17 デート
「エドムンド様、おはようございます」
「……朝から元気だな」
「そりゃそうですよ! 初めてのデートなんですから」
「……買い物な」
エドムンドは買い物だと言い直したが、ナディアはふふっと笑って楽しそうにしている。
「気合い入りすぎじゃねぇか?」
「お気に入りのドレスを着てしまいました。お化粧もヘアセットもいつもより入念にしたんですよ。どうですか、どうですかっ?」
キラキラと目を輝かせて、エドムンドの言葉を待っている。女心をわからないエドムンドでも、流石に何を求められているのかはわかる。
「綺麗だ」
「……っ!」
そう言うと、ナディアは耳まで真っ赤になった。照れているナディアを見て、エドムンドはフッと笑った。
「ドレスがな」
コツンとおでこを小突くと、ナディアはぷくっと頬を膨らませ眉を吊り上げた。
「酷いですっ! でも、そんなことだと思いました……期待して損しました」
「俺がそんなこと言う訳ねぇだろ」
「でも綺麗なドレスを着たわたしも、きっと同じくらい綺麗ということですよね!」
「……お前、信じられねぇくらいポジティブだな」
「そうじゃなければ、エドムンド様の妻などやってられませんから」
ナディアはニッと口角を上げ、悪戯っぽく微笑んだ。
「……そーかよ」
エドムンドは、それ以上なんと言えばいいかわからなかった。
「さあ、早く朝食を食べましょう」
エドムンドはナディアに急かされるまま食事をとり、二人は早々に街に出ることにした。
「とりあえずドレス選びだ」
「はい」
「好きなのを試着しろ。買ってやるから」
「はいっ!」
ナディアは両手をあげて喜び、女性の店員と相談してワイワイと楽しそうだった。
ドレスなんかでこんなに喜ぶのであれば、一着や二着贈ってやれば良かったなんて柄にもないことをエドムンドは考えていた。
「大人っぽいものがいいです!」
「しかし、あなた様はきっと可愛らしいドレスがお似合いかと」
「年上のエドムンド様に似合う女性になりたいのです」
「……そうですか」
「これを着てみます!」
ナディアは今流行っている胸元が開いた、マーメイド型のセクシーなドレスを手に取った。これはかなり大人っぽいドレスだ。
「うーん……これは……どうなのだろう」
童顔なのに豊かな胸ばかりが目立ってしまうので、ナディアは自分でもあまり似合っていない気がした。
「エドムンド様、これどうですか?」
一応エドムンドに見せてみると、チラリとこちらを見た瞬間……不愉快だとばかりに眉を顰めた。
「却下。さっさと脱げ」
「……はい」
その後も何着か着てみせたが、エドムンドの顔はどんどん曇っていく。
「お前、それはあえてか?」
「え?」
「あえて似合わないものばっか着てるのかって聞いてんだよ。もういい、俺が選ぶ!」
怒ったエドムンドは、ナディアを無視して店内を歩き回りドレスを選び始めた。
「あいつにこれを着せてくれ」
「かしこまりました」
ナディアは試着室に押し込まれ、レモンイエローで裾がチュールになっている可愛らしいドレスに着替えさせられた。
「わぁ……!」
明るい色のそのドレスは、それはナディアに驚くほど似合っていた。
「ど、どうですか?」
試着室から出てくると、エドムンドが目を細めて柔らかく微笑んだ。
「悪くねぇ」
優しいその声と顔に、ナディアはギュッと胸が苦しくなった。
「これで決まりだ」
「え、選んでくださってありがとうございます」
まさかエドムンドが自分のドレスを選んでもらえるとは思わなかったので、ナディアはとても驚いていた。
「お前、普段のセンスは悪くねぇくせにどうして今回は似合わないのばかり着たんだ?」
「……だからです」
ナディアは、小声でごにょごにょと言い訳をした。
「なんだ、はっきり言え」
どうやら、エドムンドは見逃してくれる気はないらしい。ナディアは覚悟を決めて、正直に言うことにした。
「エドムンド様に似合う女性になるように、大人っぽくなりたかったんですっ!」
言ってしまうと、その発言が一番子どもっぽい気がしてナディアは恥ずかしくなった。
「……お前はお前のままでいい」
エドムンドは目を細めて微笑み、ナディアの頭をポンポンと撫でた。
絶対に揶揄われると思っていたナディアは、そのエドムンドの柔らかい表情に戸惑いながらもドキドキと胸が高鳴った。
ドレスに合うように小物や装飾品も選び、舞踏会の買い物はあっという間に終わってしまった。
「たくさん買っていただき、ありがとうございました」
「必要経費だ。気にするな」
ナディアはこの時間が終わるのが、とても嫌だった。本当はもう少し二人でいたい。
「腹減ったな。なんか食ってくか」
「は、はい!」
「いい店連れてってやるよ。全然お洒落な店じゃねぇから覚悟しろよ」
「楽しみです」
エドムンドが入ったのは、本当に庶民的なレストランだった。
「エドムンド様! お久しぶりですね」
「ああ。久々にここの飯が食いたくなってな。店、流行ってるじゃねぇか」
「おかげさまで。女性連れとは珍しいですね。エドムンド様って、若くて可愛らしい人が好きだったんっすね。女なんか興味ねぇって言ってたのに、案外ムッツリすけべじゃないですか!」
「煩ぇ。この店潰されたくなけりゃ黙れ」
軽口をいう店長の首を、エドムンドはぎゅっと絞めた。
「いててててて……奥! 奥に座ってください。俺のとっておきの料理出しますから」
エドムンド様とやんちゃそうな若い店長さんとは仲が良いらしい。ナディアはエドムンドと領民たちとの距離が近いことに驚いた。
「あいつはジェフって言うんだ。ジェフはガキの頃に悪さばかりしててな。どうしようもねぇから、俺が締め上げて更生させたんだ」
「ええっ?」
「やらせてみたら料理が上手くて、今やここは繁盛店だぜ。人はなんか一つは得意なことがあるもんだよな」
話を聞いていると、このバンデラス領は来るもの拒まずで基本的に誰でも受け入れているらしい。
移民が多いことは気が付いていたが、それだけではなく故郷に住めなくなった訳ありの人たちもたくさんいるとのことだった。やんちゃだったり、昔悪いことをした人たちなんかも多く住んでいるそうだ。
「でも、この街は治安がいいですよね?」
「そりゃそうだ。俺が治めてるからな。俺がこの領地を任された時はスラムがたくさんあって女子どもが一人で歩けるような街じゃなかった」
この街の前領主は碌でもない金の亡者で、最後は犯罪を犯して家が取り潰しになったらしい。そこで一旦王家の土地として没収されたが、荒廃し犯罪も多いこの街をどうするか困っていたらしい。王都に近い便利な土地ではあるが、使い途がなかったのである。
そこでエドムンドに戦果の褒美として、爵位とこの領地が与えられた。一見はとても素晴らしい褒賞のようだが、本当はエドムンドを嫌うアルバンや他の上層部たちの嫌がらせだったのだろう。つまりは面倒なものを押し付けられたのだ。
だが、エドムンドはこれを面白く思った。酷い場所を、自分の好きな街に変えることができたからだ。
「最初は荒れていたが、この領地で悪事を働くやつは俺がら自らの手で徹底的に罰したからな。今や我が領内で、何かしようとするのは命知らずな行為だとみんながわかっている。だから平和だ」
元最強の騎士団長が領主なのだ。どれだけ頑張っても勝てるはずがない。
「最初にこの街を荒らした盗賊たちは、俺が瀕死寸前までボコボコにして木に三日三晩逆さ吊りにしてやった! 二度と悪事はしないと泣いて謝っていたぞ。あの悪党の情けない姿は、お前にも見せてやりたかった」
そんな話を笑いながら、楽しそうに話すエドムンドはやはり恐ろしい領主のようだ。だが、そのおかげで領民たちは安心して暮らせるのだろう。
「いろんな文化がまじってるから、他の領地からしたら珍しいものがたくさんある。だから、ここは商売の街としてもかなり儲かってる。俺にこの土地を押し付けた奴等は、今頃悔しがってるだろうな」
「エドムンド様、すごいです!」
「別に俺は何もしていないがな」
エドムンドはなんてことないように言っているが、なかなかできることではない。この地の領民たちは皆が生き生きしているのは、きっとエドムンドのおかげだろうとナディアは思った。
「はい、どうぞ。卵サラダに、四種のとろとろチーズのピッツァ……そしてアクアパッツァです」
「おお、これこれ」
「ゆっくりしてくださいね」
店長さんはニッと笑って、ナディアに会釈して去って行った。
「うわー、美味しそうですね」
「熱いうちに食おうぜ」
「はい」
エドムンドは、器用にささっとナディアの皿に料理を盛ってくれた。こういうことを『女がすべきだ』と言わないところが、エドムンドの良いところだ。口は悪いのに、当たり前のようにこういうことをしてくれる。
「さあ、食え」
「はいっ! ありがとうございます」
ナディアはアクアパッツァを口に運んだ。
「んんーっ、海鮮の旨みが出てます。美味しいです」
「だろう?」
「凄いです! 今まで食べたアクアパッツァの中で一番美味しいかもしれません」
「そうか」
エドムンドはナディアの喜ぶ姿を見て、嬉しくなった。
「たくさん食え。足りなければ追加したらいい」
「はいっ!」
そのまま二人で談笑しながら、ペロリと食事を平らげた。
「あー美味しかったです。幸せでした」
「それは良かったな。じゃあ、そろそろ行くか」
エドムンドが立ち上がると、ナディアは哀しそうな顔をした。
「……どうした?」
「あの、もう帰りますか?」
ナディアの顔を見て、エドムンドはまだ屋敷に戻りたくないのだとわかった。
「せっかくだから、この街を案内してやるよ」
「本当ですか?」
「ああ」
エドムンドは、ナディアに自分の治めるこの街のことを少しでも覚えておいてもらいたい気がしていた。そうすれば、別れてもたまに思い出すことがあるかもしれないから。
「エドムンド様! 大好きです」
ナディアがエドムンドの腕に纏わりついているのを見て、店員は「やっぱりエドムンド様の女じゃないですか!」と叫んでいた。
それから『妻』だと説明すると、さらに驚かせる事態になってしまった。エドムンドは言いたくなさそうだったが、ナディアは正直にそう伝えた。
「エドムンド様、なんで結婚を祝う祭をしてくれないんですか! 領主の結婚とか俺たちにとって一大事なんっすけど」
「……色々事情があるからだ」
「でも、いいですね。年の差婚羨ましいっす。奥様も、これからもよろしくお願いします」
「はい、こちらこそお願いします。ジェフさん、すごく美味しかったです」
ナディアはジェフとあっという間に仲良くなった。実はナディアと同じ年だと判明したからだ。
「お前ら同じ年か。どうりでガキなわけだ」
エドムンドがふんと鼻で笑ったので、二人は同時に反論した。
「ガキじゃないっす」
「ガチじゃありません」
タイミングが同じだったので、二人は顔を見合わせてくすくすと笑い出した。
「……そうか。こいつくらいの年が丁度いいんだよな」
独り言のように呟いたエドムンドの声は、ナディアの耳には聞こえていなかった。




