29 名前
「わあ、ここがケルン村ですか!」
「ああ」
「とてものどかですね」
エドムンドとナディアは、隣町から移動して目的地のケルン村に着いていた。
「素敵な村ですね」
畑と小麦畑が全面に広がっている田舎の風景だ。エドムンドは久しぶりの風景をとても懐かしく思っていた。
「何もねぇがな」
「それがいいのです。エドムンド様はここで育ったのですね!」
ナディアはエドムンドの方を向いて嬉しそうに微笑んだ。ナディアのブラウンの髪に日の光があたり、キラキラと輝いて見える。その笑顔が眩しくて、エドムンドは目を細めた。
「お花屋さんはありますか?」
「ワゴンで売ってるはずだが」
「あっ、ありました。すみませーん!」
ナディアは花屋を見つけ、駆け出して行った。ナディアの後をエドムンドはゆっくりとついて行った。
「わあ、綺麗ですね。お二人の好きな花はありますか?」
「花の種類なんかわからねぇ。母さんは明るい色が好きだったけど」
「わかりました。では、わたしが選んでもよろしいですか?」
「ああ」
王都で売っているような華やかな花ではなく、素朴で可愛らしい花ばかりだ。
しかし、エドムンドはきっと母親は薔薇や百合などの豪勢な花よりも可憐で小さな花が似合う気がした。
「ではこれとこれをお願いします」
「ありがとうございます」
「じゃあ、これで。釣りはいらん」
「よろしいのですか? ありがとうございます!」
多めの支払いを終え、たくさんの花を抱えているナディアを見てエドムンドは手を差し出した。
「俺が持つ」
「すみません」
胸いっぱいに花を持っているエドムンドの姿が新鮮で、ナディアはふふふと笑った。
「……なんだ」
その笑い声に気がついたエドムンドは、眉を顰めて不機嫌そうな顔になった。だが、手の中いっぱいに可愛らしい花があるのでかなり怖さは半減している。
「お花とエドムンド様っていいなと思いまして」
「似合わないとでも言いてぇのか」
「いえ、素敵です」
「嘘つけ」
「ふふ、本当ですよ」
楽しそうなナディアは、墓のある丘の上までそのまま軽やかに登って行った。
「うわぁ……すごい絶景」
「そうだろう? 墓を建てた時に植えてもらったんだ。あの頃よりも増えているがな」
「ええ。こんな場所ならお義母様も寂しくありませんね」
丘の上には全面色とりどりの花が咲いていた。その一番高い場所に立派なお墓が建てられていた。
「母さん……久しぶり。ずっと来れなくて悪かったな」
少し寂しそうな顔のエドムンドは、お墓の前に花束を置いた。
「お義母様、初めまして。わたしはナディアと申します。エドムンド様の妻です!」
ナディアはエドムンドの隣でそう自己紹介をした。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。実は王命での結婚なので、エドムンド様は納得されてません。でもわたしは大好きなエドムンド様と結婚できてとっても幸せです」
「……」
「素敵なエドムンド様と出逢わせてくださりありがとうございます」
ナディアは目を閉じて手を合わせ、墓の前で感謝を述べた。確かにエドムンドは、ナディアとの結婚を納得していなかった。だが、それは昔の話だ。
「おい……」
「早くお義父様の指輪を入れてあげましょう?」
「あ、ああ」
ナディアの言葉を否定しようと思ったその時、墓に指輪を入れることを提案され、エドムンドは何も言えなくなってしまった。
重たい墓石をなんなく横にずらし、受け取った父親の形見の指輪をそっと中にいれ直した。
「母さん……遅くなって悪かった。やっと親父と一緒になれて良かったな」
エドムンドはすっきりした顔で、穏やかな声を出した。その優しい声を聞いて、ナディアの目は潤んできてしまった。エドムンドが父親のことで、深く傷つき悩んでいたことを知っていたからだ。
「親父のことずっと誤解して悪かった。俺と母さんのために騎士として頑張ってくれてたんだな」
さーっと風が吹き、花々が揺れる音だけが聞こえいる。
「でも母さんはずっと親父がいなくて寂しそうだった。だからこれからはずっと側にいてやってくれ」
エドムンドは今日の墓参りで、ずっと抱えていた過去のトラウマに区切りをつけることができた。
「うっ……ううっ……エドムンド様ぁ……」
「なんでお前が泣くんだよ」
ぐすぐすと鼻を真っ赤にして泣いているナディアを見て、エドムンドは苦笑いをした。
「だって、きっとお義母様もお義父様も喜んでいらっしゃると思います……ううっ……良かったです」
笑いながら泣いてるナディアの顔を覗き込み、エドムンドはその大きな手で濡れた頬を拭った。
「ほら、もう泣くな」
「でも……」
「お前は笑顔の方が似合う」
エドムンドがそんなことを言うとは思っていなかったナディアは、驚いて一瞬涙が引っ込んだ。
「え?」
「ふっ、やっと泣き止んだな」
悪戯っぽくニッと笑ったエドムンドを見て、ナディアは揶揄われたのだと思ってムッとした。
「酷いです。そんな思ってもないこと言わないでください。レディはそう言うこと言われると勘違いするんですからねっ!」
「思ってるさ」
「……え?」
「お前にはいつでも笑ってて欲しいと思ってる」
ナディアはすぐに言葉の意味が理解ができず、パチパチと大きな目で瞬きをした。
「ナディア」
真っ赤な瞳に真っ直ぐに見つめられ、ナディアは固まってしまった。
「エドムンド様……今……わたしの名前」
「そんな驚くことか?」
「だって……初めて……初めて呼んでくださったから。きっとわたしの名前なんてご存知ないと思ってました」
確かにエドムンドがナディアの名を呼んだのはこの時が初めてだった。今まではあえて呼ばないように気をつけていたからだ。
「そんなわけあるか」
エドムンドは目を細めてフッと笑い、ナディアの頭をポンポンと撫でた。
「うゔっ……嬉しいです」
またぐすぐすと泣き出したナディアを見て、エドムンドは眉を顰めた。
「よく泣くな」
「だってエドムンド様が泣かすから」
「じゃあもっと泣く羽目になるかもな」
「ど、どういう意味ですか?」
色っぽく笑ったエドムンドを見て、ナディアはきょとんとした顔で首を傾げた。
「俺はナディアが好きだ」
ずっと恋焦がれた大好きな人の低く甘い声が、ナディアの耳に響いた。




