼研究室は、エドムンドからの褒美として一回り大きく建て替えられたのだがそれはまた後日のことである。
♢♢♢
「エドムンド様、あの……パトリック様は?」
ナディアは心配だったことをエドムンドに質問をした。パトリックは自分の父親であるハロルドを裏切って、ナディアを助けてくれた。だが、父親がこれだけの事件を起こして家族に処罰がないはずがない。
しかも今回の件だけではなく、十年前のサンドバル辺境伯領の魔物の大量発生や、エドムンドが左目を失った国王アダルベルトの暗殺未遂にもハロルドが関わっていたのではないかという疑惑が持たれているらしい。
もしそれが事実であれば、ジーメンス家のお取り潰しだけで許されることはなく一家全員処刑レベルの大犯罪ということになる。
「あいつは今王宮で尋問中だ」
エドムンドは悔しそうにギリッと唇を噛み締めた。
エドムンドたちがヴェナムとズメイを倒した後、アルバンが指揮をとりハロルドは捕縛され王宮に連れて行かれた。
同時にパトリックも連れて行かれ、王家専属の警備兵に今回の件の尋問を受けている最中だという。パトリックは冷静に受け答えをし、ジーメンス家の一員としてどんな処分でも受けると話しているらしい。
「そんな。どうにかならないのですか? パトリック様は悪くありません」
「ああ、今裏で手を回して対応してる。絶対にあいつを殺させない」
「わたしもできることはします!」
「……じゃあ、ミリア嬢のことを頼んでいいか?」
エドムンドはパトリックが王宮に連れて行かれる前に『ミリアを頼む』と言われていたが、手紙を送っても返ってこず、何度オルコット公爵家の屋敷を訪ねても彼女と連絡が取れないため何もできずにいた。
恐らくミリアが今回の件を知って塞ぎ込んでいるか、パトリックのことを好きなミリアが余計なことをしないように家族が彼女を閉じ込めているかのどちらかだろう。
今のエドムンドなら、パトリックの気持ちが痛いほどわかる。愛する女性を置いていくことは、何よりも辛いことだろう。
「わかりました。私にお任せください」
「だが、ミリア嬢と連絡がつかない」
「なんとかします!」
ナディアは力強くそう答えた。パトリックは、きっともう生きることを諦めている。
パトリックが『生きたい』という気持ちを取り戻すには、ミリアの存在は不可欠だと確信していた。
「ああ、頼んだぞ」
「はい」
ナディアはその日の夜、早速行動に移すことにした。王家から正式な処分が出てしまった後では遅いからだ。
ナディアはミリアの屋敷に忍び込んだ。屋敷近くの複数箇所で同時に騒ぎを起こし、手薄になったところを狙って中に入るという作戦だった。
これは元スパイのモルガンが考えた案で、やってみると驚くほど上手くいってしまった。
「モルガンって敵に回したくないわね」
「お褒めいただきありがとうございます」
きっとモルガンはどんなに強固な警備でも忍び込むことができるのだろう。
「ミリア嬢のお部屋はこの位置です」
「わかるの?」
「ええ、調べましたから。私ができるのはここまででございます」
なぜミリアの屋敷全体の図があるのかは恐いが、部屋の位置がわかっているのはありがたい。
ナディアは木に登って、ミリアの部屋のバルコニーに飛び移った。中の様子を伺ってみるが、話し声はしないのでミリアが一人で部屋にいるかもしくは不在かのどちらかのようだ。
「ミリア様! ナディアです。開けてください」
コンコンと窓を叩くと、部屋から慌てたようなバサバサという音が聞こえすぐに窓が開かれた。
「ナディア様、どうしてここに? こ、ここは三階でございますよ」
「その木を登ってきたの」
「ええっ! こんな高いところを?」
「しっ! 大きな声を出さないでください」
ミリアは口に手を当てて、こくこくと縦に頷いた。ミリアの目は真っ赤に充血し、頬や鼻も赤くなっているためずっと泣いていたのだということがすぐにわかった。
「どうぞ中に」
小声のミリアに促され、ナディアはバルコニーに靴を置いたまま部屋の中に入った。
「ミリア様、お会いできて良かったです。何度訪ねても伏せっていらっしゃると言われて門前払いをされていたので、心配しておりました」
「実は事件が起きる前日に、パトリック様からわたくし宛てに手紙が届いていたんです。内容は『僕のことは忘れて幸せになって欲しい』そして『ジーメンス家のことで何を聞かれても知らないと言い張るように』と書いてありました。そして最後には『この手紙はすぐに燃やせ』と綴られていました」
父親の計画を知っていたパトリックは、全てが明るみになった後自分もただでは済まないことはわかっていたのだろう。愛するミリアにそんな手紙を書かねばならなかったパトリックの気持ちを考えると、ナディアは胸が苦しくなった。
「手紙は偽名で、しかも女性の名前で届きました。でも中の文章の字は間違いなくパトリック様のものでした。どういうことか意味がわからず心配しているとあの事件が起こり、パトリック様はわたくしを守りたかったのだとわかりました」
「……そうでしたか」
「お父様は、騒ぎが落ち着くまで私を閉じ込めると言っていました。わたくしがパトリック様のことをお慕いしていたことは、社交界では有名ですから我が家にまで謀反の疑いをかけられては困ると」
ミリアは悔しそうに唇を噛みしめ、ポロポロと大粒の涙をこぼした。
「ジーメンス家との繋がりのためにパトリック様と結婚しろと言っていたのはお父様だったのに、酷い手のひら返しです。お父様は、パトリック様にわたくしが騙されていたという筋書きにしたいのですわ」
「ミリア様はお父様に言われたから、パトリック様に近付いていたのですか?」
「違いますっ!」
ミリアは、ナディアに向かってはっきりと否定をした。いままでパトリックの裏に隠れてもじもじと小声で話していたミリアとは別人のように、しっかりとした口調だった。
「わたくしはパトリック様のことが大好きです。彼の優しさは、いつもわたくしを助けてくれました。お父様のことは関係ありません」
「そうだと思いました。今、パトリック様を救えるのはミリア様だけです」
「わたくし……だけ?」
「はい。このままではパトリック様は処刑されてしまいます」
「そんなっ!」
ミリアは真っ青な顔で、口元を抑えた。
「ミリア様、全てを捨てる覚悟はおありですか?」
ナディアは真剣な顔で、そう質問をした。ミリアは一瞬だけ驚いた表情をしたが、すぐに自分で涙を拭きこくんと小さく頷いた。
「貴族令嬢という身分も、家族も、宝石も、ドレスも……全てですよ?」
「はい。パトリック様を守れるのであれば何もいりません」
ミリアの覚悟を聞いたナディアは、ニカッと満面の笑みを見せた。
「じゃあ、行きますよ! 時間がありませんから」
「……え? 行くってどうやってですか。我が家の入口は全てお父様が雇った警備兵がいるのです」
「もちろんここからですよ」
ナディアは窓を指差し、ミリアをひょいと横抱きにした。
「しっかり掴まっていてくださいね」
「え? ちょ、ちょっと待ってくださいませ」
「舌噛まないように」
ナディアはバンっと窓を開け、ミリアを抱いたまま空に向かって勢いよくジャンプをした。
「……っ!」
ミリアの声にならない悲鳴を聞きながら、ナディアは木に飛び移り屋敷の塀を軽々と越えていった。




