22 生誕祭②
「お前たち、私に挨拶にも来ずにダンスを楽しむとはいい度胸だな。今夜は誰の祝いかわかっているのか?」
呆れたような声のアダルベルトを見て、ナディアは青ざめた。エドムンドと参加できる喜びで浮かれきっていたが、この舞踏会は国王であるアダルベルトの生誕祭なので普通の舞踏会とは違う。先に挨拶に行かないなど失礼な話だ。
「へ、陛下。申し訳ありません!」
ナディアは慌てて頭を下げたが、エドムンドは謝る素振りも見せず飄々としていた。
「こんな年齢になって誕生日もなにもないだろう」
「エドムンド様っ! なんてことを仰るのですか。何歳になっても誕生日は特別なものです」
「そうか? こんな大人数の舞踏会なんて面倒だろ」
このままエドムンドにしゃべらせてはまずいと思ったナディアは、アダルベルトに向かって正式なカーテシーを行った。その美しい佇まいを見たエドムンドは、普段はじゃじゃ馬なナディアもきちんと教育を受けた貴族令嬢なのだなとぼんやりと思っていた。
「ご挨拶が大変遅くなりましたが、敬愛する国王陛下のご生誕をバンデラス伯爵家として心よりお祝い申し上げます」
「ああ、ありがとう」
「ほら、エドムンド様も!」
ナディアに小声で祝いの言葉を促されたが、その様子をアダルベルトがニマニマした顔でこちらを見つめているのが気に食わなかった。
「そもそも俺があなたのもとに挨拶に行ったことなんてねぇだろ」
「エドムンド様っ!」
「誕生祝いなら先に贈ってある」
「そういう問題ではないですよ」
「面倒くせぇ」
二人のやり取りを見たアダルベルトは、くくくっと声を抑えて笑い出した。ナディアはなぜ笑われたのかがわからず、首を傾げた。
「仲良くやっているようで安心したぞ」
「これが仲良いようにみえるかよ!」
「ああ、見えるな」
「目が悪いな。医者に診てもらったほうがいいぜ」
ふんと悪態をつくエドムンドを、アダルベルトは優しい目で見つめた。相変わらず口が悪く素直ではないエドムンドだが、ナディアと一緒にいる時は雰囲気が柔らかくなっている。自分では気づいていないかもしれないが、アダルベルトの目には以前の……いや、以前よりもエドムンドの瞳が輝いているように見えた。
「貴重なプレゼント感謝するよ。王妃も喜んでいた」
「あれは昨年バンデラス領で採れた最高級の宝石だぜ! なんといっても俺のところには、石の専門家がいるからな。あなたと王妃のお互いの瞳の色で世界に一つのアクセサリーを作ったんだ」
エドムンドは少年のような屈託ない笑顔を見せた。バンデラス伯爵領には様々な専門家が住んでおり、エドムンドはその支援をしていた。様々な文化を取り入れ専門性の高い分野の研究をさせた結果、今では他の領にはない珍しいもので溢れている。
「ああ、見事なものだった」
「だろ? この宝石を取って来た男も変な奴だが、すごいんだ」
「やはりおまえにバンデラス領を任せたのは正解だったよ。これからも頼むぞ」
アダルベルトはポンとエドムンドの肩を軽く叩き、ナディアに視線を向けた。
「ナディア、また王宮に来なさい。菓子でも食べながらこいつの悪口を言い合おうではないか」
ニッと企んだような顔を見せたアダルベルトに、ナディアは無言のまま小さく頷いた。もちろんナディアはエドムンドの悪口など言わないが、アダルベルトは揶揄うためにわざとこんなことを言ったのだろう。
「なんで俺が悪口言われなきゃなんねぇんだよ!」
「はは、自分の胸に手を当てて聞いてみろ。心当たりがあるはずだ」
「ねぇわ!」
「じゃあな。二人とも楽しんでくれ」
怒っているエドムンドをまるで気にしていないアダルベルトは、ケラケラと笑いながら去って行った。
「……ご挨拶が遅れたのまずかったですよね?」
「大丈夫だろ。あの方は心が広い。そんなことを気にする器じゃねぇよ」
「そうですね」
ナディアは若干の不安が残ったが、今更どうしようもないので考えるのをよそうとしたその時……後ろからよく知った声が聞こえてきた。
「エドムンド、いいわけがないだろう! 挨拶くらいちゃんとしろよ」
そのため息交じりの声は、パトリックのものだった。
「パトリック様!」
「やあ、ナディアちゃん。そのドレスよく似合っているね」
「ありがとうございます。エドムンド様に選んでいただいたのです」
ナディアが照れながら自慢をすると、パトリックは驚いたようにエドムンドに視線を向けた。エドムンドはそっぽを向いて知らん顔をしている。
「……エドムンドがドレスを選ぶなんて意外だね」
「この前のデートで買ってもらったのです」
「買い物な!」
ナディアの発言をすぐに否定はしているが、どうやら買い物に行ったことは事実らしい。パトリックは、女嫌いのエドムンドが二人で出かけたことが信じられなかった。
「男女の買い物はデートと相場が決まっています」
「そんなこと誰が決めたんだ」
「わたしが決めました」
「お前が決めんな!」
エドムンドとナディアは言い合ってはいるが、じゃれ合っているようなものだ。親友の妻が王命で決められたと聞いた時はパトリックは心配していたが、どうやらエドムンドはナディアを本気で気に入っているらしい。
「パトリック様も素敵です」
「ありがとう」
白を基調としたタキシードは、見目の良いパトリックに良く似合っていて普段の彼より数十倍輝いていた。周囲の御令嬢たちもみんなパトリックを見て、キャーキャーと黄色い声をあげているのがわかる。
「あ、あの……パトリック様。この方は」
パトリックの後ろから恐る恐る顔を見せたのは、まるで人形のように可愛らしい小柄な御令嬢だった。
「エドムンドの奥様、ナディアちゃんだよ。こちらは僕の幼馴染のミリアだ」
「は……初めまして。わたくしは、ミリア・オルコットと申します」
ミリアの白い肌は雪のように透明感があり、ダークブラウンのロングヘアーも天使の輪ができるほど艶々と輝いていた。クラシカルだが、高級だとひと目でわかる可愛らしいドレスを身にまとったミリアは、誰がどう見ても良いところの御令嬢だった。
「あなた様がミリア様なのですね! ああ、なんて可愛らしいのでしょう。わたしはナディアと申します。是非仲良くしてくださいませ」
ナディアは嬉しそうに笑い、ミリアにぐいっと顔を近づけた。
「は……はい」
「ミリア様の方がお姉さんなので、ナディアと呼び捨てで呼んでくださいね」
「いえ、そんな」
「あっちに美味しそうなお菓子がありましたよ。さあ、食べに行きましょう」
「え……いえ、わたくしは……」
ぐいぐいとミリアを引っ張り、ナディアはスイーツが置いてあるテーブルに向かって行った。
ミリアはチラチラと視線を向けて助けを求めたが、パトリックに笑顔を手を振られてしまったので仕方なくナディアについて行くことにした。
「いいのか? 困ってるぞ」
「ミリアにはナディアちゃんくらい逞しくなって欲しいからね」
ミリアはナディアの圧に押されて少し戸惑ってはいるが、二人で並んで菓子を選び食べている姿はなんだか楽しそうに見えた。
「それに僕といたら同性の友達はできないからね」
ミリアはオルコット公爵家の末娘として生まれ、見た目は可愛らしく頭も良かったが、人見知りで大人しく常におどおどしているため友達ができなかった。
それなのにただ幼馴染というだけで御令嬢たちから人気のあるパトリックと常に一緒にいて、守ってもらえるというのは面白くない。パトリックは自分といることでミリアが虐められていることを知っているため、心を痛めていた。
「ふん、モテる男は大変だな」
「まあね」
「否定しろよ」
「ははは、事実だしね」
誰が優秀で見目も家柄も良いパトリックと結婚するのか。それは社交界で何年も前から注目をされていることだった。
「ミリアには強くなって欲しいんだ。僕がいなくても大丈夫なように」
エドムンドはなぜパトリックがそんな寂しそうな顔をするのかが、よくわからなかった。
「おい、それはどういう意味……」
「そういえば父上に呼ばれていたんだった。ちょっと離れるから二人のこと頼むよ」
「ああ」
明らかにエドムンドの話をわざと切ったパトリックは、人混みの中に消えていった。
♢♢♢
「父上、何か用ですか」
パトリックと父親であるハロルドは重苦しい空気の中、久々の再会をはたしていた。
「お前が家に全く寄り付かぬから、わざわざこうやって呼び出さないといけないのだろう」
「……騎士団長というのは忙しいのですよ」
「ふん、さっさと報告をしろ」
王宮にある宰相の執務室。舞踏会は王宮の別棟のホールで行われているため、ここには誰もいなかった。
「今夜もあいつはあの女と一緒に来ていたそうじゃないか」
「そうみたいですね」
「使えそうか?」
ハロルドは恐ろしい顔でギロリと目を光らせ、パトリックにそう尋ねた。
「ええ。彼女は間違いなくエドムンドの弱みになるかと」
パトリックの報告を聞き、ハロルドはニヤリと口角を上げた。




