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何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること  作者: 大森 樹


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37 打ち合わせ

 エドムンドは王宮でハロルドとパトリック、そして当事者のナディアとヴェナムを誘き寄せる計画を立てていた。


「ヴェナムは一度噛んだ者のことを忘れない性質があるそうだ。それは獲物として認識しているかららしい。だから、ナディアさんには囮として現場についてきて欲しい」


 ハロルドの要望を聞いたナディアは、ガタガタと震え出した。ナディアはドラゴンと対峙すると幼い頃のトラウマを思い出して過呼吸になってしまうからだ。だが、その事実はまだエドムンドしか知らなかった。


「女性のあなたが、ヴェナムの近くに行くのが怖いことはわかります。ですが、これはどうしても必要なことです。我々で守りますから安心してください」

「……は、はい」

「ありがとうございます」


 青ざめているナディアの手を、エドムンドはテーブルの下でぎゅっと握った。ナディアが驚いて顔を上げると、エドムンドは唇を耳元に寄せた。


「俺が傍にいる。安心しろ」


 その言葉に震えは止まり、ナディアは小さく頷いた。


 その後も綿密な計画を立て、実施するのは二週間後に決まった。エドムンドとしてはすぐにでも実施したかったが、誘き寄せるには導きたい道にたくさんの餌を撒き好きな香りをつけ、ヴェナムが動きやすい道を作らねばならない。それにはかなり時間がかかるのだった。


「陛下から正式な許可をもろうてきてやったぞ」


 打ち合わせをしていた部屋に、アルバンがアダルベルト国王の印の付いた書類を持って現れた。


「……ありがとうございます」

「ふん、お前が丁寧だと気持ちが悪いな。陛下がお認めになった以上はわしも協力せざるをえんからな。仕方なくじゃ」


 素直に頭を下げお礼を言ったエドムンドをアルバンは怪訝な顔で見つめた後、隣にいるナディアに視線を移した。


「そなたが奥方か」

「はい。エドムンド様の妻でナディア・バンデラスと申します。この度はご協力いただきありがとうございます」


 深々と頭を下げると、アルバンはそっとナディアの頭を撫でた。


「大きくなったのう」

「……え?」

「最近は会っておらぬが、実はそなたの父クラウスとわしは親しいのだ。クラウスが王宮に連れてきていた幼い頃のそなたにも会ったことがある。その時はまだ明るくお転婆な女の子じゃったがな」

「そうだったのですね。いつも父と夫がお世話になっております」


 アルバンは昔を懐かしむように、ナディアを優しい目で見つめた。


「陛下から話には聞いておったが、まさかそなたがこやつの結婚相手だったとはな」

「はい。私は昔エドムンド様に助けていただいてから、ずっと憧れて大好きだったので無理を言って結婚させていただきました」

「無理……のう。そんな感じには見えぬが」


 エドムンドはムスッと口を引き結んではいるものの、頬や耳を染めて照れていた。その様子を、アルバンは珍しいものを見るように驚いていた。


「そなたに死なれては困るんじゃ。猛獣の手綱を握る人間がおらなくなるからの」


 ニヤリと笑いご機嫌なアルバンとは対照的に、エドムンドはムスッと不機嫌な顔をしていた。


「おい、誰が猛獣だ。ジジ……いや、アルバン……様、人の妻に容易く触れないでいただきたい」


 エドムンドはいつものようにジジイと暴言を吐きかけたのを飲み込み、名前で呼び直した。そしてアルバンが頭を撫でていた手を、そっと振り払った。


「わしなにやきもちを妬くなど、お前は本当にどうしようもないのう。狭量な男は嫌われるぞ」

「うるせぇ!」

「そなた、本当にこの男で良いのか? わしにも将来有望な未婚の孫がたくさんいるから今からでも考え直した方がよいぞ」

「うるせぇ、ナディアは俺の妻だって言ってんだろ! 他のやつになんか渡すか」


 みんなの前でのエドムンドの公開告白に、ナディアはぼんと身体中を真っ赤に染めた。


「……お前がこんなに変わるとは。人間とはわからぬものよの」


 アルバンはポツリとそう呟いた。エドムンドは昔から何でもできる器用な男だったが、態度も口も悪く、いつでもつまらなさそうでこの世自体を疎ましく思っているような男だった。剣の腕は申し分ないが、ただそれだけだった。だからこそとても危うい人間だった。


 だが、今のエドムンドは良くも悪くもとても人間らしくなった。それは良いことだとアルバンは思っていた。


 アルバンのおかげで西の森の奥にヴェナムを誘き寄せることを、国王であるアダルベルトから正式に許可を取ることができた。計画の日は森の中に人が近付かないように、王宮の警備隊を配置するということだった。


「では、当日お願いします。何か変更があればすぐに知らせてください」


 エドムンドは皆にもう一度頭を下げた。その隣で、同じようにナディアもお礼を伝えた。


「ナディアちゃん、当日まで体調気をつけてね」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあな、エドムンド」


 そのまま去ろうとするパトリックを、エドムンドは呼び止めた。


「パトリック、お前に話したいことがある」

「……ああ、実は僕もエドムンドに言いたいことがあったんだ。だが、出来れば二人きりがいい」

「わかった。夜、いつもの場所で」

「了解。じゃあまた後で」


 二人は長い付き合いなので、その会話だけでどこに行けばいいかはわかっていた。


「なんかいいですね。エドムンド様とパトリック様って性格が全く違うのにわかりあっているようで」

「あいつとは騎士団の入団以来の付き合いだからな」

「そうなのですね」

「ああ、俺が認めた数少ない男だからな」


 親のいないエドムンドは、一人で生きるために半ば仕方なく騎士団に入った。周りは大人ばかりであったが、そこで同じ年齢のパトリックに出会った。


 平民上がりのヤンチャなエドムンドと明らかに貴族のお坊ちゃんという風貌のパトリックは最初はお互い敬遠していた。だが共に倒れそうなほどのきつい訓練をし、命がけの魔物の討伐を通して二人の距離はすぐに近付いた。


『俺とお前でこの騎士団をさらに強くしようぜ』

『ああ、そうだな! きっと僕たちならできるさ』

『当たり前だろ。俺様を誰だと思ってるんだ』

『相変わらず自信過剰だな』

『俺より強い奴はいねぇからな。そのうち騎士団長にまで上りつめてやる。パトリックは副団長になれよ!』


 エドムンドは楽しそうに将来の夢を語った。沢山いる優秀な騎士たちの中で、団長になれるのは一人だけ。そんな壮大な夢をまだ何もできない新人騎士が語るのだから、周囲の人間は「なにを生意気な」と思っていたが、パトリックだけはその言葉を信じていた。


『僕が団長で、君が副団長でもいいけど?』

『はあ? だめだ。副団長のが賢い奴がやるって相場が決まってるだろ。俺は力でのし上がるから、お前は参謀的な役割してくれよ』

『なんだよ、そのイメージ』

『俺は団長になっても前線に立つぞ! だから後のことはパトリックに任せる』


 エドムンドは悪戯っ子のようにニッと笑った。結局はエドムンドは、面倒なことはしたくないらしい。


 パトリックは、このずば抜けた才能のある誰よりも面白い男の部下になるならいいかもしれないと思っていた。こんな誰の言うことも聞かない男の手綱を握れるのは、自分しかいないとわかっていたからだ。


 幸いなことにその面倒なことは、パトリックは得意分野だ。いつからか、その夢は二人の夢になった。


 それから二人ともめきめきと頭角を表し、本当に騎士団長と副団長になることができた。





「悪い、待たせたな」

「いや、僕もさっき来たところだよ」


 エドムンドとパトリックは、若い頃によく行っていた安くて美味い馴染みの飲み屋に来ていた。店長とは長い付き合いのため、二人が来ると奥にある個室を空けてくれるので秘密の話をしたい時はここへ集まることに決めていた。


 二人は乾杯をした。エドムンドが騎士を辞めてから、こんな風にゆっくりと外で酒を交わすのは久しぶりだった。


「……ナディアのことなんだが」


 エドムンドは、ナディアはドラゴンにトラウマがあることを話した。人の弱点は周囲に話すものではない。特にエドムンドは高位貴族たちから好かれていないため、妻であるナディアが狙われる可能性もある。


 だが、今回の計画はドラゴンの前にナディアを囮として近づけさせなければいけない。それならば、自分に何かあった時のためにパトリックにもこのことを知っておいてもらいたいと思ったのであった。


「このことは誰にも言わないでくれ。お前の親父さんにも」

「ああ、わかったよ」


 パトリックはその事実に驚いていたが、すぐに顔を引き締め「何かあれば僕もナディアちゃんを守るよ」と誓ってくれた。


「僕もエドムンドに大事な話があるんだ」

「なんだ?」


 しばらく無言が続いた後、パトリックはやっと重い口を開いた。


「何があっても僕を信じてくれ」


 二人きりのしんと静まりきった部屋の中で、パトリックの声だけがエドムンドの耳に響いた。





 


 

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