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10 ナディアの実力

「お前は邪魔だから、さっさとどっかへ行け」


 エドムンドは、面倒くさそうにナディアを手で払う仕草をした。


「わたしもパトリック様とお話ししたいです」

「お前とこいつが話すことなんかない。さっさと出ていけ」

「……ちぇ。わかりました。パトリック様、ゆっくりしてくださいませ」

「ああ、ありがとう。また後でね」


 ナディアはニコリと微笑んで、素直に出ていった。


「可愛い子じゃないか」

「……どこがだよ」


 パトリックがそんなことを言うので、エドムンドは心底嫌そうな顔をした。


「素直で元気で真っ直ぐなところさ」

「はっ、つまり何も知らないガキってことだな」

「立派なレディだろ。それともエドムンドは子どもを抱く趣味があるのか?」


 揶揄うようにパトリックはニッと口角を上げた。それでエドムンドは、パトリックに()()会話を聞かれていたことに気がついた。


「……抱くわけねぇだろ」

「はは、()()抱いてないのか。女性を寄せ付けないエドムンドが初めて恋をしたのかと思ったのに」

「おい、死にてぇのか」


 青筋を立てて怒るエドムンドに、パトリックはくくくっと声を殺して笑い出した。


「はは、その台詞懐かしいな。エドムンドが元気になっていて安心したよ」

「……別に元気じゃねぇ」

「酒浸りで暗い部屋にいたお前とは、まるで別人だよ。お前を変えてくれたナディアちゃんに感謝しないとな」


 ナディアがバンデラス伯爵家に来て約二ヶ月。あっという間にこの家に馴染み、いつの間にかエドムンドも彼女に引っ張りだされてしまっていた。


「……迷惑なだけだ」

「エドムンドは素直じゃないな。お前が追い出していない時点で、気に入ってる証拠だろう」


 実はエドムンドが、アダルベルトから女性を家に送り込まれたことは始めてではなかった。


 左目の怪我の面倒をみる……という名目で、何人かの清楚で綺麗な御令嬢が来たことがあったが、エドムンドはものの数分で家から追い出した。


「ふん。あいつは、俺がいくら脅しても出て行かない変な女なだけだ」


 口では酷いことを言っているものの、エドムンドはなんだか嬉しそうだった。しかしそれを指摘すると、また怒るだろうなと思いパトリックは黙っていることにした。


「僕たちの変な噂がこれ以上広まらないように仲良くしてくれよ」

「知るか。お前がさっさとあの年下の幼馴染と結婚したら終わる話だろう」


 パトリックには、七歳年下のミリアという幼馴染がいた。家が近所だったので、昔から本当の妹のようにとても可愛がっていた。ミリアは誰が見ても明らかにパトリックに恋をしていたが、二人の関係は全く進んでいなかった。

 

「……ミリアは妹のようなものだよ」

「向こうはそうは思っていないだろう。一緒になる気がないなら変に期待させるんじゃねぇよ」


 エドムンドにギロリと睨まれ、パトリックは困ったように眉を下げた。


「……僕にも事情があるんだ。でもまさかエドムンドに説教される日がくるとはね」

「お前は誰にでも平等に優しくし過ぎだ。断りたいならはっきり突き放せ。そうすれば向こうも諦めが付くだろう」

「そうだね。気をつけるよ」


 パトリックが哀しそうに微笑んだので、エドムンドはそれ以上は何も言えなかった。


 この件で一瞬気まずい雰囲気にはなったが、その後は二人で最近の近況を話し合い和やかな時間を過ごした。


「この前、久しぶりにお前の親父に王宮で会ったぞ。相変わらず何考えてるのかわからねぇから苦手だわ」

「はは、同意見だね。僕も……父上は苦手だ」

「本当に似てねぇよな」

「あんな髭面に似なくて良かったよ」

「そりゃそうだな。いや、お前も歳を取ればあの親父みたいになるかもしれねぇぞ」


 エドムンドは髭面のパトリックを想像し、くくくっと笑った。美しい顔に立派な髭は全く似合わなかったからだ。


「大丈夫、絶対にならないよ」

「どうだかな」

「エドムンドはその鬱陶しい髪切った方がいいよ。その怖い顔に似合ってないから」

「うるせぇよ!」


 エドムンドとパトリックはお互い他愛もない話をして笑い合った。


「最近、騎士団はどうだ?」

「順調だ。大きな問題はないさ」

「陛下を狙う怪しい動きは?」

「特にない」

「そうか。まあ、パトリックがいれば心配はない。もともとお前が仕切っていたようなものだしな」


 エドムンドは剣の腕はずば抜けていたが、思ったことを何でもハッキリと言う性格のため、よく周囲とぶつかっていた。


 気に入らなければ上層部にも噛み付くし、どんなに危険でも最速で魔物を倒す術を考えるため、高位貴族出身の保守的な騎士たちからも嫌われていた。ただし、その圧倒的な力の前では、誰も文句を言えなかったのだが。


 そして逆に一部の騎士からは憧れられ、崇拝されるようなカリスマ性もあった。それほどにエドムンドは強かった。




『このまま直進だ』

『しかし……流石に危なすぎる! みんなエドムンドとは違うんだ。部下が怪我をしたらどうする? 援軍を待つべきだ』

『悠長なこと言ってたら、一般人が食われるぞ。この国の騎士なら全員覚悟を決めやがれ』


 異端児のエドムンドと、常識人のパトリックはよく意見が割れていた。


『なに、心配するな。俺が先陣を切ってやる』

『騎士団長のお前に何かあったらどうするんだ。それならば僕が前に出るからお前は後ろに下がれ』

『俺が囮になるのが一番リスクが少ない。パトリック、じゃあ後は頼んだぜ』


 そして、エドムンドは騎士団長という立場にも関わらず本当に一番危険な仕事を最前線でこなし、毎回成功させていた。


『たいしたことなかったな』


 顔についた魔物の血を袖で拭うエドムンドの姿を、ある人は羨望の眼差しで見、ある人は震えるほどの恐怖を感じていた。




「馬鹿なことを言うな。エドムンドがいなくなって、僕はずっと働きっぱなしなんだぞ」

「はは、そいつはご愁傷様だ」

「本当に戻って来ないのか?」

「もう一年まともに剣を振ってないんだぜ。それに片目では、以前のようには動ける気がしない。まあ、今の状態でもそこらへんの奴等よりは強い自信はあるけどな」


 エドムンドは聖人ではないので『国を守りたい』なんて大義をもって騎士をしていたわけではない。元々は金を稼ぐ手段であり、金が貯まってからは魔物と戦う『スリル』を楽しんでいただけだ。


 結果的にたくさんの人を救ってきたが、そのポジションは自分でなくてもいいと考えていた。


「……そうか」


 パトリックはそれ以上は何も言わなかった。あまり他人と関わりを持たないエドムンドだが、入団当時から一緒の同じ歳のパトリックには心を許していた。


 パトリックは強い上に頭が切れる。エドムンドと性格は真逆だが、昔から一目置いていた。


「そういえば、あいつ女だが剣術してるらしい」

「あいつってナディアちゃん? へえ、それはすごいな」

「サンドバル辺境伯の娘らしいが、あそこでは護身のために女も剣を振るんだと」

「魔物が多い場所だから、きっと苦労して育ったんだろうね」


 そんな話をしていると、エドムンドは急にナディアがどんな風に剣を使うのか興味がわいてきた。


「まだあいつが剣持ったところを見たことねぇんだ。俺らで揶揄ってやろうぜ」


 悪い遊びを思いついた子どものようにニンマリと笑ったエドムンドを見て、パトリックはため息をついた。


「……それ、お前の悪い癖だぞ。いつも新人が来るたびに力の差を見せつけて、絶望させてたじゃないか」

「昨日あいつ自身が俺に『剣術を見て欲しい』って言ってたんだ」

「絶対に酷いことを言うなよ。僕はお前とは違って女性には優しくしたいんだ」

「はいはい、パトリックは昔から優男だからな」


 そんな嫌味を言いながら、エドムンドは使用人にナディアを呼びに行かせた。


「はい。ナディア、参りましたっ!」


 嬉しそうにエドムンドの元に駆けてきたナディアは、まるで忠犬のようだった。


「ちょうどパトリックもいることだし、今からお前の剣をみてやるよ」

「ええっ、お二人で? そんな豪華なことをしてもらってよろしいのですか」

「ああ、庭でやるぞ」

「嬉しい。エドムンド様、大好きです! この服では動きにくいので、準備してまいります」


 満面の笑みでパタパタと自室に戻って行ったナディアを見て、エドムンドは毒気を抜かれてしまった。


「……エドムンドは、最低だな。あんないい子を揶揄おうだなんて」

「うるせぇ! 暇つぶしだ」


 庭に現れたナディアは髪を一つくくりにし、パンツスタイルで男装をしていた。


「お待たせ致しました」

「剣は色々あるから好きなのを使え」


 エドムンドはモルガンに持って来させたたくさんの武器を、ナディアに見せた。


「わあ、こんなに種類があるのですね。なるべく軽いものがいいです。わたしは非力なもので」

「じゃあ、これかこれだな」


 エドムンドが細めの剣を見繕うと、ナディアはその中の一本を手に取った。


「これにします」

「ナディアちゃん、良ければ僕が相手をするよ」

「ええ、いいのですか!?」

「もちろんだよ。でも、ナディアちゃんを傷付けるのが怖いんだ。だから、僕は受けるだけでこちらからは手を出さないから安心してね」


 パトリックは優しく微笑んだ。これはエドムンドがナディアを直接傷つけないように、上手く間に入ってあげようという親切心でもあった。


「そのようなハンデをいただいて、よろしいのですか?」


 真顔でそう質問したナディアに、エドムンドは笑い出した。


「お前……まさかパトリックに勝つ気か? こいつは今の騎士団長だぜ。剣先すら当たらないぞ」

「そ、そうですよね。失礼しました」


 ナディアはへへへ、と照れたように笑い剣を構えた。


「ナディアちゃん、はじめようか」

「はい。よろしくお願い致します」

「ああ、いつでもどう……」


 ビュン


 パトリックが『どうぞ』と言い切るより先に、ナディアの剣が顔の真横を掠った。


 反射的に身体が動いたので、無事だったが……パトリックでなければ斬られていた可能性もある。


「お避けになるとは、さすがですね。一発で仕留められるように、確実に首を狙ったつもりだったのですが」


 ギラリと目を光らせたナディアは、先ほどのあどけない少女と同じ人物だとは思えなかった。



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