フィルター越しの私
カクヨムに掲載してる作品のリメイク版です!
ある日の夜
優香はスマホをベッドに投げた
その日の投稿はうまく伸びなかった
ダンスのキレは悪くないし、編集も気を使った。
それなのに いいね の伸びは鈍く、リールの再生数も頭打ちだった。
「なんで?」
ぼそっと呟いた自分の声が、やけに幼く聞こえた。
肌の露出は、たぶんあと1割くらい増やせたかもしれない。
スカート、もう少し短くして、足の角度を意識して…
でもそれ以上やると「やりすぎ」だって自分でも分かってる。
わかってる…はずなのに…
“伸びる”ことが、もう判断基準になっていた。
スマホの通知はLINEは舞からの一文だけだった。
「なんか最近はちょっと怖いっていうか…無理しすぎてない?」
以前ならすぐに「大丈夫」って返してた
でも今は、それができなかった。
怖いのはSNSじゃない。
怖いのは、舞が私の大丈夫じゃなさに気づいていることだった。
そのころ、春人はスマホを握りしめながら、布団の中でスクロールしていた。
「っち、今日のは…ダメだな。映ってないじゃん、あんまり」
小声でつぶやき、コメント欄をなぞる。
ほかのリスナーたちも、似たような不満をにじませていた。
「最近守りに入ってない?」
「偉くなったなw」
「もっと近くで踊ってほしいな〜」
「前の衣装の方が好きだったかも」
春人は、自分でも気づいていた。
数ヶ月前までは、ただ「かわいい子が踊ってる」程度の距離感だった
でも今は違う。スクリーン越しに、自分だけのものになっていく錯覚すらある。
その錯覚が運命を感じさせる。
誰よりも早く動画にいいねをつけて、コメントを残して、配信にも必ず顔を出す。
ときどき、投げ銭のアイテムも使う。名前を覚えてもらうために。コメントを読んでもらうために。
これほど有意義なお金の使い方は無いとさえ思っている。
実際、優香は最近、自分の名前を呼んでくれるようになったからだ。
─「はるとくん、今日もありがとう」
その一言で、数日分の孤独が癒えた。
配信がなければ見向きもされなかったであろう女性が僅か数百円で喜んでくれる世界
日曜日の夜、配信がはじまる。
通知が鳴ってすぐ、春人は部屋の明かりを消して、画面をフルスクリーンにした。
すこし明るめのパーカーに、制服風のスカート
長い髪をポニーテールにして、画面の奥で優香が笑っていた。
「こんばんは〜!聞こえてますか〜?」
コメント欄が一気に流れ出す。
「今日も可愛い!」「やば」「www」
「髪型、最高!」「え、スカートやばくない?」
「待ってた!」「媚顔できる?」
そのうち、リクエストが増えてくる。
「近くで見せて〜」
「回ってほしい」
「ちょっとしゃがんで?」
優香は一瞬だけ、苦笑いみたいな顔をした。
けど、そのあとすぐ、甘えるような声で言った。
「え〜?そんなの〜……。でも、今日も来てくれたしなあ……」
アイテムが飛ぶ。春人もすぐに投げた。名前が画面に表示される。
─《はるとくんがハート×3を送りました》
「え、はるとくん?もう〜ほんとお金持ちなんだから!」
言葉の節々にある“お約束”が、春人の中の何かを満たしていく。
それは、承認でも愛情でもない。ただ、見返りのある欲望だ。
配信のあと、春人はスクリーンショットを何枚も撮り直していた。
ちょうどスカートの裾が揺れてる瞬間、ふとももが映り込んでいる一瞬。
保存用フォルダには、すでに優香の動画や静止画が数百枚単位で積み上がっていた。
──でも、これは「ファン」として当然の行動だ。
──みんなやってるし。
──別に本人に危害を加えるわけじゃない。
そんな言い訳を、今日も頭の中で何度も繰り返す。
そしてまた通知を確認する。
新しい投稿が来ていないか、フォロワー数が増えていないか。
彼の中で、優香はもう「アイドル」でも「配信者」でもない。
彼だけが知っている、“ちょっと危うくて、ちょっと甘い女の子”になっていた。




