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15.【シェイプシフト】

 突如現れた国軍の連中。低く響く銃の構え――その標的は、ハナひとりだった。


「……俺はなんら脅威じゃねぇっつーことだな」

「たりまえだろ、()()()センパイよぉ〜! まったく……オレのアイスクリーム、解いてくれちゃったみてぇだなぁ」


 不敵な笑みを浮かべ、最前列に立つドルズの野郎が軽く銃を回した。

 そうだ。コイツのふざけた追跡スキルは解除したはずだ。それなのに居場所を突き止められたのは、間に合わなかったということなのか――とっさにハナを背へ庇うと。小さな指が、俺の薬指に嵌めた指輪に触れた。


「グライル……」

 

 きっとコイツは、俺との約束を守って、魔法を発動させないでいるのだろう。


「……ハナ」


 震える肩に、そっと手を置く。

 もう、「戦うな」とは言わない。


「二人で乗り越えよう」


 そう告げると、ハナの赤い瞳が丸くなった。瞳に詰まった小さな輝きが、しだいに強くなっていく。


「……私はもう兵器じゃない。『グライルの妻』、だから」


 鋭い眼差しとともに、紅の魔法陣が床に刻まれる。だが、その光はこれまでのように暴力的なものではなかった――戦場を焦土にする獄炎ではない。守るための力だ。


Ardete(アルデーテ)

 

 ハナは炎を手の中に制御し、静かに腕を構えた。


「グライル……制御するタイミング、教えてくれた。ハナ、もうできる」


 魔法武闘大会での経験が、こんなところで生きるとは――。


「やれやれだなぁ、2人だけで盛りあがっちゃってよぉ」


 ドルズが退屈そうに首を鳴らす。

 転生組の兵たちが銃を構え、引き金に指を掛けた、その瞬間――。


「待ちなさい」


 小さな部屋に響いたのは、聞き覚えのある声だった。全員が静まり返る中、金属の擦れるだけが響く。


「……お前は」


 屈んで扉をくぐり抜けてきたのは、つい最近見たばかりの大男だった。


「あっ。最後に戦った強いやつ」


 そうだ。魔法武闘大会で、ヤツはハナと決勝を戦い、なぜかわざと負けた男に違いない。


「師団長殿!」


 兵たちが揃って敬礼する中、「なぜ」が頭を巡っていた。

 軍ではいつも鉄仮面をつけているヤツの素顔を見たことはなかったが、まさか聞き覚えのある声の正体がシュティングルだったとは――。


「師団長殿、お身体の方は……突然いなくなられたので、我々は心配で!」

「もう平気です。しばらく不在にしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 やはり。ヤツはハーメル老人との戦闘がきっかけで、前世の記憶が蘇り、混乱していたらしい。

しかも転生組の連中との会話を聞く限り、シュティングルは行方不明になっていたようだ。


「……偶然、気晴らしに出場した大会で貴方たちを見つけることができました」

「それで軍に報告したってわけかよ……クソ」


 シュティングルの澄んだ目が、こちらを静かに見つめている。

『××……?』――ヤツが雪山のペンションで呼んだ、俺の前の名前が頭の中に響いた。


「……ここでは、魔導兵器を処分するのに狭すぎますね」


 シュティングルが低く言う。


「こんな古宿、潰しちゃっても何ら問題ないですよぉ、師団長殿。最終兵器ちゃんも、予定より2週間は生き延びたんだ。もう十分だろ?」

「予定……?」


 ドルズの空気が読めない軽口に対し、ハナが言葉を探すように唇を噛んだ。


「軍は……私を、処分しようとしてた……の?」


 こちらを見上げた瞳が、静かに震えている。


「ハナ、それは……」

「そういうことだよ兵器ちゃん? 平和になったこの国に、アンタはもう不要ってわけだ」


 これまで自分を利用してきた軍に裏切られた――震える肩には、魔法を発動する時の赤黒い光がにじんでいる。


「おい、ハナ……」

「……だ、いじょぶ……グライル、ハナは、ハナ」


 力の制御が乱れている。

 ハナの肩を抱きながら、ドルズの野郎を睨みつけると。ため息を吐いたシュティングルが、こちらへ背を向けた。


「このまま市中に置いておくのは危険ですね。場所を移しましょう」


 シュティングルの落ち着いた声に、兵どもは銃を構えたまま続こうとする。そんな兵たちを、ヤツは片手で制した。


「貴方たちは邪魔になるだけです。ドルズ一等兵も下がりなさい」

「お、俺もですかぁ?」

「下がれと言っている」


 珍しく威圧的な言葉に、ドルズの野郎は渋々ながらも後退した。


「……仕方ねぇですね」


 兵を下がらせたシュティングルは、再びこちらへ向き直った。


「さて、行きましょうか」


 まだ外の方が、逃げる機会はあるかもしれない――不安定に揺れるハナを連れ、シュティングルの後へ続いた。

 ヤツがまず向かったのは、もう二度と訪れるつもりのなかった兵舎。そこにある、国の高官のみが使用を許されている転移装置を使い、ヤツが導いたのは――。


凍氷町(アイシクル)……?」

「貴方たちと最初に対峙した時のことを思い出し、この地を選びました」


 シュティングルは冷静に語りながら、分厚い氷が張っている港の、さらに沖へと進んでいく。


「ここならば、誰の邪魔も入らない」


 シュティングルが振り返った。途端、ハナの肩が一気に燃え上がる。


「熱っ……!」


 お気に入りの服のことも構わず、細腕に燃え上がる煉獄の炎。それを目にするや否や、シュティングルは【シェイプシフト】と唱えた。

 氷を軋ませ、巨大化していく白銀の鎧。氷の地面がひび割れ、露出した海中に鋼巨人が沈んでいく――前にペンションで見た、10メートル級どころではない。腰まで海水に浸かってなお、見上げるような巨人に変身したヤツの剣は、鉛色の空を遮るほどの大きさになっている。


「……マジ、かよ」


【シェイプシフト】


 ヤツには到底及ばないが、俺のスキルも役に立たないことはない。水中を素早く動けるイルカに化け、ハナを背に乗せた。


『おいハナ、大丈夫か!?』

「アレ、倒すなら……ハナ、たぶんもう、ハナじゃ、なくなる」

『なっ……そんなのダメだ!』


 兵器としての自分を取り戻すだけではなく、完全に兵器として、人間の心を捨てる――そこまでの覚悟がなければ、ヤツは倒せないというのか。

 しかしこのまま遠くに行くことは不可能だ。ヤツがあの剣を一振りでもすれば、この身体は水面から飛び出る魚のように跳ね上げられてしまうだろう。


『……彼女は覚悟をしているようですが。貴方は?』

「……っ!」


 全身に響く、ビリビリとした声に胸まで刺された。


「俺は……逃げない」


 ハナと一緒に戦うと決めた。

 しかし、このままではハナが――動けずにいる間に、ヤツの巨大な手によって掬い上げられていた。


『逃げない。そう言ったのですね?』

『あ、ああ……そうだ!』


 このまま潰されれば、ひとたまりもない――それでもヤツは、鎧の奥で光る瞳をこちらへ向けるだけだった。頭を振り乱し、力の制御に苦しむハナを見つめている。


『さて、どうするのですか?』


 敵の手のひらの中。

 ハナは暴走寸前。

 俺はどうしたら――。


「うっぐぁぁ……グラ、イル」


 懇願するように、俺を見上げるハナと視線が合った瞬間。【シェイプシフト】を解いた。


「……ハナ」

 

 俺を信じてここまで来てくれたコイツを、俺も信じていたはずなのに。戦うか逃げるかなんて、もうどうでも良い。

 最期までハナが笑っていられるか――大切なのは、それだけだ。

 何の力もない、ただの人間に戻り、焼けるように熱い身体を抱きしめた。


「お前の好きなパンケーキ……食べに行かないか?」


 旅の始まりは、この町だった。


『結婚って、なに?』


 コイツが真剣にそう問いかけたのも、俺の悪癖のせいでコイツに悲しい思いをさせたのも。


「パン……ケーキ……」

「ああ、そうだ」

 

 気の良いレストランの夫婦がご馳走してくれた、パンケーキ。ハナはいつか、また食べたいと言っていた。


「……俺のも、半分やるから」


 皮膚の感覚がなくなるほどに熱い――それでも、ただじっとハナを抱きしめていると。

 小さな身体に滾っていた魔力が、ふっと収束した。宙に舞い上がっていた長い銀髪が、さらさらと降りていく。


「……ハナ」

「グライル……ハナ、何でもいい。一緒なら、なんでも」


 巨人の手のひらが、ゆっくり閉じていく。

 このまま潰されるのか――満点の笑顔を浮かべるハナを前にしながら、やけに冷静に、他人事のようにそう思った瞬間。


『私もご一緒してよろしいですか?』

「は……?」


 巨人は俺たちを手に乗せたまま、ゆっくりと歩き始めた。港の方へ向かって。

 

「……こいつ、何考えてんだ?」


 巨人は俺たちを、ヒヨコを扱うかのように、そっと地面へ下ろした。すると仰々しい鋼の巨体が、溶けるように崩れていく。


「……おい、アンタ――」

「おごりますよ」


 有無を言わさず、といった調子で微笑み、シュティングルのヤツは先にレストランへと向かっていく。


「……どういうこと?」

「……さぁな」

 

 分からない。

 ついさっきまで、俺たちを殺す気満々だったヤツが、突然「ご一緒しても?」と言い出すとは――ハナと顔を見合わせながら、ヤツの後を追うことにした。

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