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何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること  作者: 大森 樹


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19 秘密①

「ごめんね。エディがこんなところで脱がそうとしたんだって? ちゃんと怒っておいたから。あたしの名前はナナでエディの妻で薬師なの」

「わたしはナディアと申します」

「ナディア様ね! よろしく」


 白衣を着た明るく元気なナナという女性は、手を差し出した。ナディアはその手に触れ二人は握手をした。


「エドムンド様も悪かったね! この人奥様なんでしょう?」

「……王命でな」

「はは、お貴族様は色々と大変だね。でもそれも縁ってやつでしょ。なるべく効く薬探すから、お代弾んでよね」

「わかった、わかった。早くしろ」

「はいはい」


 どうやらエディとナナはエドムンドと親しいようで、まるで友人のような話し方だった。本来なら平民が領主にこんな言葉遣いをするのは不敬だと批判されるだろうが、エドムンドが気にする様子もない。きっとバンデラス伯爵領ではこの距離感が普通なのだろうなとナディアは理解した。


 そしてそのままナナに手を引かれ、ナディアは奥の部屋に入った。


「ごめんね。エディは悪い奴じゃないんだけど、研究馬鹿だから常識がないのよ。下心で脱がそうとしたわけじゃないから許してね」

「驚きましたが、悪意がないことはわかっています」

「ありがとう。ナディア様も優しいね。エドムンド様とお似合いだよ」


 ナナにそう言われて、ナディアは頬を染めた。お似合いだなんて初めて言ってもらえたからだ。


「あはは、照れて可愛らしい」

「エドムンド様はいつもわたしを子ども扱いするので、ナナさんにそんな風に言ってもらえたことが嬉しくて」

「そうなの?」

「はい。わたしはずーっと前から好きなんですけどね」


 ナディアがそう言うと、ナナはふふっと声を出して笑い出した。


「あたしたちはエドムンド様に助けられたの。別の国で毒の研究をしてたんだけど、気味悪がられてね。周りから嫌われてたから、無差別に毒殺を企んでる犯罪者だなんて根も葉もない噂をたてられてこの国に逃げてきたの」

「そうだったのですか」

「誰も信じられなくなっていたわたしたちを、エドムンド様は『面白いからここで徹底的に毒の研究しろ』って言ってくれたの。街のみんなにも、医療にも役立つことだから怖くないってわざわざ説明してくれてね。だから、とても感謝してる」


 エドムンドはこうやって行き場所のない人間をこの領地で助けてきたのだろう。だからこそ、バンデラス伯爵領は多種多様な文化が混在している。


 ナディアは、そういう優しいエドムンドを尊敬していた。


「最近のエドムンド様、良い顔になったわ」

「え?」

「騎士やめてからの顔はそれはそれは酷かったからさ。でも今は前の格好いいあたしたちの領主様に戻ってる! それはきっとナディア様のおかげだと思うわ」


 ナディアは少しでも自分がエドムンドの役立っていればいいなと思った。


「可愛いドレス着てるのにごめんね。じゃあさっそく見せてくれる?」

「……」

「傷を見せるなんて抵抗あるわよね」


 ナディアはドレスを脱ごうとしたが、身体が小刻みに震え出した。


「エドムンド様には……絶対に秘密にしてくださいますか」

「まだ見せていないのね。大丈夫、どんな傷だったかなんて絶対に言わないわ」


 ナナはナディアとエドムンドはまだ正式な夫婦にはなっていないのだなと納得した。好きな人に傷を見せたくない気持ちは、とてもよくわかる。だからこそ、なるべく治してあげたいと思っていた。


「ありがとうございます」


 ナディアはグッと拳を握りしめ覚悟を決めた。そしてドレスの背中のリボンをほどき、お腹と背中の傷を見せた。


「……っ!」


 その傷を見た瞬間、ナナは目を大きく開き息をのんだのがわかった。

 

「ごめんなさい、大事な事だからもう一度聞くわ。この事をエドムンド様は知らないのね」

「はい」

「いつも支度はどうしているの」

「こちらに来てからは自分一人で着られるドレスやワンピースしか着ていません」

「……そう」


 ナディアの腹と背にはドラゴンの噛み跡が残っていた。その跡は特に大きな傷ではないが、その傷の周辺は黒く爛れたように大きな痣になっていた。


「これ、毒牙のあるヴェナムに噛まれたのよね」


 傷口を見ただけでどのドラゴンに噛まれたのかわかったナナは、優秀な薬師だ。二年前、ナディアはヴェナムというドラゴンに攻撃を受けた。このヴェナムは中型のドラゴンで、攻撃力は高くないが牙に毒を持っている。


「そうです」

「本の記録でしか見たことがないわ。ヴェナムはドラゴンの中でも特に珍しいし、噛まれた人間の生存例を……聞いたことがないから」


 ナナは少し口ごもった後、ナディアにその残酷な事実を伝えた。


「ええ、存じています。即死か数年後かの違いはあれど、ヴェナムに噛まれた者は皆亡くなっています。わたしは助けられた後、すぐに優秀なお医者様に治療をしてもらったのですが、体内から完全毒素が抜けることはありませんでした。今も毎日解毒薬を飲んでいますが、死期を遅らせているに過ぎません」


 ナディアが淡々と告げると、ナナはギリッと唇を噛み締めた。


「噛まれて何年経つの?」

「二年です」

「医者の見立ては?」

「寿命は早ければあと一年だと言われています。最初に比べると痣は倍くらいに増えてきます」


 ナディアは痣が心臓まで広がれば命はないと医者から言われていた。



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