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何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること  作者: 大森 樹


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36 希望の光

「父上、パトリックです」

「ああ。入れ」

 

 パトリックは父親のハロルドに宰相の部屋まで呼び出されていた。パトリックが部屋に入っても、ハロルドは手に持っている紙をペラペラと捲りながらこちらを見ようともしなかった。

 

「この前、エドムンドが私のところに来たぞ」

「そのようですね」

「お前の報告は正しかったな。あの傲慢で自分勝手な男が私に頭を下げたのだ」


 パトリックはハロルドの言葉を無表情のまま聞いていた。


「あのナディアという女はヴェナムの毒に冒されているらしい。それを助けるためにあいつは、必死になって駆け回っているらしいな」


 ハロルドは馬鹿にしたように笑いながら、読んでいた資料を机に投げ捨てた。


「最高の筋書きを思いついた」

「……」

「愛する女がヴェナムに食い殺されたら、あの英雄は二度と立ち直れなくなると思わないか?」


 ハロルドのあまりに悪趣味な提案に、パトリックはさすがに眉を顰めた。


「父上、お言葉ですがそのヴェナムが見つからないのですよ」

「ふん。そんなものどうにでもなる。私は特定の魔物をおびき寄せられる力を持った人間を知っているからな」

「そんな者がいるのですか?」

「私の人脈を舐めるな。金で動く裏社会の者は便利だぞ」


 さも当たり前かのように、ハロルドはそう言い放った。それはまるでハロルドが以前その人物を実際に使ったことがあるかのような言い方だった。


「父上、待ってください。以前、エドムンドに十年前も邪魔をされたと言っていましたよね。まさか……あのサンドバル辺境伯領の魔物の大量発生もわざとなのですか?」

「さあ、昔のことすぎて忘れたな」


 ハロルドはニヤリと不気味に笑った。


 以前からあの魔物大量発生はおかしいと言われていた。魔物を呼び寄せるような餌が点々とサンドバル辺境領に続いていた形跡が残っており、それは明らかに人為的なものだったという資料が残っている。だが、決定的な証拠は誰からも何からも出てこなかったのだ。だから怪しいが、結局は自然発生の不運な事故のようなものだとされた。


 そして、その検証を指揮した者こそがハロルドだった。つまりは()()()()()()()ということだ。あの時、エドムンドが助けに行っていなかったらサンドバル辺境伯領は滅んでいた。そしてあの当時のハロルドにとって邪魔だったのは、側妃の子である第一王子派であり、カレベリア王国を守る要の役割をしているサンドバル辺境伯だった。


 なぜならハロルドは世間的には中立の立場を示しているが、裏では正妃との子である第二王子派だったからだ。


 血統が良いからなんて理由ではなく、ただ第二王子の方が簡単で扱いやすかったからだ。だから賢くて面倒な第一王子の後ろ盾を無くし、愚かで単純な第二王子を国王にする完璧な計画だったのに、失敗したのだった。計画外に勝手に動き、強い魔物たちを殲滅させたエドムンドのせいで。


「カレベリア王国を私のものにしたい」

「……すごい計画ですね」

「だが、王家に心酔している貴族も多いからな。そいつらを黙らせるために、お飾りの第二王子を置く。あの甘いお坊ちゃんなら、喜んで私に全てを任せてくれるだろう。私が全ての実権を握ればいいのだ」


 ハロルドは、ぐっと強く拳を握りしめた。


「私はエドムンドを許さん。だからあの女を一番むごい殺し方をしてやりたい」

「……そうですね。ナディアちゃんに恨みはないですが、エドムンドがいては計画は上手くいきませんから」

「ああ。それにあの娘はサンドバル辺境伯の娘だ。調べたらかなり娘想いだという情報が出てきた。愛娘が死んだとあれば、辺境伯もショックを受けるだろう。だから葬式の一番弱っている日に、また魔物の奇襲をかけて今度こそ滅ぼす。その時エドムンドは立ち上がる気力もないだろう」


 父親が話す無駄のない非道な計画に、パトリックは背中がぞくりとした。ハロルドは十年前の失敗からずっとこの国を手に入れるタイミングを計っていたのだろう。


「父上の計画には脱帽ですよ。僕はあなたの息子でよかったです。敵にはなりたくありませんから」

「死にかけていたお前をわざわざ息子にしてやったんだから、せいぜい私のために働いてくれ」


 実はパトリックは正妻の子ではなく、ハロルドが王都で有名な美しい踊り子に気まぐれで手を出したときにできた不義の子だった。踊り子から子ができたと言われたハロルドは『自分の子という証拠はない』と突っぱね、多めの口止め料を払い認知をしなかった。


 そうして平民として過ごしていたパトリックだったが、ある日流行病にかかった母親が亡くなってしまった。それを知ったハロルドはまだ幼く、食べる物もなくて倒れていたパトリックを実子として迎えた。表向きは『病気で田舎で療養していた息子』という設定になったので、このことは世間では知られていない。


 パトリックは、義母や義兄から平民の女の子どもだと蔑まれて辛い幼少期を過ごした。ハロルドは自分の駒を増やしたかっただけなので、パトリックに騎士になるように厳しく育てあげた。だが、強くなれば認めてもらえると思い必死に剣を振った。いつかきっと父親に褒めてもらえるのではないかという期待があったからだ。


「そうだ、一度助かると期待をさせた方が効果的だな。私が魔物をおびき出す方法を知っている者を見つけてきたとエドムンドに伝えておいてくれ」

「……ばらしてもよろしいのですか?」

「ああ、かまわん。どうせあいつは助けられんのだから」

「わかりました」

「ヴェナムは一度噛んだ獲物の匂いを覚えているから誘い出したいと理由をつけて、お前がナディアという女を上手く外に連れ出せ。そして()()()()()で死んでもらおう」


 ヴェナムが噛んだ獲物を覚えているというのは真っ赤な嘘だった。これはヴェナムにナディアを殺させるための、それらしい言い訳だ。


「……必ず成功させましょう」

「ああ、頼りにしているぞ」


 パトリックは頭を下げ、宰相室を出て行った。父親に頼りにしていると言われたのは、生まれて初めてだった。


 必死に訓練して騎士の試験に受かった日も褒められることはなく、副団長になった時なんて『礼儀も知らぬ平民に負けて悔しくないのか』とエドムンドと比べて怒られた。そして極め付けは『母親が平民だと子の質も下がるのか。いや、そもそも私の子かも怪しいからな』とため息をつかれた。


 ――いつか父親に認められたい。


 まだそんな感情が自分の中にあることが、パトリックは自分でも不思議だった。心の傷というのは、案外根深いものらしい。


 パトリックはこの鬱々とした気持ちを消し去るため、胸ポケットから一通の手紙を取り出した。


 それは薔薇の装飾が入った美しく品のあるピンクの便箋で、送り主はミリアだった。


『私が手入れをした我が家の庭の薔薇が綺麗に咲きました。今度見にこられませんか? もしご迷惑じゃなければ、ナディア様もお誘いしたいです。パトリック様にお逢いできるのを楽しみにしております』


 どうやら薔薇のオイルを一滴垂らしてあるらしく、手紙を開くとふわりと良い香りがした。


「ミリア、残念ながら行けそうにないよ」


 パトリックは手紙を折りたたんで、胸ポケットに戻した。目を閉じると、パトリックを見つけるとパッと花が咲くように嬉しそうに微笑むミリアの顔が頭の中に浮かんできた。


「……僕なんかのことは忘れて、どうか君は幸せになってくれ」


 いつもなら手紙を書いた数日後にはパトリックから返事が届くのに、いつまで経っても便りがないことにミリアは胸騒ぎがしていた。



♢♢♢


「二人とも聞いてくれ。良い情報だ」


 パトリックはバンデラス伯爵家に行き、先ほど父親のハロルドから聞いたヴェナムの話をエドムンドとナディアに伝えた。


「なんだって……! それは本当か」

「ああ。父上からヴェナムが見つからないなら、誘き寄せればいいと提案されたんだ。しかも、その方法を知っている人間を運良く探し出せたと言っていた」

「ありがとう、パトリック」

「ありがとうございます、パトリック様」

「……いや、僕は何もしていないさ」

「そんなことはない。お前に相談していなかったら解決策が見つからなかった!」


 ずっと進展のなかった問題に光が見え、エドムンドとナディアはお互いの顔を見合わせ喜び合った。


「……エドムンド様。お喜びのところとても申し上げにくいのですが、発言をしてもよろしいですか」


 皆が喜びムードの中、執事のモルガンだけはとても険しい表情をしていた。


「ああ、許す」


 エドムンドはモルガンを信用している。だからきっと何か引っ掛かりがあるのだろうと思い、発言を許可した。


「ありがとうございます。そのヴェナムを誘き寄せられる人物というのは信用できるのでしょうか? 私が国中を徹底的に調べたドラゴンの研究者には、そんなことができる人間は一人もおりませんでした」


 モルガンはエドムンドの命を受け、ナディアの解毒に力になってくれそうな者たちを調査していた。だが、そんなことをできる人間は一人も見つからなかった。


「個人的には怪しいと思います。大変失礼なことは承知で申し上げますが、ジーメンス公爵閣下も騙されているという可能性はございませんか? 誰かがエドムンド様を陥れるための何かの罠という可能性もあるのでは」


 モルガンの心配はもっともだとエドムンドは思った。だが今は、罠だろうがなんだろうが少しでも可能性があるなら縋り付くしかない状況だ。


「モルガンは相変わらず優秀な執事だ。僕も同じことを考えていたよ。だが、これは嘘ではない。本当にヴェナムを誘き寄せられるよ」

「……ですがっ!」

「父上は国外からその人間を連れてきたみたいだ。だからこの国にそんな人間はいないと言うモルガンの指摘は正しい。正直、正規ルートの人間ではない可能性はあるよ。ただ隣国では、魔物が来た時に倒すのではなく山奥に誘導して被害を免れるように仕向けることがあるというのは本当らしい。だから、今回はそれを応用するそうだ」


 そこまで言われてしまえば、モルガンは黙るより他はなかった。


「……そうでございますか。差し出がましいことを申し上げ、すみませんでした」

「モルガン、お前の働きにはいつも感謝している」

「もったいないお言葉です」


 エドムンドはモルガンに労いの言葉をかけ、この作戦に乗ることに決めた。


「確かに怪しい部分はある。が、ヴェナムは本当に姿を表す気がする」

「どうしてわかるのですか?」


 自信たっぷりにそう言ったエドムンドに、ナディアは首を傾げた。


「俺の勘だ」


 ふふんと得意気に笑ったエドムンドを見て、ナディアはくすくすと笑った。


「なんですか、それ。なんの理由にもなっていませんよ」

「何事にも直感が大事だ」

「でもエドムンド様がそう言われると、本当にそうな気がしてきます」

「ああ、きっとナディアは助かる」

「……はい。皆さんご協力いただき本当にありがとうございます」


 涙を浮かべるナディアを、愛おしそうに抱き寄せるエドムンドは幸せそうな顔をしていた。


 パトリックは、エドムンドの直感は昔から当たることを知っていた。それは本能的なもので、誰が何を言おうと変わらない価値観だ。


 そのことを知っているからこそ『ヴェナムを誘き寄せられる』というのは本当のことでなければ、エドムンドは話にのってこないことはわかっていた。


 エドムンドの勘は正しく、ヴェナムを誘き寄せることはできる。だが、ヴェナムはナディアを亡き者にするための用意されるというだけだ。


 二人の様子をしばらく優しい顔で見守っていたパトリックだったが、だんだんとその顔に影を落とし暗く冷たい表情に変わっていった。


 その異変に気がついてしまったモルガンは『やっぱり何かおかしい』と感じていた。




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