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何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること  作者: 大森 樹


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35 見つからない

「なぜ見つからないっ!」


 苛立ったエドムンドは、拳を強く机に叩きつけた。


「気持ちはわかるが冷静になれ。焦ってもいいことはない」


 パトリックの淡々とした声を聞き少し落ち着きを取り戻したエドムンドは、すーっと大きな深呼吸をした。


「悪かった。ヴェナムの手がかりがこんなに見つからないとは」

「そうだな。まさかサンドバル辺境伯領でナディアちゃんが噛まれたのが最後の目撃証言とはな」


 エドムンドは、あれからヴェナムのことを調べ上げた。そしてエディや複数人の魔物研究者の意見も参考にして、ある一つの結論に至った。


 ヴェナムの毒が手に入りさえすれば、どんな種類の毒かを調べそれに効くものをエディとナナが作れるだろうという話だった。


『首の真下に毒袋があるそうです。だから、破らないように正確に切ってきてください。あなたならできるでしょう?』


 エディは簡単にそう言ったが、ヴェナムの急所は首でありそこを狙わねば倒せない。つまり、毒の袋を破らないように首を切る繊細で高度な剣の技術がいるということだ。


『ああ、できる』


 だが、エドムンドはなんの迷いもなく頷いた。他の人間にとっては難しくとも剣の才がずば抜けているエドムンドにとっては、なんてことはなかった。


 しかし、その肝心のヴェナムが見つからない。モルガンに探りを入れてもらったが、ナディアが噛まれた時に父親が討伐した記録が最後だった。それ以降は目撃証言すらない。


 ナディアの父親であるクラウスにも手紙で事情を説明し、もしサンドバル辺境伯領でヴェナムを目撃した時はすぐに教えて欲しいと連絡をした。だが、クラウスもずっと探しているが見かけたことがないという返事だった。


 不幸中の幸いなのは、ナディアの体調が悪化していないことだけだった。


「最悪見つからない線も考えねばいけないかもしれないぞ」

「くそっ!」


 ギリギリとエドムンドは唇を噛んだ。寝不足なのか少し顔色が悪い。


 エドムンドはアダルベルト国王陛下に騎士団復帰を願い出た。アダルベルトはずっとそれを望んでいたため、とても喜んですぐに復帰に向けた事務手続きを済ませてくれた。


『陛下、俺はナディアをどうしても死なせたくないんです』

『……エドムンド、お前全て知っているんだな』


 アダルベルトは、ナディアの秘密を全て知った上でエドムンドに嫁がせた。カレベリア王国において、エドムンドという騎士を失うのはあまりにも惜しい。だから、アダルベルトは駒としてナディアを使った。それはとても残酷なことだとわかっていたが、荒れたエドムンドを変える良いきっかけになればと考えたのであった。幸いにもナディア自身も、憧れの人に嫁げるのであればと結婚を快く受けてくれたのでアダルベルトはほっと胸をなでおろした。


 そしてその読みは当たり、エドムンドは見事に立ち上がった。いや……アダルベルトですら、エドムンドがまさかナディアをここまで真剣に愛することになるとは思ってはいなかったが。


『はい。騎士団に戻るのは彼女のためです。ヴェナムの情報は全て俺に回してください。ヴェナムの過去の出没や被害情報、そして王家が調べた全てのことを教えてください』

『わかった。できる限り協力しよう』


 残念ながら王家の情報はすでにアダルベルトからナディアに報告済みのものばかりだったが、王家直属の騎士でしか閲覧できない資料があるためエドムンドは関係あるものを全て読み漁った。


 そしてアダルベルトはすぐにエドムンドを騎士団に復帰させたが、ナディアのことが解決するまでは「大型の魔物討伐」という任務のみを担当する特別な任務を与えることにした。もちろんヴェナム以外の魔物の討伐も行かねばならないが、大型の魔物は凶暴だが個体は少ない。なので、通常の騎士団員よりは仕事が限定されるため自由に動ける時間が確保できる。


『陛下、お気遣いありがとうございます』

『黙っていた詫びだ。解決したらもっと働いてもらうから覚悟しておけ』

『はい』

『……それに私もナディアには生きて欲しいのだ』


 駒として使うと決めたのは自分だが、実際に会ったナディアはとても素直で明るい好い御令嬢だった。そして、柔らかい雰囲気に隠されてはいるが芯はとても強くて頼もしい。こんな女性はなかなかいるものではない。もしこのままナディアの命が失われたら、エドムンドは再起不能になってしまうのではないかという心配もあった。


 エドムンドは、パトリックの父親で宰相でもあるハロルドと元財務大臣であるアルバンにも復帰の挨拶に行った。この二人がカレベリア王国の政治の中心であることは間違いないからだ。


『エドムンド、また一緒に国を守れて嬉しいよ。頼りにしている』

『いきなり戻るなど……本来ならあり得ん。別任務までわざわざ作るなど陛下も甘やかされたものじゃ』


 にこりと人の良さそうな顔で笑ったハロルドと、ジロリと睨んでいるアルバンは対照的な態度だった。


『今までご迷惑おかけしました。心を入れ替えて励みますので、よろしくお願いいたします』

 

 エドムンドは丁寧な言葉を使い、二人に向かって頭を下げた。そんな殊勝な態度をとるのは初めてだったので、ハロルドとアルバンは目を見合わせ驚いていた。


『妻がヴェナムに噛まれたのです。今は一般的な薬で症状を押さえていますが、いつまでもつかわかりません。俺はヴェナムを探し、解毒剤を作りたいのです。そのためにはなんでもします』

『エドムンド……お前……』

『少しの間多めにみてください。解決後には国のために働きます。そして、なにかヴェナムについてご存じなことがあれば教えていただいたい。よろしくお願いします』


 深く頭を下げたエドムンドの肩を、ハロルドは優しくポンと叩いた。


『わかった。私も調べてみよう』

『ありがとうございます』


 一方、エドムンドを嫌っていたアルバンはふんと鼻を鳴らした。


『ちゃんとした態度を取れるのなら初めからそうしておれ』

『……はい』

『わしも協力してやろう。これはお前のためではない、奥方のためだ』


 アルバンはそれだけ言ってプイっとその場を去って行った。あとからパトリックに話を聞くとアルバンはとても愛妻家らしい。だからエドムンドに協力してくれると言ってくれたのではないかということだった。エドムンドは堅物の頑固爺であるアルバンが愛妻家ということに違和感があったが、世の中は見た目ではわからぬことがあるらしい。


 そんなこともあり、エドムンドは騎士の仕事と情報集めをこなしながらバンデラス伯爵領の経営もこなすという多忙な日々を送っていた。


「エドムンド。お前、少し休め」

「休んでる暇なんてねぇよ」

「だが、お前が倒れたら元も子もない。ヴェナムはいつ現れるかわからないのだから」

「……心配なんだ。あいつにどれくらい時間が残されてるのかわからねぇから」


 そのあまりに悲痛な声に、パトリックは驚いていた。長年一緒にいるが、エドムンドがこんな弱気になる姿を初めて見たからだ。


「ナディアちゃーん! エドムンドが呼んでるよ」


 パトリックは大声でそう叫ぶと、近くの部屋にいたナディアがパタパタと嬉しそうに走ってきた。


「エドムンド様、お呼びですかっ!?」

 

 嬉しそうなナディアの顔を見たエドムンドは困ったように少し眉を下げた。

 

「……呼んでねぇよ。パトリックが勝手なこと言っただけだ」

「ええっ!」


 がっくりと肩を落としショックを受けるナディアに、パトリックはにっこりと微笑んだ。


「ナディアちゃん、エドムンド疲れてるんだって。一緒に寝てあげてよ」

「お前っ! なに言ってんだ」


 頬を染めたエドムンドは、パトリックに対して怒りの声をあげた。エドムンドとナディアの仲は、想いを伝えあってからそう進展していない。つまりはキス止まりだった。それ以上進むのは、ナディアの身体の負担も考えて解毒が出来てからということを決めたからだ。


「お疲れなんですか? では、僭越ながらわたしが添い寝します」

「はは、頼むね」

「俺は寝ねぇぞ」

「まぁまぁ、エドムンド様。わたしのとっておきの子守歌を歌ってさしあげますから」

「いらねぇ。ナディアは音痴だろうが!」

「ふふ、遠慮なさらず」


 わいわいと騒がしく話しながら、ナディアはエドムンドの腕を引っ張っていった。なんだかんだ言いながら、エドムンドはナディアに従うことはわかっていた。


「……エドムンドがこんなに変わるなんて驚きだね」


 パトリックは、二人の仲睦まじい後姿を見ながらぽつりと呟いた。



 


「エドムンド様、このまま寝てください」

「……嫌だね。せっかくナディアが近くにいるのに勿体ねぇ」


 二人はエドムンドの部屋に向かった。ナディアは最近エドムンドが疲れていることについては気が付いていた。ナディアと朝食を一緒に食べた後は、すぐに騎士団での任務をこなし夜遅くまで帰ってこない。休日も必ずヴェナムの情報収集に向かっていて、ナディアと過ごす時間は少なくなっていた。


「わたしも寝ますから」


 ナディアは大きなエドムンドの身体をベッドの中で抱き締め、髪をそっと撫でた。


「おやすみのキスがないと寝れねぇ」

「ええっ?」

「ほら、はやく。寝かせたいんだろ」


 悪戯っ子のような顔のエドムンドにキスを強請られてしまった。いつもキスはエドムンドからで、ナディアからしたことはまだない。目を閉じたエドムンドは、どうやら本気らしい。ナディアはドキドキしながら、エドムンドの頬を手で包み唇にそっと触れるだけのキスをした。


「はは、真っ赤だな」


 全身真っ赤染まったナディアを見て、エドムンドは嬉しそうに目を細めた。

 

「だって。初めてですもん」

「もっと濃厚なのしてんだろ」

「そ、そうですけど」


 ナディアは最近濃厚なキスも覚えた。お互いの舌を絡め頭の中がビリビリと痺れるような激しいキスをされた時は、ナディアは驚いた。唇を合わせるだけがキスだと思っていたが、それは間違いなのだと思い知らされたからだ。


「さらに赤くなったな。思い出してんのか? やらしいな」

「ち、ち、違います!」


 エドムンドに揶揄われて、必死にナディアは否定をした。


「俺は思い出してるけど」


 恥ずかしがる様子もなく、エドムンドはそう言ってナディアの後頭部を抱き寄せた。


「ナディア、好きだ」


 ナディアはそのままちゅっと軽いキスをされ、それからかぷりと食べられるような口づけをされ口の中をゆっくりと愛された。


「んっ……うぅっ……」


 堪えきれずに甘い声が漏れ、ナディアは恥ずかしくなった。


「パトリック……さまが……いらっしゃ……」

「聞こえるはずがない」

「ですが……んっ……」

「可愛い」


 エドムンドの低く響く声は、ナディアの脳内も蕩けさせていく。気持ち良くて何も考えられなくなってきた頃、エドムンドの唇が急に離れた。驚いて横を確認すると、エドムンドはぱたりと力が抜けたように、ベッドに沈み込んでいた。どうやら本当に眠気の限界だったらしい。


「もう、一人で恥ずかしいじゃないですか」


 ナディアは濡れた唇を手で押さえ、そう呟いた。もっとして欲しいというはしたない感情が芽生えていたことを、ナディアは恥ずかしく思って後悔していた。


「俺を……置いていくな」


 その時エドムンドの寝言が聞こえ、ナディアは涙が溢れそうになった。


「わたしはここにいますよ」


 ナディアはエドムンドの胸の中に潜り込み、そのまま一緒に眠りにつくことにした。ナディアはエドムンドの温かさを感じながら、この幸せと切なさを噛みしめていた。


 


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