神託レビュー☆1を付けたら、神からクレームが来た
スマホが震えた。画面には「神託アプリ:本日のクエスト」。
この世界ではこうして神託がアプリで落ちてくる。
受けるかは任意だが、放置すると祈り率が下がる。
加護ポイントは「小さな奇跡カタログ」(晴れ保証/鍵の発見/診療の当日枠など)で消費する。
今日落ちてきた神託の内容は「城下の橋を掃除せよ」。
アプリの仕事内容欄には「袋一枚ぶん。作業は自己責任。用具は各自調達」とだけある。
報酬は加護ポイント+10。
時間指定は“今すぐ”。
「今すぐか…」
橋へ行く途中のホームセンターでゴム手とトングとゴミ袋を買った。
「なんで掃除する俺が道具まで買わなくちゃいけないんだよ…はぁ…」
橋へ着き疲れた体で掃除を開始する。
粉っぽいゴムの匂いが指に移る。
足元の石は苔でぬめって危なかった。
トングでゴミを拾っていくが、へこんだ缶は拾いづらい。
角度を少し変えて、やっとつかむ。
「思ったより時間かかるかも…」
小一時間ほど拾うとやっとゴミ袋が一杯になった。
「あとは、ゴミ袋の写真を撮って完了っと」
撮った写真をアップロード。
検収は数秒で通り、「おつかれさま」のメッセージのみ。
…レビュー画面が表示される。
星1〜5。迷わず俺は☆1を押して、理由に「説明が足りない(用具名・手順・雨天時の扱い不明)。危険対策なし。道具は自腹」と書いた。
送信をタップした瞬間、見知らぬ番号から着信が鳴る。
「もしもし、天界カスタマーサポート担当、神のルリです」
「は?」
「本件の評価が☆1になっておりまして、差し支えなければ理由を詳しく伺いたく」
「今、書いたとおりですよ。説明が曖昧、危険、自腹。時間の“今すぐ”も強引です」
「貴重なご意見、ありがとうございます。では星の再考をお願いできないでしょうか。祈り率のKPIに影響が」
「そっちの都合で上げる星は、星じゃないでしょう」
「もちろん強要はいたしません。代わりに加護ポイントを倍に――」
「それ、ステマって言うんですよ」
少し沈黙。受話口の向こうで紙をめくる音がした。
「テンプレ、読み上げてます?」
「いいえ、ええと……一部だけ。すみません」
俺は水を一口飲み、要点を三つだけ伝えた。
「改善要望。事前説明、安全ガイド、用具の支給。この三つが最低ライン。それから急ぎでない案件は“今すぐ”をやめて“3日以内”などある程度こちらの都合で動けるように」
「承知しました。ですが、天界の予算配分は“信心度アルゴリズム”でして、低評価が続くと部署が縮小されます」
「それって結局、みんなが星5を付けても、“信心度アルゴリズムの仕様に問題なし”となって、あなた方は安泰で、俺たちは危険なままってこと?」
「ええと……耳が痛いです」
ルリ神は咳払いをひとつ。
「正直に言います。神も評価される側なんです。祈りの増減、奇跡の単価、通話の丁寧さまで数値化。だから、☆1を見ると心臓に悪くて」
「心臓、あるんですか」
「比喩です」
ふっと笑ってしまった。
「じゃあ、こうしましょう。明日、あなたが同じクエストを地上でやってみてください。安全ガイドなし、用具は自腹。その体験を踏まえて仕様を変える。できたら星を考え直します」
「現地検証、ですね。面白い。上司は嫌がりますが、やってみたい」
「じゃあ明日、8時に同じ橋で。雨なら中止ね」
◇
翌日。同じ橋に、麦わら帽子の女が現れた。
「はじめまして。地上に降りたルリです」
神々しい光は一切ない。近所のボランティアにしか見えない装いだ。手にしたメモ用紙は汗で角が丸くなっている。
二人でゴミ袋を広げた。風が吹き、空き缶が転がる。足場は滑る。段ボールは水を吸って重く、角から折ってから持ち上げないと腰にくる。
ルリは何度も手を止め、写真を撮り、拾い上げた缶の底の泥を見て、何かを書き留めた。
「濡れた段ボールは重い。腰に来ます。」
「わかりますか?装備も中止基準も出さずに何でも”自己責任”は乱暴ですよ。」
彼女はうなずき、バッグから支給品の試作セットを出した。
手袋、トング、簡易マニュアル。
紙は一枚だけだが、最初に「つかみにくい物は、縁を手前に折り返してからトングで挟む」「人通りの多い時間は避ける」と大きめの文字で書いてある。
「天界の稟議が通るかは戦いですが、仕様は変えます。
道具は支給、時間は“今すぐ”を廃止、安全ガイドを必須に。
受付時に危険区域は選べないようにします」
作業後、アプリに通知が来た。「神託仕様 v1.0.4 リリースノート」
危険区域は地図で赤く表示され選択不可。
必要な用具は申込みで配達可。
検収には人間の監督が入り、写真確認と一言質問が追加。
時間指定は“3日以内”に緩和。
安全ガイドは受領しないと開始できない。
文字は少なく、手順は番号で短く並んでいる。
電話が鳴る。
「現地検証にお付き合い感謝します。ところで、星は」
「☆2に上げます」
「2?」
「改善が反映されたから。けど、まだ報酬が安い。距離や時間や危険度に対しての配分が弱い。用具を忘れた場合の配送料も高い。“祈り率”じゃなくて労力に紐づけるべきです」
ルリは静かに笑った。
「わかりました。次の稟議で“労度連動”を提案します。数字が目的化しないように」
「どこの世界も同じだな」
通話を切ろうとしたとき、アプリがもう一つ通知を出した。「新クエスト:神のクレーム対応をレビューせよ」。
評価対象は天界サポート・ルリ。報酬は加護ポイント+5。注記に「レビューは誠実に」。
俺は笑い、ゆっくりと星を選んだ。☆3。
理由に「話を聞き、現地に来た。テンプレの読み上げはマイナス。次は自分から謝るところから」と書いて送信。
風が橋を抜け、川面が揺れる。
数分後、短いメッセージが届く。
「ごめんなさい。次は最初に謝ります。—ルリ」
星は空にある。けれど、いまの俺たちは手のひらの星で世界を直そうとしている。
それが神様の心臓に優しいかは、また別の話だ。