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何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること  作者: 大森 樹


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18 毒の研究者

「またお待ちしてます」


 美味しいレストランを後にして、街をブラブラすることになった。


「あのパン屋はいつも我が家が注文してる店だ」

「そうなのですか! 美味しいですよね」

「事前にシェフに言っとけば、好きなパンを仕入れてくれるぞ」

「今度いろいろ頼んでみます」


 ナディアはエドムンドと歩いているだけで、とても楽しかった。エドムンドは街の領民たちからよく声をかけられており、彼が良い領主であることがわかった。


「ここは本屋で、あっちは手芸屋だ。まあ、お前には縁遠い場所だろうが」

「なんでですか?」

「あの呪いの刺繍しかできねぇだろ」


 エドムンドは、最初に作ったナディアの失敗作を思い出してお腹を抱えて笑っていた。


「酷いです。あれは鷹なのに」

「あれのどこが鷹だ! だが、持っていたら魔物も逃げていきそうな気がするな。魔物避けの御守りとして売り出すか」


 ケラケラと笑うエドムンドの脇腹を、ナディアはドンと肘で突いた。


「いつかエドムンド様が感動するような刺繍を作ってみせます」

「それは、俺が死ぬ前に出来上がるのか?」

「もう、少しは私に期待してくださいよ!」

「じゃあ、糸を買ってやろうか?」

「……また今度でいいです」


 苦手な刺繍のことを考えると、ナディアは頭が痛くなりそうだった。


「くくっ、だろ? できねぇことを約束するな」


 エドムンドは楽しそうに笑い、ナディアの頭をガシガシと豪快に撫でた。まるで子ども扱いだ。


「ちょっ……髪の毛が乱れるのでやめてください」


 今日のナディアは、デートなのでお洒落をしようとサイドを細く編み込んでいた。


「解けよ。そんなややこしい髪より、いつものお前の方がいいぞ」


 エドムンドは、たまにさらりとこう言うことを言う。深く考えた台詞ではないだろうけれど『普段のナディアのことが好きだ』と言われてるのかと、勘違いしてしまいそうになる。


 ナディアは頬を染めながら、乱れた三つ編みを解いた。くくっていた分、少しだけカールがかっている。


「やっと戻ったな」

「はい」


 ナディアは、先を歩いていたエドムンドに駆け寄ってぎゅっと自分の腕を絡めた。


「ほら、エドムンド様好みのナディアになりましたよ!」

「はぁ? そういう意味じゃねぇ。離れろ」

「嫌です。今日はデートですから」

「ただの買い物だ!」

「まぁまぁ、よいではありませんか」


 ナディアはこの幸せな時間がずっと続けばいいのにと思っていた。


 バンデラス領は、まるで外国にいるかのように多種多様な文化がひしめき合っていた。料理もさまざま、服装も色々でナディアは自分がカレベリア王国にいることを忘れてしまいそうだった。


 食べ物も異国のものも多く、珍しい紅茶やスパイスなども売られておりとても興味深かった。


「楽しい街ですね」

「だろ? 皆がお互いの文化を認め合えば共存できる。今や何日もかけて海を越えなくとも、この町でいろんな国を味わえるようになっている」

「素敵ですね」

「やりたいことをやるのが一番だからな」


 バンデラス領は他の領地に比べ、税金が低い。エドムンドにやりたい事業を申請して認められれれば、出資もしてくれる。その分、事業が上手くいけばその一部の利益がバンデラス家に入ることになっている。


 その政策のおかげで、今やバンデラス領はカレベリア王国一の商業街になっていた。






「面白いやつに会わせてやろう。用事もあるしな」


 そう言って連れてこられたのは、街のはずれにある小さな家で『薬と毒』という看板が出ていた。


「あの、エドムンド様。この薬と毒というのは?」

「ここにいるエディという男は毒の研究をしている」

「毒の研究……?」


 ナディアは首を傾げた。毒の研究というのは、表立ってしても良いものなのだろうか。


「毒っていうのは使い方によっては、人間の役に立つ。傷の手当てする時なんかは魔物の毒から作った痺れ薬を使えば、痛みもなく処置ができる。こいつのおかげでバンデラス領の医療技術は格段にあがったんだ」

「それは素晴らしいですね」

「ああ。変な男だが、すごいやつだ」


 エドムンドはまるで自分のことのように嬉しそうに笑った。ナディアは領民たち思いのエドムンドは、とても良い領主だと思った。


「おい、邪魔するぞ」

「……エドムンド様」

「相変わらずお前は元気がねぇな」

「昨日は寝ずに実験をしていましたから」

 

 白衣を着た色白で見るからに不健康そうな眼鏡の男は、ちらりとナディアを見ただけですぐにまた何か怪しい液体を混ぜて一心不乱にノートに何かを書き込んでいた。


「この男が俺に毒の耐性をつけたんだ。おかげで俺は命拾いした」

「命拾いとは?」

「この目の怪我をした時、誰かに毒を飲まされていたらしいが身体は動いた。毎日少しずつ毒を飲むと、だんだん身体は慣れるらしい。まあ、量を間違えたら死ぬがな」


 くくくと楽しそうにエドムンドは笑った。


「魔物にも毒を使うやつがいるだろ? 若い頃に一度やられて半日くらい身体が動かなくなったことがあって、悔しかったんだ。だから、克服したかったんだよな」

「じゃ、じゃあ! わたしも毒が効かなくなりますか?」


 ナディアは興味津々で目を輝かせて、エドムンドにそう質問をした。


「……お前、何言ってんだ」


 あの時のエドムンドは、自分の命などどうでもいいと思っていた。毒の研究者としてエディの優秀さは認めていたこともあるが、もし自分に何かあっても哀しむ人間もいなかった。だからこそ、こんな危険な実験ができたのだ。


「あなたを実験台にしてもいいのですか? 若い女性の記録はなかなか取れないので正直とてもありがたいですね」

「わたしはナディアと申します。エドムンド様のように毒の耐性をつけることはできるのですか!」

「ええ、できますとも。何せ私は天才ですからね」


 ふふふと得意げに笑ったエディを、エドムンドはギロリと睨みつけた。


「やめろ」

「どうしてですか? 本人がいいと言っています」

「俺はお前の能力を認めてる。だが、この女は預かりもんだ。実験台にするな」


 エドムンドはナディアの首根っこを掴み、自分の後ろに隠した。


「貴重なモルモットなのに」


 ぶつぶつと文句を言うエディを、エドムンドは無視してナディアを睨みつけた。


「何考えてんだ!」

「ええ、だって」

「だってじゃねぇ。死ぬ可能性もあるんだぞ」

「でも、エドムンド様が認めた方ならわたしは信用できますから」


 へへへと笑いながら無条件にエドムンドを信用しているナディアを、これ以上怒ることはできなかった。


「……今日は傷薬を買いに来た。魔物の傷跡に効くものをくれ」

「もっと具体的に言ってもらわないとわかりませんよ。どの魔物にどんな傷を負わされたかによって、適切な薬は違いますから」


 実験台(ナディア)を取り上げられたエディは、無愛想に早口でそう言い返した。


「……ドラゴンの噛み傷だ」


 それを聞いて、ナディアは自分のためにここにわざわざ寄ってくれたのだと気が付いた。


「ほお、ドラゴンの噛み傷というのは珍しいですね」

「あるのか?」

「何個か効きそうなのはありますが、実際に傷を見てみないとなんとも言えません。本人を連れてきてください」

「……ここにいる」


 エドムンドは横目でナディアの方をチラリと見た。


「ああ、あなたでしたか。傷の場所はどこですか?」

「お、お腹と背中に」

「ではさっそく脱いで患部を見せてください。ドラゴンの噛み傷というのは興味深い。噛まれたら普通は助からないことが多いですからね」


 早く傷が見たいと言わんばかりに、強引にドレスを脱がそうとしたエディにナディアは驚いた。


「きゃっ!」


 恐ろしい顔でエディの手を止めたのはエドムンドだった。


「お前が見るな。ナナを呼べ」

「傷を見るだけです」

「こいつは女だ。ここで脱げるわけねぇだろ。さっさとしろ」

「わかりましたよ……私が実際確かめたかったのに」


 ナディアが呆気に取られていると、エディはまたぶつぶつ言いながら奥の部屋に入って行った。







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