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何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること  作者: 大森 樹


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2 王命による結婚

「遠くからよく来てくれた。御父上から話はもう聞いているね? こんなことを頼むのは心苦しいが、ナディア嬢にはエドムンドの妻になって欲しいのだ」


 王宮で面会したアダルベルト国王は、申し訳なさそうな顔をしてナディアにそう伝えた。


「陛下、そんな顔をなさらないでください。わたしは幼い頃からあの方に憧れております。なので、この縁談をいただけたことをとても嬉しく思っております」


 ナディアは何も気にしないとばかりに、にこりと微笑んだ。

 

「いや、しかし……きっとナディア嬢には嫌な思いをさせる。今のエドムンドは、ナディア嬢が憧れていた頃のあいつではなくなっているはずだ。毎日酒浸りで何もしていないからな」

「かまいません、全て覚悟の上です」

「元々口も態度も悪い奴ではあったが、エドムンドは私を庇った()()事件から決定的に人が変わってしまった」



♢♢♢


 ――約一年前。


「では、今回の魔物討伐の報告を頼む」

「はい」


 当時騎士団長だったエドムンドが、国王陛下の前に出た瞬間にその事件は起こった。


「陛下、お覚悟を!」


 国王の近くに控えていた側近が、勢いよく剣を抜いたのだ。それにいち早く気が付いたエドムンドは、そのまま一気に踏み込んでその側近を切りつけた。スピードでエドムンドに勝てる者などいるはずがない。


「ゔうっ」


 切りつけられた側近の呻き声が聞こえた時、副団長のパトリックが大きな声をあげた。


「エドムンド、後ろだ。危ない!」


 その声を聞いて振り向いたときに、剣はエドムンドの左目に当たった。ぼたぼたと血が流れているにも関わらず、エドムンドは一切顔色を変えずに男の腹を狙って剣を振った。


「まさかお前が、裏切り者だったとはな」


 ドサリと男が床に膝をついて倒れた。その男は騎士団で三番目に強いモートンという男だった。


「ぐっ……あんた……化け物かよ。背後から首を狙ったのに……かわすなんて」

「自惚れるな。俺がお前なんかに殺されるかよ」

「事前に毒まで……盛ったのに」

「ああ、どおりで身体の動きが鈍いと思ったぜ。だが、教えといてやるよ。俺は毒に耐性をつけてる」

「やっぱりお前は人間じゃない」


 モートンは青ざめながら、エドムンドを見上げた。


「褒め言葉として受け取っとくぜ。おい、パトリック。陛下を狙った奴のことを頼む」

「わかった」


 パトリックは側近を縛り上げ、すぐに国王を安全な場所に下がらせた。エドムンドはモートンの剣を遠くに蹴り飛ばし、自分の服を脱いで腹の傷をぎゅっと縛って止血を施した。


「なんの……真似だ」

「てめぇには聞きたいことが山ほどある。ここで楽に死ねると思うな」

「殺しもしないなんて。やっぱり私は……お前が……大嫌いだよ」

「奇遇だな。俺も大嫌いだ」


 冷たく見下ろされたモートンはフッと笑って、ギリッと歯ぎしりをした。


「お前みたいな天才に……私の気持ちは一生わからないだろう」

「わかるわけないだろう」

「お前は……騎士団長の器じゃな……ぐっ……うう……」


 レイモンドは話の途中で血を大量に吐きだした。


「てめぇ! 口の中に毒を仕込んでやがったな」

「失敗したら……死ぬつもりだった。こんなことして……生きて帰れるはずがないだろ……う……」


 どんどんとぐったりするモートンを見て、エドムンドは怒りの声をあげた。


「吐けっ! 今ならまだ間に合う。おい、早く水を大量に持って来い。それとすぐに俺の領地にいるエディを呼べ。あいつは毒のスペシャリストだ」


 エドムンドは冷静に周りに指示を出し、無理矢理吐かせようとしたがモートンは最後の力を振り絞って抵抗した。


「卑怯な手で……命懸けでも……お前の左目だけか。ハッ……やっぱ……かなわ……ないな……」

「無駄口叩くな! 黙れ」

「お前は……強すぎる。上司としては……大嫌いだが……騎士としては……あ……こがれて……い……た」


 モートンはそう言って小さく笑い、意識を失った。


「だめだ。もう息がない」


 パトリックは、すぐにモートンの脈を測り力なく首を左右に振った。


「馬鹿が」


 エドムンドが強く握りしめた拳からは、血が垂れていた。


 結局その後の調査で、国王陛下の暗殺計画は腹違いの王弟パヴェルの差金だったことがわかった。ちなみに現国王のアダルベルトは第一子ではあるが身分の低い側室の子であり、パヴェルは高貴な位の正妃の子どもだった。


 そんなことから、カレベリア国内では未だに正しい後継はパヴェルではないかという血統を重んじる派閥も残っていた。だが、実力や人柄を考えると誰がみてもアダルベルトのほうが優秀なことは間違いない。


 国王の側近やモートンは、王弟が政権を握れば重要なポジションにつかせると言う甘い言葉で誘惑されて犯行に及んだらしい。だがどれだけ疑わしくとも、王弟が黒幕だという決定的な証拠は見つからなかった。


 王弟は関与を否定したがそのまま幽閉され、国王を切りつけた側近は処刑……側近やモートンの家族も財産を没収され、国外追放された。


 王族を手に掛けることは大罪であり、犯人の家族が死罪にならなかったことは国王陛下の温情であった。


「国家への反逆ですぞ。こんなことは、許されることではない! 家族を国外追放なんて甘すぎます。それに、この責任は騎士団の団長であるエドムンドの管理怠慢にあると思います」

「黙れ。エドムンドは、どれだけこの国の民を救ったと思うておる? それに、私の命を助けたのはあやつではないか!」


 エドムンドはものすごく強い騎士だったが、元々は平民出身であり横柄な言動や強気な性格故に高位貴族の王宮役人たちからは嫌われていた。特にエドムンドを良く思っていない元財務大臣のアルバン・ドレイクは、老齢であり先代が亡くなられた時に引退したにも関わらずまだ国内で強い発言力を持っていた。


「あの男がしっかりしていれば、部下の異変に気が付いていたはずですぞ」

「……そんなはずはない」

「それにいくら強くとも、こちらの言うことを聞かぬエドムンドは騎士団長に向いておらんでしょう。副団長のパトリック様を団長にすれば何もかもが上手くいきましょうぞ」


 国王はその意見を拒否し続けたが、話し合いは平行線だった。


「陛下、もういい」


 会議の最中に、ドアを蹴破り入ってきたエドムンドに一気に注目が集まった。その左目には黒い眼帯が巻かれていた。


「エドムンド……」

「おい、ジジイども。俺が気にくわねぇんだろ? 今すぐに辞めてやるよ」

「おい、エドムンド! 勝手なことを言うでない」


 国王は激怒したが、エドムンドは膝をついて最敬礼をした。


「アダルベルト国王陛下、今まで大変お世話になりました。我が部下モートンが犯した罪の責任を取り、騎士団長の職を辞します」

「エドムンド、待て!」

「昔から碌でもなかった俺に温情をかけていただき、感謝致します」


 それだけ言って、エドムンドは立ち上がった。エドムンドが国王陛下にきちんと頭を下げたのは、この時が初めてだった。


「お前らが魔物に殺されそうになっても、絶対に助けに行かねぇからな。食われないようにせいぜい祈ってろ!」


 エドムンドはベーっと舌を出し、アルバンや老齢の王宮役人たちに悪態をついて扉を閉め去って行った。


 そして、副団長のパトリックが騎士団長に代わり……今に至る。パトリックの父親はカレベリア王国の現宰相だ。そして有力な公爵家の令息でもあるため、物腰も柔らかく王宮の役人とも上手くやっている。


 騎士自体をやめたエドムンドは、以前褒章として与えられた伯爵家の領地に戻り……何をすることもなく酒浸りになっているというわけである。


♢♢♢


「勝手な話だが、私はこの国のためにあいつの優秀な遺伝子を残して欲しいと思っている」

「その件も父から聞いております。国の王として当たり前のお考えですわ」


 ナディアは、アダルベルトの言っていることを間違っているとは思わなかった。最強の騎士であるエドムンドの血を受け継いだ子どもなら、何人いてもいいくらいだ。国の宝になる可能性がある。


「血筋のこともだが、単純に天涯孤独なあいつに温かい家族を作ってやりたい気持ちもある」

「……そうですね」

「あなたの事情を知っていながら、この件に巻き込む私を許して欲しい。何人か試してみたが、()()の令嬢では一瞬で追い返されるのだ」

「大丈夫ですよ。わたしは心身ともにタフですから」


 そう言い切ったナディアを見て、アダルベルトは安心したようにふうと大きな息を吐き眉を下げた。


「ナディア嬢、感謝する。エドムンドを頼んだぞ。あいつがまともな生活ができるように戻してくれ」

「承りました」

「何かあれば遠慮なく言ってくれ。必ず力になろう。私はあなたの味方だ」

「はい。ありがとうございます」


 普通ならあり得ないことだが、ナディア・サンドバルとエドムンド・バンデラスは顔を合わせぬまま婚姻を結んだ。エドムンドはまだ、自分が結婚したことすら知らないはずだ。完全に国王の一存で決まった結婚だった。


 勝手に婚姻の書類を出されたことを知れば、エドムンドは激怒するはずだ。しかし、ナディアはそんなことは承知の上だった。


「……エドムンド様」


 ナディアは幼い頃に助けてもらった凛々しいエドムンドの姿を思い出し、名前をぽつりと呟いた。


「申し訳ありません。どうかお許しください」


 しかし望まれない結婚でも、ナディアはエドムンドの妻になれたことは幸福だと思っていた。



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