41 決着
けたたましいズメイの鳴き声を間近で聞き、ナディアは身体が固まった。
――やっぱり恐い。
ナディアがそう思った瞬間、エドムンドに抱かれていた力がグッと強くなった。
「必ずできる」
それだけ言ったエドムンドは思い切りナディアを左に放り投げ、自分はそのまま真ん中のズメイな首に向かって剣を振り上げた。
パトリックも同時に剣を振り上げ、それに合わせてナディアも短剣を構えた。さすがはエドムンド。ちょうどよい場所にナディアは落ちていた。
「いくぞっ!」
ギロリとしたズメイの目がナディアを捉えるが、不思議と恐くはなかった。僅か一秒ほどの間に、ナディアはしっかりとズメイの首にある核を見つけることができた。
「さん……にー……いちっ!」
ピッタリと息を合わせて三つの核は同時に壊れ、ズメイはビリビリと響く声をあげながら倒れ込んだ。
魔物との戦いに慣れているエドムンドとパトリックはとっさに耳を塞いだが、ナディアはその大き鳴き声に驚きそのまま体勢を崩してしまった。
――だめだ。受け身が取れない。
「ナディアっ!」
ナディアは地面に叩きつけられる痛みに耐えるために、歯を食いしばった。しかし痛みが来ることはなく、温かくて大きなものにナディアの身体は包まれた。
「よくやったな。トラウマを克服したナディアのおかげで、みんなは無事だぞ」
嬉しそうに笑ったエドムンドに抱きしめらているのだとわかり、ナディアは自分が助かったのだと実感した。
「……エドムンド様」
「なんだ?」
「愛しています」
ナディアはそう伝えると、ほっとして意識を失った。エドムンドが焦った声でナディアの名前を呼んでいる気がするが、答えられるほどの力が残っていなかった。
――エドムンド様、ごめんなさい。眠りたいのでもう少し待っていてください。
ナディアはそのまま深い眠りに落ちていった。
♢♢♢
「ナディア」
ナディアは自分の名前を呼ぶ声で目が覚めた。大好きな人のよく響く低い声に似ている。
「いい加減目を覚ませよ」
だがその声はあまりに弱々しくて小さかったため、ナディアは本物のエドムンドだとは思っていなかった。頭がぼんやりして、身体が痛いがなんとか目を開けないといけないだろう。
「んんっ……」
重たい瞼をゆっくりと開けると、そこにはとても心配そうな顔をしたエドムンドがいた。まるでこの世の終わりかのような、哀しそうな表情だ。
いつも強くて自信に満ち溢れたエドムンドに、こんな顔をさせたのは誰なのか? ナディアは、エドムンドが感じる苦しみは全て取り除いてあげたかった。
「エド……ムンド……さ……どう……した……です……ごほっごほ」
ちゃんと喋りたいのに、ナディアは喉が渇いていて上手く言葉にならずに咽てしまった。
エドムンドはナディアが急に動き出したのを見て目を見開いて固まっていたが、すぐにてきぱきと動き始めた。
「ナディアっ! 気が付いたんだな。急に喋るな」
「……」
「ほら、水を飲め」
エドムンドに優しく背中を支えられながらナディアは上半身を起こし、コップの水を飲みほした。
「あの、わたしはどうなったのですか?」
「ナディアはズメイを倒した後、気を失ったんだ。あれから丸三日経っている」
「三日!? わたしは三日も寝ていたのですか」
ナディアはその事実を聞いてとても驚いた。確かにあの時は、いろいろとありすぎて疲れ切っていて、みんなが助かったとわかって緊張の糸がプツリと切れてしまったのを思い出した。
「ご迷惑をおかけしました」
「ナディアはなにも悪くない。心身ともに無理をさせて悪かった」
エドムンドはナディアに謝罪をし、ベッドの上でぎゅっと抱き締めた。
「目を覚ましてくれてよかった」
「はい」
「ナディアが無事で本当によかった」
「はい」
「俺は……お前を失うのが一番恐い」
ナディアはエドムンドの声と肩が小さく震えていることに気が付いた。ナディアもエドムンドの背中に手を回し、二人の距離は隔てるものがないほど近付いた。
そしてエドムンドに哀しい顔をさせていたのは自分だったのだとわかり、胸が痛んだ。
「ご心配をかけてすみませんでした」
「……」
「わたしはずっとエドムンド様の傍にいます」
そう伝えると、ナディアの肩がだんだんと濡れてきた。肩に顔を埋めたエドムンドが、声を殺して泣いているのだとわかったがナディアはあえて知らないふりをした。
「エドムンド様、大好きです」
「……知ってる」
照れ隠しなのか、エドムンドはぐりぐりと肩に顔をこすりつけながらぶっきらぼうに答えた。その態度もとても愛おしくて、ナディアは胸がきゅんと高鳴った。
「ふふ、それでも何度でも言いたいのです」
すんと鼻を鳴らし、身体を離したエドムンドの瞼は少し充血していた。そんなエドムンドを見てふわりと笑ったナディアに、エドムンドは悔しそうに唇を噛みしめた。
「エドムンド様、可愛いです」
「おい、誰に向かって可愛いなんて言ってんだ!」
「えへへ、もちろんエドムンド様ですよ」
心配をかけてしまったことは申し訳なかったが、エドムンドの新しい一面を見れたことがナディアは嬉しかった。
きっとエドムンドは他の誰にも、こんな姿を見せることはないだろうから。
「少し黙ってろ」
ナディアはムスッとしたエドムンドに、親指と人差し指で頬をむにむにと挟まれ唇が尖った。
「やめひぇ……ふださい」
上手く喋れないナディアを見て、エドムンドはフッと笑いながら指を離した。
「お前のほうが何百倍も可愛い」
「か、かわ、可愛い? わ、わたしがですか?」
ナディアは全身を真っ赤に染め、戸惑いながらエドムンドに聞き直した。
「ああ、誰よりもナディアが可愛い」
揶揄われているのかと思いきや、どうやらエドムンドは本気で言ってくれているらしい。これ以上赤くなりようもないはずなのに、ナディアはさらに体温が上がった気がした。
「はは、真っ赤だな」
「……誰のせいだと思ってるんですか」
「間違いなく俺だな」
エドムンドはナディアの頬を撫で、そのままそっと口付けを落とした。
二人は軽い口付けを何度も繰り返した後、だんだんと深く舌を絡めた。
「んっ……ふっ……」
ナディアから甘い声が漏れ始めた頃、なんだか廊下が騒がしくなった。
「さっき二人の話し声が聞こえませんでした?」
「きっとナディア様が起きられたんですよ! でも今はすごく静かですよね」
「もしや……今入ったらお邪魔なんじゃ」
「でも病み上がりのナディア様に手を出すなんてことします?」
「出すわよ。ずっと起きられるのを待ってたんだから、我慢なんて無理でしょ! エドムンド様はナディア様のこと大好きなんだから」
どうやら使用人たちが、様子を伺っているらしい。好き勝手言っているのが聞こえ、ナディアは慌ててエドムンドの胸を押し返した。
「チッ、あいつら。邪魔しやがって」
青筋を立てたエドムンドは立ち上がり、何も言わずに扉を勢いよく開けた。
「うわっ」
「おおっ」
「ぐえっ」
変な声を出しながら、たくさんの使用人たちが廊下から部屋に倒れ込んできた。
「主人の話を盗み聞きするとは、揃いも揃っていい度胸だな」
怒りモードのエドムンドを見て、やっぱり中でイチャイチャしてたのだと使用人たちは悟った。
「ナディア様、ご無事で本当に安心しました」
「あ、あの! 心配をおかけしてすみません」
「いえ、とんでもありません。では私たちは急用を思い出しましたので失礼します」
さっきまで部屋を伺っていた使用人たちはこれ以上ここにいては危ない事を察知し、パッとどこかへ消えていった。
「逃げ足が早い」
エドムンドは呆れたようにため息をついた。
「でも、まぁ……邪魔が入ってちょうど良かった。ナディアを医者に診せなきゃいけねぇとは思っていたからな」
そしてちょうどいいタイミングで、モルガンが医者を連れて来た。きっと気配を消して様子を伺っていたのだろう。
モルガンは森で会った時の厳しい雰囲気とは違い、いつも通りの執事服に身を包みニコニコと人の良さそうな顔をしていた。
そのままナディアは診察を受けたが、元々のヴェナムの毒以外は変わりはないため今夜だけ安静にしていれば普段通りの生活に戻っても良いという判断だった。
「良かったな」
「はい」
一旦自分の懸念事項が落ち着くと、ナディアは色々なことが気になって来た。
「エドムンド様……わたし、三日間も眠ってたんですよね? お風呂も入っていないのにエドムンド様に抱きついてしまいました」
エドムンドにとっては何を今更という感じだが、ナディアは頭を抱えオロオロと狼狽出した。
「毎日身体を拭いて着替えさせているから大丈夫だ」
「か、身体を拭く? まさか……エドムンド様がですか?」
「ああ。俺が足の先から頭のてっぺんまで……さらには口の中まで磨いてやっていたから安心しろ」
エドムンドは悪戯っぽくニッと口角を上げた。
「そんなっ! あの日は可愛い下着じゃなかったのに。あんまりです」
「嘆くところはそこかよ!」
「だってあの日はエドムンド様が戻ってくる日じゃなかったので、地味なものを履いてたんです。もっと綺麗なのもあるので安心してください」
「知らねぇわ!」
今度はエドムンドが頬を染める番で、モルガンは声を殺してくくくっと笑っていた。
「知らないのですか? 着替えさせてくださったのに」
きょとんとした顔のナディアに、モルガンは優しく声をかけた。
「ナディア様のお着替えや、清拭は全て侍女がしておりますのでご安心ください。エドムンド様は揶揄われたのですよ」
「もう、エドムンド様! 嘘をつくなんて酷いです。焦ったじゃないですか」
「……俺の方が焦るわ」
このやりとりを見る限り、エドムンドはこれからもナディアに翻弄されっぱなしになりそうだなとモルガンは思った。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
50話で最終話となりますので、最後までお読みいただけると嬉しいです!
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