20 秘密②
「今度飲んでいる薬を持ってきて。成分を調べるから」
ナナは先程までの陽気で明るい表情ではなく、研究者としての厳しい顔をしていた。
「はい」
「エディは毒のことに関してはスペシャリストよ。あたしも助けられるように全力を尽くすわ」
「ありがとうございます」
「でも……申し訳ないけど絶対にナディア様を治せるとは断言はできない。こんなこと初めてだから」
「わかっています」
ナディアの両親も諦めずにヴェナムの毒の治療法を探してくれているし、エドムンドとの結婚の際にこの事実を知った国王陛下も秘密裏に良い情報がないかを調べてくれている。
しかしこれだけ手を尽くしても有力な話はないまま、今日に至っている。
だから簡単に『絶対に治る』と言われるより、ナナのような冷静な見立てをしてくれるほうが信用ができた。事の重大さをきちんと把握できているということだから。
「ナディア様、誰にも言えずに辛かったでしょう」
「……はい」
「体調に変化は」
「今のところは元気です」
「今度は傷口だけを捲って見せられるように、中にインナーを着てドレス以外の脱ぎ着しやすい服で来て。嫌だろうけど、治療のためにはエディにも実際にこの痣を見せたほうがいいと思うの。もちろんその時は、二人きりにならないようにあたしも立ち会うから」
「わかりました。お気遣いありがとうございます」
ナディアはナナに傷痕を薄くする軟膏を塗ってもらい、二人で表に戻った。毒の治療は現在飲んでいる薬を調べてから、後日始めることになったからだ。
「薬貰えたのか」
壁にもたれながら待っていたエドムンドは、ナディアを横目でチラリと見た。
「はい」
「じゃあ、帰るぞ」
エドムンドは多めにお金を置き、店を出ようとした。
「エドムンド様、待って。ドラゴンの噛み跡研究のために、ナディア様には毎週ここに来て欲しいの」
「……毎週だと?」
エドムンドはあからさまに眉を顰めた。
「あたしたちの研究のためよ! ね、いいでしょう?」
「こいつを実験台にすんな」
「あー、そっかそっか。エドムンド様、大好きな奥様と一瞬でも離れるのが嫌なのね。やきもちだ」
ナナはニヤリと笑い、エドムンドにわざとそうけしかけた。
「……はあ? やきもちなんかやくわけねぇだろ!」
「男ってみんなそう言うのよね」
「俺は違う。勝手にしろ」
ナディアはムキになって怒るエドムンドを見て、ナナは彼の扱い方がよくわかっているなと関心した。
「じゃあ、決まりね、ナディア様」
「あ、はい。わたしは構いません」
「来週も待ってるわね」
治る見込みは少ない。だがナディアは二人に会って、ずっとどうにもならなかったヴェナムの解毒に一筋の光が見えた気がした。
「帰るぞ」
「は、はい」
ぼんやりしていたナディアに、どんと走っていた子どもがぶつかってきた。
「きゃっ!」
驚いてよろけたナディアを、エドムンドは咄嗟に抱きかかえた。そのあまりの近い距離と、逞しい腕にナディアはポッと頬を染めた。
「こら、お前ら。街中は走んなって前から言ってんだろうが!」
「ごめんなさい」
「いえ、わたしもぼんやりしていたの。ごめんなさいね。あなたたちは怪我はない?」
「ないよ。エドムンド様、また遊びに来てね!」
「おう、勉強もしっかりしろよ」
「はーい!」
子どもたちはエドムンドにぶんぶんと嬉しそうに手を振り、去って行った。
「お知り合いですか?」
「孤児院にいる子どもたちだ。様子見を兼ねてたまに覗いてる」
「……子どもがお好きなのですね」
正直、ナディアは意外に思っていた。女性が嫌いだと言っているエドムンドが、子どもを愛でる様子が思い浮かばなかったからだ。
「おお。子どもは素直だからな。王宮にいる何を考えてるかわからねぇタヌキやキツネ親父どもよりよっぽどいい」
「……そうですか」
「なんだ? お前はガキが嫌いなのかよ」
そう聞かれたナディアは、力無く左右に首を振った。自分の命もわからぬのに、ナディアが子どもを産むことはありえないからだ。
ナディアは本当は天涯孤独のエドムンドに家族を作ってあげたかった。自分は王命で決められた仮初の妻なので、愛されなくてもいい。でも血の繋がる子どもができれば、きっとエドムンドは良い父親になるだろう。そう思ったが、ナディアはその役割を担えない。だからこそ、ずっと彼の妻でいることはできないと思っていた。
そもそもそれ以前にナディアがこれだけ一緒に住んでいても全く手を出される雰囲気もないので、女嫌いのエドムンドと子どもを作るなんて夢のまた夢の話なのだが。
「いいえ、大好きです。弟や妹もいましたし、わたしは誰かをお世話するのが好きなんです」
「だろうな。お前はおせっかいだからな」
「でも今はエドムンド様のお世話で手一杯なので、子育ては無理ですね!」
ナディアは秘密を知られないように、無理矢理明るい声を出し笑顔を作った。
「誰がお前の世話になってるって?」
眉を吊り上げて怒ったエドムンドは、ナディアの頬を左右にギュッと引っ張った。これは二人の戯れのようなものなのでほぼ力は入っていないのだが、ナディアはいつも大袈裟に痛がってみせる。
「痛いひぇふ」
「俺がお前を世話してるんだ。わかってるな」
「ふぁい」
「よし!」
ふふんと得意げな顔をして、エドムンドは頬から手を離した。その後、エドムンドは俯いて小さな声でぽつりと呟いた。
「……お前に育てられるガキは幸せだろうな」
「何か言いましたか?」
「いや、なんでもねぇ」
ナディアはエドムンドが何と言ったのか聞き取ることができなかった。
「さっさと帰るぞ」
「はい!」
先を歩くエドムンドにナディアは小走りで追いつき、ギュッと腕を絡ませた。
「やめろ」
「ふふ、いいではありませんか。わたしたちは夫婦なのですから」
「もう抵抗するのも面倒になってきた」
呆れたような声を出したエドムンドだったが、ナディアの手を振り解くことはなかった。
ナディアはエドムンドと一緒に街中に出かけた幸せを、絶対に忘れずにいようと思った。




