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何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること  作者: 大森 樹


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21 生誕祭①

 国王アダルベルト生誕祭の当日……ナディアは、人生で一番気合を入れてお化粧とヘアセットをしてもらった。


「ナディア様、とてもお綺麗です」

「ありがとう。みんなのおかげだわ」

「きっとエドムンド様も、褒めてくださいますよ」


 ニコニコしている使用人たちに勇気をもらい、ナディアは玄関に向かった。


 エドムンドに買ってもらったレモンイエローのドレスが似合うように、今夜はなるべく可愛い自分でいたかった。


「エドムンド様、お待たせ致しました」

「ああ、準備できたのか」


 顔を上げたエドムンドを見て、ナディアは頬を染めた。全身黒でコーディネートされているが、よく見るとロングコートやベストには細かい刺繍が施されていてとても高級なものだとわかる。


 そして無精髭は綺麗に剃られており、長く伸びていた髪は短く切り揃えられていて、普段のエドムンドより若返って精悍な顔立ちだった。


 幼い頃に一目惚れをした時の姿と全く同じで、ナディアは胸がドキドキした。


「エドムンド様、素敵です! すっごく格好良いです!!」

「……っ」


 ナディアのまっすぐな褒め言葉に、エドムンドは恥ずかしくなったが……それに気づかれないように、グッと唇を噛み締めた。


「騎士の時は制服を着てりゃ良かったんだがな。こんな服苦しいからもう脱ぎてぇ」


 エドムンドはネクタイがキッチリと結ばれている首に手を当てて、嫌そうな顔でべーっと舌を出した。


「だ、だめです。とてもお似合いですから、我慢してください」


 ナディアが必死に止めると、エドムンドははぁとため息をはいた。


「お前も……」


 美しい赤い瞳にじっと見つめられて、ナディアはまた体温が上がってしまった。


「化たな」

「え?」

「今夜のお前は、お転婆娘じゃなくてちゃんと貴族のお嬢さんに見えるぞ」


 くくくっと揶揄うようにエドムンドに言われて、ナディアはムッと不機嫌に唇を尖らせた。


「わたしはエドムンド様と結婚しているので、もう『お嬢さん』じゃありません」

「はい、はい」

「適当に返事をしないでください。大切なことなのですからね」


 ナディアは、いつまで経っても妻として接してくれないエドムンドに、不満を露わにした。


 男女の甘い雰囲気はないが、最近は仲良く穏やかに過ごしていたので『エドムンドはナディアを妻として認めてくれているかも』と希望を持っていた。しかし、この発言でエドムンドはナディアのことを何とも思っていないのだとわかり内心ショックを受けていた。


「さっさと馬車に乗り込め。せっかく着飾ったのに、いつまでも拗ねてると不細工になるぞ」

「……どうせ元々こういう顔です!」

「はは、そうか」


 ナディアを揶揄ってケラケラと笑っているエドムンドは、何だか楽しそうだった。


「自分で言うのもなんだが、俺はあまり貴族たちからは好かれていない。俺が気に食わないからとお前に何かしてくるやつがいるかもしれない。だから、今夜は俺から離れるなよ」

「はい! エドムンド様、言いたいこと仰いますものね。上の世代の方からすると可愛げがありませんもの」

「……煩え。お前も言いたいこと言うだろうが!」


 エドムンドは基本的に相手の立場が上だろうが、下だろうが忖度なく言いたいことを言う。そして人間の好き嫌いもはっきりしている。


 エドムンドを慕う人たちもたくさんいるが、正直高位貴族の品や礼儀を重んじる古いタイプの人間からすると『面倒な男』だろう。


「でも、わたしはそんなエドムンド様をお慕いしております」


 ナディアがにこりと微笑むと、エドムンドが顔を背けた。


「……物好きな女だな」

「何とでも言ってくださいませ。わたしは十年エドムンド様を想っていましたから」

「重い」

「一途と仰ってくださいませ」


 そんな話をしていると、あっという間に王都に着いた。


「行くぞ」

「はい」


 エドムンドのエスコートを受けて、ナディアは舞踏会の会場に足を踏み入れた。


「あれは……エドムンド様! 騎士をやめられてから、すっかり見なかったのに」

「隣の可愛らしい女性は誰なのかしら」

「あら、ご存知ないの?王命で無理矢理結婚させられたそうよ」

「女嫌いで有名なのに?」


 二人が会場に入った途端に、ヒソヒソと噂話がされているがわかった。


「英雄と言っても昔の話だろう。目を失ったらただの役立たずじゃないか」

「そうだな。平民上がり野蛮な男には、何もない田舎生まれの女がお似合いだ。陛下もよい相手を選ばれた」


 でっぷりと太った高位貴族の男たちが、ナディアたちを見て嘲笑うように悪口を言った。


 ナディアは、エドムンドのことを馬鹿にされたことがどうしても許せなかった。


「失礼ではありませんか! わたしのことは何と言ってもいただいても構いませんが、エドムンド様に謝ってください。彼がこの国をどれだけ救ってきたかご存知ないわけではないでしょう?」


 キッと睨んだナディアを見て、その男は大きなため息をついた。


「平民上がりは妻の躾すらできないのかね?」


 エドムンドに向かって、呆れたようにそう言うと……周りの貴族たちもくすくすと笑い出した。


「ご忠告痛み入ります。しかし、是非貴殿には覚えておいてもらいたい。俺は平民上がりの礼儀知らずで野蛮な男ゆえ、つい手が出てしまう可能性があるということを」

「ゔっ……」

「なんと言っても俺は左目が見えないので、当たりどころが悪くなる可能性もありますね」


 エドムンドは薄らと笑みを浮かべながら低い声で話し続けた。その表情はとても不気味だった。


「わ、わ、私に何かをすれば大問題になるぞ」


 震えながらそう言った男をエドムンドは、冷たく見下ろした。


「それに辺境伯がどのような地位かご存知ないので? 田舎だなんだとあなた()()()が馬鹿にできるはずはないと思いますが」


 エドムンドが恐ろしい顔でギロリと睨みつけると、悪口を言っていた男たちは青ざめながらその場を去って行った。


 実は辺境伯という地位はとても高い。国境を守るという役割はとても重要であり、危険を伴うからだ。それ故に強いだけではなく、王家とも繋がりの深い信用された人物である必要がある。


 本来なら伯爵のエドムンドよりも上の位なので、公爵家でもない限りはナディアを侮ることはできない。ナディアの親しみやすい人柄で忘れがちだが、ただ田舎に住んでいるというだけで立派な高位貴族出身なのだ。


「エドムンド様、すみません」


 大人しくしようと思っていたのに、ナディアはつい口を出してしまったことを謝った。周囲からはさらに注目を浴びてしまっている。


「別にお前は悪くない。だが、どうでもいい奴の相手をするな」

「はい。気をつけます」


 ナディアはエドムンドの腕にぎゅっと抱きついた。


「離しやがれ」

「嫌です。ふふ、エドムンド様大好きです」

「懐くな」

「ねぇ、エドムンド様! 踊りましょう」

「はぁ? 面倒くさい」

「そう仰らずに」


 ナディアがぐいぐいと引っ張ってダンスフロアまで連れて行くと、エドムンドは諦めたように「はぁ」とため息をついた。


 エドムンドは貴族になるタイミングで、国王のアダルベルトにダンスを無理やり覚えさせられた。レッスンを受けろと言われたが、エドムンドはそれを拒否し見様見真似で乗り切った。


 そのダンスは初めてとは思えないほどの出来だったので、アダルベルトはエドムンドの器用さに感心していた。だが人に合わせることが性に合わない上に、女嫌いのエドムンドは公の場所でダンスをしたことは一度もない。


「……ちゃんと踊れるんだろうな」

「わたし運動神経だけはいいんです。しかもエドムンド様と舞踏会に行けると決まってから、秘密で特訓しました」

「歌下手なくせに大丈夫なのか?」

「今、歌のこと言わなくてもいいじゃないですか。わたしは音程が取れないだけで、リズム感はいいんです」


 ムッと子どものように拗ねた顔をしたナディアを見て、エドムンドはニヤリと笑いホールドを組んだ。


「そんなに言うなら俺の動きについて来いよ」

「はいっ!」


 優雅というよりは、豪快なダンスではあるが大柄で足の長いエドムンドはとても見栄えがする。難しいステップも難なくこなすので、ナディアも負けないように合わせて踊った。


 二人の豪快で素晴らしいダンスに、周囲にいた人々は歓声を上げている。


「なかなか上手いじゃねぇか」

「ありがとうございます」


 憧れのエドムンドと、ダンスをする日が来るなんて……と、ナディアは喜びと感動で目が潤みそうになるのをなんとか我慢した。


「エドムンド様、とても楽しいです」

「そうかよ。良かったな」


 踊りながら目を細めたエドムンドの顔は、とても穏やかだった。ナディアはその顔を見れたそれだけで、幸せだった。


「いつまで……でしょうか?」

「なんか言ったか?」


 再会したばかりの頃の荒れて生気のなかったエドムンドと、今のエドムンドは全然違う。ナディアは、自分は彼には必要ではないかもしれないと感じていた。騎士には戻っていないが、もうほぼ英雄時代のエドムンドと変わりないからだ。


 幸せなはずなのに、不安がよぎるのは別れが近付いているからなのだろう。ナディアは、この気持ちをエドムンドに気付かれぬように慌てて笑顔を作った。


「いえ、何でもありません」


 その時、丁度音楽が終わりエドムンドはすっと身体を離した。


「ありがとうございました。一生の思い出になりました」


 ドレスの裾を持ち上げて、ナディアは丁寧にお礼を告げた。


「一生はさすがに大袈裟だろ」


 エドムンドは冗談だと思ったのか、くくっと笑っている。


「……ですね」


 そう返事をしたが、ナディアにとっては大袈裟ではなかった。ナディアがどれだけエドムンドに恋焦がれているのかをエドムンドは本当の意味でわかっていないのだ。


「主役の私より目立っているではないか」


 後ろから声をかけられてナディアが振り向くと、そこにはアダルベルトが立っていた。



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