34 祝福
「おかえりなさいませ……エドムンド様、その……まさか」
「ああ、ナディアと想いを通じ合わせた。時期をみて、正式な夫婦になる」
「そうですか! それはそれはおめでとうございます」
手を繋いで帰ってきたエドムンドとナディアを見て、モルガンや侍女たちは涙を流して喜んだ。
ずっと好きだ好きだと言い回っていたナディアだが、いざ両思いになって使用人たちに報告するとなんだか恥ずかしくてもじもじとしていた。
「皆に話したいことがある。モルガン、集めてくれ」
喜びムードの雰囲気を壊すようなエドムンドの重いトーンの声に、モルガンはきゅっと表情を引き締めた。
「はい、すぐに」
「悪いな」
帰路に着く間に二人で話し合い、エドムンドはナディアの毒のことを使用人たちに話すことを決めた。
ナディアが隠したい気持ちはわかるが、もう痣も増えており首元の開いているドレスでは隠れなくなってしまっている。それにいつ昨日のように発作が起き、症状が悪化するかもわからない。
信用できるバンデラス伯爵家の使用人たちには、知っておいてもらった方がいいという判断になったのだった。
「……エドムンド様」
不安気に小さく震えるナディアの手を、エドムンドはぽんぽんと大きな手で包み込んだ。
「大丈夫だ。みんなナディアの味方だ」
「はい」
使用人たちを集めたエドムンドは、ナディアが過去にヴェナムという毒を持ったドラゴンに噛まれていて寿命が僅かだと伝えられた。
使用人たちはその話に動揺し、一気にざわざわとうるさくなった。
「皆、静かになさい。エドムンド様のお話はまだ途中ですよ」
モルガンの一声に、使用人たちはピッと姿勢を正し続きを聞くことにした。
「驚かせてすまない。ナディアはいつ体調に変化が出るかわからない。もし俺が不在の時に不調の時は、看病を頼む」
「承知しました」
涙を浮かべた侍女たちは、しっかりとエドムンドの命令に頷いた。
「だが、俺は諦めていない。必ず解毒薬を見つけ、ナディアを助ける」
エドムンドの力強い声に、使用人たちは皆顔をあげ希望に満ちた目を彼に向けた。
「俺は陛下にお願いして騎士に戻り、情報を集める。ナディアの近くにいてやりてぇが、俺は俺のやれることをする。だから、信頼できるお前らにナディアを頼みたい」
「はい!」
「モルガン、些細なことでもナディアに何かあればすぐに連絡してくれ」
「承知いたしました」
ナディアも自分の口から皆に謝りたかった。いきなり現れたナディアを、使用人たちは最初から温かく迎えてくれたのだから。
「ずっと皆さんに黙っていてすみませんでした」
「……」
「この毒を治して、エドムンド様と生きていきたいと思っています。どうか力を貸してください。よろしくお願いします」
ナディアは小さく震えながら、使用人たちの前で頭を下げた。
「ナディア様、私たちに頭を下げるなんてやめてください」
「そうですよ! 奥様をお守りするのは我々の役目なんですから」
「私たちも協力いたします」
使用人たちは口々にそう言い、ナディアに温かい言葉をかけた。
「うゔっ……ありがとう。みんな」
エドムンドはポロポロと涙を流すナディアの肩を抱き寄せ、頬にキスをした。
「……っ!」
驚いたナディアは涙が引っ込み、その後に頬を真っ赤に染めた。使用人たちは本当に主人であるエドムンドが、ナディアを正式な妻に迎えたのだとわかり歓喜の声を上げた。
「なんだ、つまらんな。もう泣き止んだのか。涙が止まらぬなら口にもしてやろうと思っていたのに」
エドムンドはニッと口角を上げ、ナディアの唇をそっと指でなぞった。
「み、みなさんの……前ですよ……!」
潤んだ瞳でギロリと睨みつけてくるナディアなど何も怖くはない。むしろ照れながら怒っている姿も可愛いな、とエドムンドは思った。
「だからなんだ?」
「は、恥ずかしいじゃないですかっ!」
「別に。夫が妻にキスをしてなにが恥ずかしいんだ?」
エドムンドはさもそれが当たり前かのようにそう言い切り、ナディアは眩暈がしそうだった。まさかあの冷たくて鬼のように恐ろしいと言われていたエドムンドが、妻にこんなにも甘い態度をとるなんて誰が想像できただろうか。
「さすがエドムンド様!」
「こういう人間は一度好きになると、とーっても重いんですよ」
「そうね。今までは素直じゃなかっただけで、もっと前からナディア様のこと気に入っていらっしゃったもの」
「これから溺愛されるナディア様は大変ね」
「私たちが助けないとね」
うんうん、と頷きながら侍女たちは好き勝手なことを喋っていた。
「おい、誰が重いだと?」
先ほどの会話はしっかりとエドムンドに聞こえていたらしい。侍女たちは目を見合わせクスクスと笑った後「仕事に戻ります」とそそくさと逃げて行った。
「ったく。あれが主人に対する態度かよ。言いたい放題言いやがって」
「皆、喜んでいるのですよ」
モルガンは目を細め嬉しそうに二人を見つめた。バンデラス伯爵家の使用人たちは客前ではきちんとしているが、普段はエドムンドやナディアとの距離が近いのでまるで大きな家族のようだ。
「お二人とも本当におめでとうございます」
「おう」
「ありがとうございます」
モルガンからの祝福の言葉にエドムンドは少し照れたように短く返事をし、ナディアは深く頭を下げた。
「私でお役に立てることなら何なりとお申し付けください。もちろん執事以外のことでもかまいませんので」
「ああ、頼りにしている」
今はどこからどうみても執事にしか見えないモルガンだが、元々は他国の優秀なスパイだった。情報収集の能力は、彼の右に出る者はいない。
「さっそくだが、ヴェナムの目撃情報とドラゴンの生態について詳しい人物を探してくれ。必要経費は俺の私費を好きに使え」
「かしこまりました」
「あと悪いがパトリックにも連絡を取ってくれ。俺は何時になっても構わないからできれば今日中に会いたいと伝えて欲しい」
「わかりました」
使用人たちに報告が終わると、ナディアは部屋で休めとエドムンドに言われてしまった。
「わたしなら大丈夫です!」
「いや、昨日倒れたんだ。しっかり寝て休め」
「でも……」
「心配なんだ。俺はエディとナナに詳しい話を聞いて、パトリックを待つ。明日は陛下に謁見して、騎士団に戻りたいと伝えに行く」
もうエドムンドの目に一切の迷いはなかった。
「すみません。わたしのせいでたくさんご迷惑をおかけして」
「……何言ってんだ」
どうやらナディアは自分が人のために動くことはなんとも思わないが、逆の場合は気にしてしまうらしい。しゅんとしたナディアのおでこを、エドムンドはパチンと軽く叩いた。
「ううっ、痛いです」
「お前が惚れたのは、好きな女のことを迷惑なんて思う小せぇ男じゃねえんだよ」
「……っ!」
「よく覚えとけ」
エドムンドにそう言われたナディアは、口を手で押さえぷるぷると小さく震えだした。
「エドムンド様、とっても格好いいです!」
「はぁ?」
「好きです」
興奮したナディアに勢いよく飛びつかれ、エドムンドは慌てて胸の中に抱き留めた。
「わたし言葉を間違えました。エドムンド様に伝えるべきだったのは『すみません』ではなく『ありがとうございます』でした」
ナディアはエドムンドの胸に甘えるように頬をすり寄せた。
「わかったならいい」
「エドムンド様、ありがとうございます」
「ああ」
「大好きです」
「……知ってる」
くすくすと楽しそうに笑いながら「何度でも言いたいんです」といつもの調子に戻ったナディアを、エドムンドはぎゅっと強く抱きしめ直した。このなによりも大切な存在を、必ず守るとエドムンドは再度心の中で誓いを立てた。
だがエドムンドはこの後、ヴェナムの解毒はそう簡単ではないことを思い知るはめになるのだった。




