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何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること  作者: 大森 樹


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9 現在の騎士団長

「なんだこの量は。朝からこんなに食えねぇだろ」


 エドムンドの前にはズラーっと豪華な朝食が所狭しと並んでいた。


「これはお祝いにございます。とりあえずなので、夜はもっと盛大に用意致します」

「祝い? 何かあったのか」


 エドムンドの問いに、給仕をしていた使用人たちがみんな顔を見合わせてソワソワし始めた。


「エドムンド様、ついに本物の夫婦になられたのですよね?」

「は?」

「今朝早くエドムンド様のお部屋からナディア様が出てこられたのを、何人もの使用人が目撃しております」


 モルガンが微笑みながらそんなことを言うので、エドムンドは頭を抱えた。見られているとは思っていなかったからだ。


 朝一で追い出すつもりだったのに、昨夜は思いの外深く眠ってしまったせいで帰らせるのが遅くなってしまった。


「一緒に酒を飲んでいただけだ。酔ってあいつが寝ちまったんだよ。俺があいつとどうこうなるはずないだろ!」


 ムキになって答えてしまうのは、同じベッドで寝てしまったことへの僅かな罪悪感からだ。


 昨夜は酒のせいでおかしかったんだと、エドムンドは自分に言い聞かせた。実際は酒に強いエドムンドが、おかしくなることなどあり得ないのだが。


「左様ですか」


 あからさまにみんなが残念そうな顔をみせた。どうやら、使用人たちは本気でエドムンドとナディアをくっつけたいようだ。


「エドムンド様……昨夜は……いや、今朝も……色々とすみませんでした」


 朝食を終えると、ナディアはエドムンドの前に現れてしゅんとして頭を下げた。どうやらさっき食事を一緒にとらなかったのは、恥ずかしくて逃げていたらしい。


「もういい。俺も酒をすすめすぎた。だが、寝るほど飲むんじゃねぇ。自分で加減を見極めろ」

「はい」


 いつまでもしょげているナディアを見て、エドムンドはなんだか苛々してきた。


「お前、いつまでも辛気臭い顔をするんじゃねぇ」

「だって……エドムンド様、ガッカリされたかなって」


 小声でボソボソとそんなことを言いながら、気まずそうにチラリとこちらを見上げた。


「今更ガッカリなんてするかよ。お前が女らしくないことは知っている。酒に酔って寝たくらいで驚かねぇわ」

「でも……でも……」

「なんだよ」


 珍しくハッキリ言わないナディアに、エドムンドは詰め寄った。


「もっと可愛い夜着にすれば良かったです」

「……はぁ?」

「せっかく大好きなエドムンド様に抱き締められながら眠ったのに、あんな普段使いの夜着……最悪です。もっとちゃんと可愛いのとかセクシーなのも嫁入り道具として用意してあったのに」


 ナディアは涙目になりながら、必死にエドムンドに訴えた。


「おい……一体何の話だ?」


 エドムンドが顔を引き攣らせていると、ナディアは手をぎゅっと握った。


「今夜は飛び切り可愛くしますから」

「は?」

「だから、もう一度抱いてください!」


 ナディアが大声で誤解されそうなことを言うので、エドムンドは彼女の口を手で強引に塞いだ。


「お前! ふざけんなよ」

「んんっ……ぐっ……ぐるじいで……す」

「誤解されるようなこと言うな。同じベッドで寝落ちしただけだろうが!」

「んんっ……!」


 バタバタ暴れていたナディアが大人しくなったので、エドムンドは手を離した。


「二度とお前なんかと寝るか」

「はぁ……はぁ。そ、そんな。だって私、全然覚えていません。せっかく夢のようなシチュエーションなのに」

「知るか!」


 お願いしますと何度も頼んでくるナディアを、エドムンドは全部無視をした。


「驚いた。エドムンド、本当に結婚したんだな」


 二人でギャーギャーと言い合っていると、後ろからある男の声が聞こえてきた。


「……パトリック!」


 エドムンドが嬉しそうに名前を呼んだので知り合いなのだと思い、ナディアも振り向いた。


 そこに立っていたのは、肩上に切りそろえられた美しい銀髪と青い瞳を持ったとても容姿の整った男だった。知的に見えるが、しかしただの頭脳派ではなく身体にはきちんと筋肉がついていてただものではないことは一目でわかった。


 ナディアは、その男を知っていた。なぜなら、英雄騎士エドムンドを支えたのは当時副団長だったパトリックだったからだ。


「今日長期の討伐から戻ったんだ。陛下から、エドムンドが結婚したと聞かされてすぐにここに来たんだよ。さっき使用人に入れてもらったんだ。勝手にすまない」

「お前ならいつ来ても構わないと伝えてあるさ。結婚は王命で無理矢理だ」

「そうなのか? その割には仲が良さそうじゃないか」


 ハハハと爽やかに笑って、パトリックはナディアの前に立った。


「初めまして。僕はパトリック・ジーメンスです。エドムンドとは入団時からの友人なんですよ。今は、彼の代わりに騎士団長をしています」

「わたしはナディアと申します。もちろんあなた様の騎士団でのご活躍は存じておりますわ。二人のコンビネーションは素晴らしかったと有名ですもの。お会いできて光栄です」

「はは、そんなに褒められると恥ずかしいな。今後ともよろしくね」


 パトリックは優しく微笑み、ナディアの手を取ってちゅっとキスをした。


「ひゃあ……!」

「どうされました?」


 これが紳士的な挨拶だとわかってはいるが、ナディアは好きでもない男性に手にキスをされるのは苦手だった。王都では当たり前でも、辺境伯に住む屈強でがさつな男たちはそんなことをしないから慣れていないのだ。


「こいつはガキだから、お前に手を触れられて驚いたんだ」

「エドムンド様っ! い、言わないでくださいよ」

「ふん、図星だろ」


 慌てているナディアを見て、エドムンドはニヤリと笑っていた。まるでお気に入りのオモチャを見つけた子どものようだな、とパトリックは思っていた。


「あの……パトリック様に一つお聞きしたいことがあります」


 少し緊張した面持ちのナディアは、意を決してパトリックに質問をすることにした。


「もちろん。何だい?」

「お二人が秘密の恋人というのは本当ですか?」


 実は二人が恋仲なのではないかという話は、社交界では昔から噂されている有名な話だった。二十歳前半には結婚するのが当たり前のカレベリア王国で、タイプの違う美青年二人が二十八歳にもなるのに未だ独身だからだ。


 凛々しく荒々しい元平民のエドムンドと、美しく穏やかな高位貴族出身のパトリックは対をなしていた。正反対なのに、二人は入団時から仲が良かった。


 そして誰にも従わないエドムンドが、唯一言うことを聞くのは親友であるパトリックであるということもこの噂に信憑性が増していた。


 二人には言えないが、貴族令嬢の中で騎士団長のエドムンドと副団長のパトリックを題材にした禁断の恋愛小説も出回っている。しかもこれが恋愛要素だけではなく戦いあり涙ありのなかなかの名作で、密かに増刷を繰り返しているのである。


 エドムンドのファンであるナディアは、この小説をしっかり読んでいた。田舎出身のナディアは、親の目を盗んでその本を手に入れるのに苦労したものだ。


「まさか()()本買っていないよね?」

「か…買っていません。わたしは何一つ知りません」


 その戸惑った反応から、ナディアは完全にクロだとパトリックは苦笑いをした。名前や設定を多少変えてあるとはいえ、自分たちのことを書かれるのはあまり良い気分でない。


「なんだよ? 本って」

「エドムンドは知らない方がいいよ。血圧があがるからね」


 どうやらエドムンドはこの類の噂話に全く興味がないらしく、周囲からパトリックとおかしな仲だという疑いをかけられていることは知っていてもそんな小説が出回っていることまでは調べていなかった。


「今はわたしが妻とはいえこんなに見目麗しいパトリック様が恋人なら、勝ち目はありません!」


 ナディアの悲痛な叫びを聞いて、パトリックは声を出して笑い出した。


「はははははっ」

「……なぜ笑われるのですか?」


 呆れ顔のエドムンドと、大笑いしているパトリック。その二人の中で、ナディアは眉を下げて神妙な顔をしていた。


「いや、あり得ない話だなと思ってね」

「そうなのですか?」

「僕にも恋人を選ぶ権利があると思わないかい? こんな可愛げがなくて態度が大きい男は嫌だよ」


 パトリックはエドムンドを横目で見て、ふうとため息をついた。


「でも……でも! エドムンド様は強くて格好良くて誰よりも素敵じゃないですか」


 間接的に大きな声で愛の告白をしているナディアを見て、パトリックはふっと目を細めた。


「エドムンド、随分と愛されているじゃないか」

「うるせー。俺は迷惑してるんだ」


 悪態をつきプイッとそっぽを向いたエドムンドの耳が赤くなっていることに、パトリックだけは気が付いていた。


「しょうもないこと聞くんじゃねえ。俺とこいつがそんな関係なはずないだろう! この前も俺は男なんか好きじゃないと伝えただろうが」

「すみません。でも、安心しました。やっぱりわたしにも好きになっていただける望みがあるということですね」

「望みなんかあるわけないだろうが!」

「エドムンド様、何があるかわからないのが人生ですよ」


 得意げな顔でそう言い放つナディアのあまりのポジティブさに、パトリックはまた声をあげて笑い出した。


「ナディアちゃんは面白い女性だね」

「ありがとうございます!」

「……それ、褒められてないぞ。つまりは変だってことだ」

「エドムンド様! 酷いです」

「本当のこと言って何が悪い」


 エドムンドとナディアはわーわーと好き勝手なことを言い合っていたが、それはまるで仲の良い子どもがじゃれ合っているようでパトリックは微笑ましく思っていた。



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