23 恋の仲間
「ははは、そうか。今まであの男に弱みなどないと思っていたが、天はこちらに味方したようだな」
パトリックの報告が相当嬉しかったのか、ハロルドは身体をブルブルと震わせながら笑っていた。
「しかも女はあのサンドバル辺境伯の愛娘です」
「ああ、そうらしいな。陛下もあいつにいい女をあてがったものだ。邪魔な奴等をまとめて消せるではないか!」
「ええ」
「十年もかかったのだ。あの時邪魔をされたのだから、絶対にこの機会を逃すものか」
野心に満ちた父親を、パトリックは冷静に見つめていた。
「お前は引き続きあの女に秘密や弱点がないか探れ。あの男が二度と立ち直れぬほどの絶望のシナリオを考えぬとな」
「……悪趣味ですね。僕は女性には優しくしたいのですが」
「馬鹿なことを言うな。誰があいつを引きずりおろして、お前を騎士団長にさせてやったと思ってるんだ! 平民の女が産んだお前を、わざわざ拾って育ててやったんだ。少しは私の役に立て」
そう言われたパトリックはギリッと拳を強く握り、唇を噛み締めた。
「……ええ。全て僕にお任せください」
冷たい目をしたパトリックは、それだけ言って執務室を後にした。
♢♢♢
ナディアに「誰も食べないのは勿体無い」と言われて強引に連れてこられ、お皿いっぱいのデザートを渡されたミリアは戸惑っていた。
公爵令嬢として厳しく育てられたミリアは、舞踏会で飲み物以外を口にしたことがなかったからだ。それが貴族社会では暗黙のルールだと教えられたからだ。
「食べないのですか? とても美味しいですよ」
一口大のケーキを美味しそうに頬張っているナディアは幸せそうで、ミリアは恐る恐る自分も口に運んだ。
「……美味しいです」
「でしょう? さすが陛下の生誕祭ですね。普段の舞踏会よりかなりレベルが高いです」
小声でそんなことを耳打ちするナディアを、ミリアは面白く思いつい笑ってしまった。
「ふふ、いつも食べていらっしゃるのですか?」
「はい! 辺境伯領はお菓子が少ないんですよ。こちらにきてから美味しいものがすぐに食べられるので嬉しいです」
「まあ、そうですか」
自由で明るく素直なナディアのことを、ミリアは好ましく思った。
「ミリア様はいつからパトリック様がお好きなのですか?」
「え……ええっ! いえ、わたくしなどが好きなどと……烏滸がましいことですから……」
頬を染めながらごにょごにょと言い訳をするミリアを見て、ナディアは首を傾げた。
「好きではないのですか?」
「……い、いえ……」
「わたしはエドムンド様のことを八歳の時からずっと大好きなんです。昔助けてもらってから憧れていて! だから今夜は一緒に舞踏会に来られて幸せなのです」
ナディアは遠くにいるエドムンドを見つめながら幸せそうに微笑んだ。
「そう……なのですね。羨ましいですわ。素直に気持ちを伝えられるナディア様が。わたくしの気持ちは……きっとパトリック様にご迷惑になりますから」
ミリアは哀しそうな目をして、深く俯いてしまった。
「何を言ってるんですか! 自信を持ってください。今夜のパトリック様のパートナーはミリア様ですよ」
「それは……わたくしが誰もパートナーがいないと泣きついたからで……」
「そんなことありませんわ。嫌なら断りますもの。きっとパトリック様はミリア様を大切に思っていらっしゃいます」
自信満々にそう言い切ったナディアの言葉に、ミリアは少し元気になった。
「本当はわたくしも幼き日からパトリック様が好きなのです。優秀な兄姉と比べられ塞ぎ込みがちだったわたくしを、いつも気にかけて外に連れ出してくれました。わたくしはわたくしでいいと言ってくださったことが嬉しくて」
「それは素敵な思い出ですね」
「はい。でもわたくしはいつまでも妹扱いで……」
「わかります! わたしもエドムンド様にいつもガキだって言われるんですよ。ミリア様、いつかあの二人を一緒に見返しましょう!」
決して諦めないナディアを見て、ミリアも頑張る力が湧いてきた。
「……はい。わたくしも頑張ってみます」
「仲間ができて嬉しいです」
「わたくしも嬉しいですわ」
へへへと笑うナディアのことを、ミリアはいつの間にかとても好きになっていた。
「おい、パトリックが戻ってきたから帰るぞ」
「ええっ! もう帰るのですか」
「当たり前だろ。ここにいる意味がねぇからな。舞踏会なんか顔だけ出しときゃいいんだよ」
エドムンドにそう言われ、ナディアは一緒に屋敷に帰ることに決めた。
「ナディアちゃん、ミリアと一緒にいてくれてありがとう」
パトリックに礼を言われたが、ナディアはこちらでできた同性の友達が嬉しかった。
「ミリア様とお話しできて楽しかったです!」
「ナディア様、良かったら今度我が家に遊びに来てくださいませ」
「はい! もちろんです」
パトリックとミリアは、まだ挨拶回りが残っているということだったのでその場で別れることにした。
「……お前は誰とでも仲良くなるんだな」
「ミリア様が良い人だからですよ」
ナディアはまるで特別なことではないというようにそう言うが、エドムンドはこれも才能だなと感心していた。バンデラス伯爵家に来た時も、使用人たちとすぐに打ち解けていたのでナディアには人の心に入り込むような魅力があるのだろう。
「大好きなエドムンド様と舞踏会に行けて幸せでした!」
「そうかよ」
「はい。今夜のこと絶対に忘れません」
「またお前は大袈裟だな」
「いいえ。わたしにとっては夢のようですから」
ナディアは馬車の窓から月を眺め、今夜の幸せを噛み締めた。その横顔は愁いをおびており、エドムンドはナディアがこのまま自分から離れていくのではないかと胸がざわついた。
「……帰ったら飲み直すぞ。お前も付き合え」
「はいっ!」
嬉しそうに笑ったナディアを見て、エドムンドはさっきのは勘違いかと内心ほっとしていた。




