11 初めての気持ち
ナディアの激しい打ち込みに、正直パトリックは『こんなに強いとは』と驚いていた。
しかし、さすがはこの国の騎士団長。最初の一撃は油断もあって危なかったが、流石に今は全てを受け流している。
だが、決して気は抜けなかった。ナディアは剣だけでなく、体術もできるようでものすごく身軽に動いている。
「ナディアちゃん、好戦的だね」
「攻めなければ勝てませんから」
「なるほどね。どっかの誰かと同じ考えだ」
ナディアは急所を的確に狙ってくる。そして躊躇がない。これは綺麗な剣術というより、実践的で荒っぽい剣だなとパトリックは思った。そう、これはエドムンドの戦い方にそっくりだ。
しばらくすると、ナディアはぐらりと体勢が崩れて地面に手をついた。
「すごいよ、ナディアちゃん。でも、疲れたならそろそろやめておく?」
「いえ、まだまだっ!」
ナディアはそのまま目にも止まらぬ速さで、パトリックの懐に飛び込んだ。
パトリックが一瞬怯んだ隙に、ナディアは剣を思い切り振り抜いた。
キィィン!
「それまでだ」
ナディアの喉元にある剣を、当たる寸前でエドムンドが受けていた。
「……悪い、助かった。勝手に身体が動いた」
パトリックは青ざめながら、ゆっくりと剣を下ろした。最後にナディアが打ち込んできた時、力加減をする余裕はなく本気でやり返してしまった。そうしないと『やられる』と思ったからだ。
「だろうな」
「止めてくれてよかったよ。偉そうにこちらから手を出さないなんて言っておきながら、怪我をさせるところだった」
力が抜けたのか、ペタンと地面に座り込んだナディアはへらりと笑った。
「さすがパトリック様です! 軽やかな剣技に驚きました。やはりお強いですね。尊敬します」
「……お前、最初から勝とうと思ってたのか」
「はい! だってやる前から、負けることなんて考えませんよね?」
とんでもないことを言いながらヘラリと笑うナディアは、いつも通りのあどけない少女に見えた。
「くっ……ははは」
エドムンドは、そんなナディアを見て声を出して笑い出した。
「エドムンド様、どうされたのですか?」
きょとんとするナディアの頭を、エドムンドはぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。
「お前、相変わらずめちゃくちゃな女だな。面白れぇ」
「面白い……?」
「おう。その辺の騎士よりお前の方がよっぽど強いじゃねぇか! 勝ちにこだわる泥臭い戦い方も、俺好みだ」
揶揄うつもりだったエドムンドは、ナディアの剣を見て気が変わった。
「お前、鍛えればもっと強くなるぞ」
「え?」
「ああ。お前は騎士団に入って、上を目指せ。だが……アルバンのジジイ辺りが文句を言ってくるだろうな。でも女だからという理由で入団にケチをつける奴がいたら、俺が黙らせてやるから安心しろ」
エドムンドのその言葉に、ナディアは褒められて喜んでいた気持ちがしゅんと萎んでいった。
「……騎士にはなりません。わたしはエドムンド様の妻ですから」
「何言ってんだ。その才能を無駄にすんな。これだけの力があれば一人でも生きていけるぞ。誰に頼らなくても、食い扶持に困ることはねぇ」
ご機嫌なエドムンドを見て、ナディアは余計に哀しくなり目に涙が溜まってきた。
「騎士にはなりません。剣術はあなたに近付きたくて始めただけです」
「はぁ?」
「才能を無駄にするなと言うのであれば、エドムンド様も同じではありませんか! あなたも騎士を辞めているでしょう?」
「なんだと、てめぇ」
ギッと睨みつけ大きな声を出して怒ったナディアに、エドムンドは内心少し戸惑っていた。
いつも自分に纏わりついていたナディアが、こんなに反抗するとは思っていなかったからだ。エドムンドが褒めれば、大喜びするとすら思っていたのに。
「エドムンド様の無神経っ! 嫌いです」
それだけ言って、ナディアは走り去って行った。
「あー……今のはエドムンドが悪いね。最低だよ」
「なんでだよ! 珍しくこの俺が褒めたんだぞ」
「一人で生きていけるなんて、離縁するって言ってるようなものじゃないか。可哀想に」
パトリックは「さっさと仲直りしろよ」と言って、そのまま帰って行った。
エドムンドはそのうちナディアがまた話しかけてくるに違いないと思い、とりあえず放置することにした。しかし、予想に反して、一週間経過した今もナディアがエドムンドの前に現れることはなかった。
「あいつ、何してるんだ」
「あいつとは?」
「わかるだろ! あの女のことだ」
ナディアのことだとわかっているくせに、素知らぬ顔をするモルガンにエドムンドは腹が立った。
「数日前に王宮へ行かれました。国王陛下から何か大事な話があると呼ばれたそうです。その後、王家からも『しばらく奥方を預かる』と正式な連絡が入っています」
エドムンドはナディアを家の中で見かけないと思っていたが、まさか王宮に行っているとは思っていなかった。
「そうかよ」
「気になりますか?」
「……俺には関係ない」
「左様ですか。失礼致しました」
エドムンドはナディアのせいで、朝日と共に目が覚めて朝食を食べる生活習慣ができてしまっていた。だから、ナディアが部屋に来なくても無意識に起きてしまう。
口の中に朝食のパンを放り込むが、なんだかいつもより味気ない。
「おい、パンを変えたのか? 前の方が美味かったぞ」
「店は変えていませんし、種類もいつも注文しているエドムンド様のお気に入りのものですよ?」
「じゃあ、店主の腕が落ちたんだ」
エドムンドは、悪態をつきながらパンを無理矢理飲み込んだ。
「味は間違いなく美味しいですよ。でも、以前より美味しく感じないのであれば……それは別の原因ではありませんか?」
「何が言いたい」
「理由は、エドムンド様自身が一番ご存知でしょう」
モルガンにそう言われて、エドムンドはギリッと奥歯を噛んだ。
食事が不味くなったのはナディアが姿を見せなくなってからだが、その事実をどうしても認めたくなかった。
エドムンドはナディアと一緒に食事をするなんて鬱陶しいとすら思っていたのに、目の前で彼女が美味しそうにパンを頬張っていないとこんなにも味気なく感じることに戸惑いを感じていた。
「チッ、なんなんだあの女は」
エドムンドは今まで特定の誰かに執着したこともなければ、非を認めて謝ったこともない。だからこんな気持ちになるのは生まれて初めてだった。




