24 思い出の味①
「あいつはどこに行ったんだ」
生誕祭を終え平穏な日々を過ごしていたエドムンドとナディアだったが、この一カ月ほどナディアは頻繁に街に出かけるようになっていた。しかも一度出かけたらしばらく帰ってこない。
最初は気にも留めていなかったエドムンドだったが、こう毎日いないと腹が立っていた。朝食も別々な日が多く、剣の訓練をしようにも昼はずっといないし、晩酌に誘おうとしても最近のナディアは早く寝てしまうのだ。
「あいつとは?」
「あの女はあの女だ! わかっていることを毎回聞くな」
あからさまにご機嫌斜めな主人を見た執事のモルガンや侍女たちは目を見合わせた。
「街に出ると仰っていましたが」
「毎日毎日何をしに行ってんだよ!」
「さあ? 私にはわかりかねます。奥様の私用を探る趣味はないもので」
エドムンドは淡々と話すモルガンをギロリと睨んでみたが、睨まれたモルガンは平気な顔で飄々としていた。
「奥様に直接お聞きになったらいいじゃないですか?」
「そうですよ。どこ行ってるのって聞くだけでしょ」
「さらに寂しいからもっと家にいて欲しいって言えれば完璧です!」
侍女たちに口々にそんなことを言われ、エドムンドは面白くなかった。エドムンドは実はもうすでにナディアにどこに行っているのかと質問したことがあったが、その時は『ちょっと買いたいものがありまして。ははは』なんて明らかに動揺した表情で、見え透いた嘘をつかれたのだ。その際に問い詰めてもよかったが、何度も聞くのは自分が彼女を気にしているようで嫌だったのだ。
「あぁ? 誰が寂しいって」
「もちろんエドムンド様ですよ」
「そんなわけあるか。ここはうるせぇから、外の空気を吸ってくる」
素直じゃないエドムンドは、怒りながらバタンと扉を閉めて屋敷を出て行った。
「行ってらっしゃいませ」
「逢えたらいいですけどね」
「あの人のことだから見つけ出すでしょう」
「野生の勘がありそうだもの」
乱暴に閉じられた扉を見つめながら、使用人たちはエドムンドの中でナディアが大きな存在になっていることを嬉しく思っていた。
「くそ、あいつら好き勝手言いやがって」
エドムンドは街に着き、最初にエディとナナの元を訪ねた。だが「今日は来てない」と言われてしまい、傷の治療のために出かけているわけではないことが判明した。
「どこ行ってるんだ」
バンデラス領地は広いため、街も大きい。やみくもに探すのはさすがに難しい。そもそも街に出かけているという情報すら正しいかわからなかった。大通りをうろうろしてみたが、ナディアらしき姿は見当たらない。
「馬鹿らしい。なんで俺が探さなきゃいけねぇんだ」
もう屋敷に戻ろうかと思ったが、帰る前に腹ごしらえをしようといきつけのレストランに向かった。そういえば、ここは以前ナディアとの来た店だなと思い出していた。
「なんだ。もう昼営業終わってんのか」
店の前には『準備中』という看板が出ていたが、エドムンドは気にせず中に入った。店主のジェフは子どもの頃から面倒を見てきた顔見知りだ。きっと時間外でもなにか作ってくれるだろうと思ったからだ。そしてすぐにキッチンの奥にジェフの姿が見えた。
「お……」
声をかけようとしたその時、ジェフの隣にはずっと探していたナディアが立っていた。エドムンドはとっさに店内の柱に体を隠し、息をひそめた。普通に声をかければいいだけなのに、なぜ自分がこんなことをしているのかわからなかった。
二人は仲良くキッチンに並び、笑い合いながら楽しそうに何かを切っていた。ナディアは時折頬を染めながら、恥ずかしそうにしていた。
「……料理は二度とすんなって言っただろうが」
小声でそう呟き、エドムンドはそのままレストランを去った。ナディアがあれだけ苦手だった料理を、あんなに楽しそうにしているのはなぜなのか。その理由をエドムンドは考えたくなかった。
「お帰りなさいませ」
一人で屋敷に戻って来たエドムンドを見て、きっとナディアも一緒に帰ってくるだろうと思っていた使用人たちは首を傾げた。
「寝る。俺の部屋に誰も近付くな!」
さっきよりもさらに機嫌の悪そうなエドムンドを見て、モルガンは使用人たちに今日はエドムンドの部屋には近付かないように指示を出した。バタンと扉を閉める大きな音が聞こえ、それからは一切音がしなくなった。
「エドムンド様大丈夫でしょうか」
「……きっとナディア様がいらっしゃらないのは今日までなので平気でしょう」
「あの様子で上手くいきますかね」
「大丈夫ですよ。きっと奥様の愛に気が付かれるはずです」
モルガンをはじめ、バンデラス伯爵家の使用人たちはみんなエドムンドが幸せになって欲しいと願っていた。
どれだけ口が悪く素直でなくとも、路頭に迷っていた自分たちを助けてくれたエドムンドを皆が感謝し尊敬していた。自分たちはエドムンドが助けてくれた。だが、そのエドムンドの心を救って癒してくれる人間は今まで誰もいなかった。
きっとその役目を担えるのはナディアしかいないと、使用人たちはそう思っていた。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさいませ」
「あの、エドムンド様は?」
「もう自室でお休みになられました」
「そうですか! それならゆっくり準備ができますね」
夜遅くに帰ってきたナディアは、モルガンにエドムンドの居場所を尋ねた。そしてこの場にいないとわかると、キッチンに向かって行った。
「エドムンド様っ! いい朝ですよ」
結局ずっとモヤモヤして眠れなかったエドムンドは、酒を煽って朝方にようやく意識を失った。
つまりは寝不足なわけで、ナディアが開けたカーテンから差し込む光が眩しすぎて目が眩んだ。
「おい……ふざけるな。俺はさっき寝たところなんだよ」
低く掠れた声でナディアを睨みつけたが、彼女は嬉しそうな顔でエドムンドの方を振り返った。
「そうですか。じゃあ今起きれば、明日から早起きできますわ」
ふふふと笑った顔が太陽の光と同じくらい眩しくて、エドムンドは目を細めた。
そして出逢ったばかりの頃、同じようなやり取りをしたなとエドムンドはぼんやりと思い出していた。
「エドムンド様に是非プレゼントしたいものがあるのです! だから早くリビングに降りてきてくださいませ」
「……プレゼント?」
「はい。準備して待っていますね」
ナディアはそれだけ言って部屋を出て行ってしまった。エドムンドはすっかり目が覚めてしまったので、はあとため息をつきながら最低限の身支度を整えてリビングに降りた。
「エドムンド様、これはわたしが作りました!」
席に着くと、エドムンドの前にはシチューが置かれていた。見た目は悪くない。だが、初めて食べたナディアのまずいスープも見た目は良かったのだ。だから油断はできない。
「料理はもうするなと言ったよな?」
「あーはは、そうなのですが……でもだから随分頑張ったんです! ジェフさんに頼み込んで一カ月もかけて作り方を教えてもらいました。やっと合格をもらえたんですよ」
「……ジェフに?」
「何十回も練習したので大丈夫です! ちゃんと美味しいですから」
ジェフと料理をしていたのは、これを食べさせるためだったということがわかりエドムンドは昨日自分が盛大な勘違いをしてたことがわかった。
「……」
勝手に勘違いをしていた罪悪感もあり、エドムンドは目の前のシチューをスプーンで掬い口の中に放り込んだ。
「……」
「ど、どうですか?」
ナディアはエドムンドが無表情のままなので、急に心配になってきた。
「……うまい」
小さい声でそう呟いたエドムンドは、そのまま二口目を口に運んだ。




