0 プロローグ
「もう……だめだわ」
サンドバル辺境伯の娘、ナディアは命の危機を感じていた。
魔物の異常な大量発生。騎士であるナディアの父親は、外で必死に戦っている。そして母親は傷ついた領民たちの治療中だった。
「絶対に部屋から出てはだめよ。二人を守ってね」
ナディアは母親にそうお願いをされ、幼い弟妹と一緒に留守番をすることになった。
頑丈に建てられている屋敷の中は一番安全なはずだった。だからまさか窓を破って魔物が屋敷の中に入ってくるなんて誰も想像していなかったのだ。
使用人たちの悲鳴も聞こえるため、ナディアは別の部屋にも魔物が来ているのだとわかった。
グルルルルルッ……!
「なぜ……ドラゴンがここまで来たの?」
窓から顔だけを出している魔物は巨大なドラゴンだった。魔物の中でも一番強い種族だと言われるドラゴンが来るなんて、もう終わりだ。
ドラゴンの恐ろしいうめき声にナディアは死を覚悟したが、何とかして弟と妹を守ろうと二人をクローゼットの奥に隠した。
「お姉様ぁ、怖いよ」
「うっうっ、うえぇーん」
中で泣きじゃくる二人に「姉様に何があっても、大声を出してはだめよ。目を閉じて静かに助けを待つの」と震える声で伝え、ナディアは勇気を振り絞ってドラゴンの前に出た。
「た、食べるなら……食べなさいよ!」
ガタガタと身体を震わせながら、必死の思いで立っていた。言葉を理解しているのかしていないのかわからない。しかしドラゴンは大きな口を開き、ナディアに襲い掛かってきた。食いちぎられる痛みに耐えるために、目をぎゅっとつぶったが……なんの衝撃もなかった。
「チビ、お前の勝ちだ。俺が来たからな!」
そんな声が聞こえ、割れた窓から何者かが部屋の中に入ってきた。
バシュッという剣を振り下ろした音が聞こえた瞬間に、ドラゴンの生温かい血がぼとぼととナディアの頭の上に落ちてきた。
「自分を犠牲に弟妹を守るなんて、根性あるじゃねぇか」
いきなり現れた大柄の騎士は、ニッと笑ってナディアの頭をぐりぐりと撫でてくれた。自信たっぷりで粗野な話し方だったが、とても優しかった。
「安心しろ。屋敷の中や外の魔物も俺が全部倒してやる」
その騎士は短く切り揃えられた真っ黒の短髪に、三白眼でクールなのに燃えるような赤い瞳をしていた。屈強な身体は逞しくて、剣捌きは目にも止まらぬ速さだった。
――なんて格好良い。
ナディアは幼いながらに、自分を助けてくれた騎士に憧れ……惚れてしまった。
そしてその騎士は、本当に屋敷周辺にいた恐ろしい魔物を一人で殲滅したのだった。
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初めは数話まとめて、それ以降は毎日1〜2話投稿する予定です。




