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14 寝顔

 バンデラス伯爵家に戻ると、使用人たちが温かく二人を迎えてくれた。


「これは?」

「優秀な鍛冶屋に作らせた。これなら護身用として常に持てる大きさだろう」


 ナディアの部屋には短刀が一本置いてあった。鞘の装飾に、バンデラス伯爵家の家紋である鷹が入っていた。


「騎士になれという意味じゃない。だが、自分を守るために一本持っていても困らないだろう」


 ナディアが短刀を抜くと、小さいながらも見事な出来栄えなのでそれがとても良いものだとすぐにわかった。


「すごいです、手にピッタリ馴染みます」

「……お前にやる」

「いいのですか?」

「ああ」


 初めてのプレゼントが『短刀』というのはなんとも色気がないが、ナディアはエドムンドからしか貰えないプレゼントのような気がしてとても嬉しかった。


「大切にしますね」

「……お前はまだ剣術は好きなのか?」


 エドムンドがあえてそう聞いたのは、先ほどナディアの過去のトラウマを知ったからなのだろう。

 

「はい、好きです。先日パトリック様に剣を受けてもらった時はわくわくしました」

「俺が気が向いたら稽古をつけてやる。屋敷にこもっていたら、身体が鈍るだろう。俺もたまには動きたいからな」

「本当ですか! 嬉しいです」


 ナディアは鞘に直した短刀を大事そうに抱き締めながら、エドムンドに微笑んだ。


「……お前のせいで王宮まで行って疲れた。俺は寝る」


 さっさと自室に戻ろうとするエドムンドの腕に、ナディアはぎゅっと抱きついた。


「隣で子守唄を歌って差し上げます」

「いるか! お前の下手くそな歌で、眠れるわけねぇだろ」

「まぁまぁ、遠慮しないでくださいませ」


 エドムンドとこんな言い合いをするのは久しぶりで、ナディアは楽しかった。


「おい、どこまで付いてくるつもりだ! 本気で歌うつもりじゃねぇだろうな」

「試したいことがあるのです。すぐ戻るので、お待ちください」


 ナディアは、パタパタと走ってどこかに行きタオルとお湯の入った桶を持って帰って来た。王宮の医師に聞いた、目を休める方法を実践しようと思ったからだ。


「さぁ、ベッドに横になってくださいませ」

「……なんのつもりだ」

「目に温かいタオルをのせると気持ちがいいので是非試してください」


 ニコニコと微笑むナディアに、エドムンドは眉を顰めた。


「お前の前で眼帯を外せと?」

「はい。外さないとできませんから」


 当たり前のように頷くナディアに、エドムンドは大きなため息をついた。


「あえて気持ち悪い傷なんて見たくないだろう。はやく出ていけ」

「気持ち悪くなんてありません! その傷は、陛下を守られた証ではありませんか」


 エドムンドの傷を見た時に、普段生傷の絶えない騎士たちでさえ『哀れみ』の目を向けてきた。それほど深く醜い傷だった。視力を失った左目には光が消えてしまっている。日常的に眼帯を外した姿を見ているのは、使用人の中でも執事のモルガンだけだった。

 

「それに生きていれば傷くらいできると言ってくださったのはエドムンド様です」

「……」

「いえ、すみません。傷を見られるのは嫌ですよね。無神経でした。ここに置いておきます」


 黙っているエドムンドを見て『否』と判断したらしく、ナディアは急に早口になった。


「別に構わん。俺は全く気にしていない」


 エドムンドは、これはナディアに現実を突きつけるいい機会だと思った。想像するのと実際見るのは恐怖が違う。


 自身は本当に気にしていないが、いくらナディアが普通の令嬢とは違うとはいえ目に刻まれた痛々しい傷を見れば『好きだ』なんて軽々しく言えなくなるだろう。貴族令嬢が許容できる範囲の傷ではないからだ。


 ナディア自身にもドラゴンに襲われた傷が残っていると言っていたが、それは外からは見えない部分だ。顔に醜い傷があるのは、衝撃が大きいだろう。元々赤かった目は今は力を失い、白く濁ってしまっている。


 傷を見られて嫌われた方がいいと思っているのに、エドムンドの胸はなぜかズキリと痛んだ。しかし、その痛みをあえて無視をしてエドムンドは眼帯を外した。


「さあ、お湯が冷めないうちに横になってください」


 ナディアは穏やかな顔で、エドムンドを見つめた。そこには哀れみも同情も、嫌悪感も全く感じられなかった。


「……」

「どうされましたか?」

「いや、別に」


 あまりに普通の反応だったため、エドムンドは戸惑いながらも言われるがまま寝転んでしまった。

 

「眠る前に蒸したタオルをのせると、目が休まるそうですよ」


 ナディアはお湯につけたタオルをぎゅっと絞りながら、話している。


「傷に触れても痛くありませんか?」

「……もう傷自体は治ってる」

「そうですか。良かったです」


 細い指でそっと傷をなぞった後に「のせますね」と言って、熱いタオルでエドムンドの目を隠した。じんわりとした温かさがとても気持ちが良くて、すぐに眠気が襲ってきた。


「心地いいですか?」

「……悪くない」


 エドムンドは目を閉じても、ナディアの笑顔が頭に残っていた。あの傷を見ても怯まないなんて……やっぱり変な女だ。そう思いながら意識が薄れてきた。


「ふふ、それならば毎晩してさしあげます」

「毎晩はいらねぇ」

「まあ、そうおっしゃらずに。今度する時はわたしの膝枕はいかがですか?」

「馬鹿なこと……言うんじゃ……ねぇ」


 ナディアが不在だった一週間、安眠できていなかったせいかエドムンドはそのまま眠りについた。すーすーと静かに寝息をたてたエドムンドを見て、ナディアは驚いた。


「珍しいわ」


 常に緊張感を持っているエドムンドは、基本的に人前で気を抜かない。ナディアは、エドムンドが眠りにつく瞬間を初めて見た。


「……わたしは、あなたに近付けていますか?」


 もちろん、そんな質問をしてもなんの反応もない。それが切なくもあり、嬉しくもあった。


「おやすみなさいませ」


 本当はずっとこの部屋にいたいが、エドムンドにはしっかり休んでほしかった。ナディアはそっとシーツをかけて、音をたてないように扉を閉めた。



 

 


「わぁ、今夜はわたしの好きなメニューばかりです。ありがとうございます」


 その日の晩御飯にエドムンドは姿を現さなかったので、ナディアは一人で食事をすることになった。少し寂しかったが、ナディアの好物ばかりが並んでいるのを見て、シェフや使用人たちの優しさを感じていた。


「これは秘密と言われているのですが……」


 モルガンが小声でこそっとナディアに教えてくれた。


「エドムンド様がナディア様の好きなものを作ってやれとわざわざシェフに指示されたのですよ」

「エドムンド……様が?」

「ええ、そうです」


 その話を聞いて、ナディアは心がポカポカと温かくなった。


「へへ……嬉しいです。どれも美味しそうだわ」


 ナディアはエドムンドの優しさを感じながら、美味しい晩御飯を堪能した。



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