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妹からの手紙

姉は、絵本の中に手紙が挟まっていた事を知らないのです。


「もしかして、あの商人の方お母様の知り合いだったの?」

「いいえ。今日、初めて会った方です。」

「だったら、どうして?焼き菓子を買うと言っても、お金も無いのに・・・。」


姉の手が悔しそうに、膝の上で握りしめられました。


「お母様・・・。アルベルティーナ様とは、どなたなの?」

「・・・。」

「手紙を受け取ってたわよね?」

「手紙?」

私の言葉に姉が不思議そうな顔をしました。


「私の妹です。」

「「妹⁉︎」」


私と姉の声が被りました。


「お母様、妹がいたのですか⁉︎」


姉がいたという話は聞いた事がありますが、妹がいたなどという話は初耳でした。


母は両親が、かなり年をとってから生まれた子供です。その為、私が生まれた時にはもう二人共亡くなっていました。


四歳年上の姉がいたという話は聞いた事がありますが、私が幼い頃に亡くなられたとの事で私はよく覚えていません。馬車の事故で夫と共に亡くなったのだそうです。子供はいなかったそうなので私には従兄弟という存在がいません。父も一人っ子だったので、父方の従兄弟もいないのです。


「妹さんは、ヒンガリーラントで暮らしておられるの?」

「ええ、そうよ。私はね。両親の実の子供ではなかったの。実のお母様は私が十歳の時に亡くなって、その後養父母の子になったのです。妹は、腹違いの妹なの。」

「・・そうだったの。じゃあ、馬車の事故で亡くなったお姉様という人は?」

「エリカお姉様は父親も母親も同じ血のつながった姉妹です。お姉様が結婚して家を出る時私を連れ出してくれて、お姉様の結婚相手の両親が私を養女にしてくれたのです。妹は、私が家を出た後に生まれたので、実のところ実の父の葬式でしか会った事がないのです。」



「その後もアルベルティーナ叔母様と疎遠だったのは、叔母様がヒンガリーラントに嫁がれたからなの?」

私が聞くと、母は複雑な表情で微笑みました。


「違うの。私は元々ヒンガリーラント人なのよ。」


「「えーっ!」」

と再び私と姉の声が揃いました。衝撃のカミングアウトです。


「エリカお姉様は、ブラウンツヴァイクラント人と恋に落ちて結婚を決意されました。でも、軍人だった父はブラウンツヴァイクラントが嫌いで結婚に猛反対したのです。お姉様は家族との縁を切って結婚しました。私はお姉様の味方をして、お姉様について行ったんです。それで兄弟達と疎遠になったのです。」


「『兄弟達』って、他にも弟や妹がいるのですか?」


「弟や妹はいませんが、兄が三人いました。」

まさかの兄!しかも三人‼︎


「ご健在なの?」

「いいえ、もう三人共亡くなっています。」

「どうして?って聞いてもいい?」

「かまいませんよ。次兄と末の兄は海軍の軍人で任務中に亡くなりました。次兄は風土病になり、末の兄は乗っていた船が沈没したのです。長兄は病気です。」

「病気で若死にされたの?」

「そこまで若くはなかったですけどね。亡くなったのは数年前で、長兄は腹違いで私よりだいぶ年上でしたから。」


あれ、また腹違い?


もしかしてお母様は、愛人の子供とかだったのでしょうか?それで、家族と不仲で他家に養女に行ったとか?


「二番目のお兄様と三番目のお兄様ともお母様が違うのですか?」

「末の兄とは同母です。父の最初の妻が、長兄と次兄を生んで、次兄を生んだ時産後の肥立が悪くて亡くなられたので、父は私の母と再婚しました。その後、母が兄と姉と私を生んで病気で亡くなり、父はまた再婚して妹のアルベルティーナが生まれたのです。」


別に、愛人の子供ではなかったようです。


「末のお兄さんの事だけでも話してくれたら良かったのに。」

「説明が難しかったから。ブラウンツヴァイクラントは内陸国で海が無いから、海軍の軍人で、船が沈没して死んだと言ったら奇妙に思えるでしょう。それに、ライムントお兄様の事は本当に辛かったのです。ライムントお兄様の遺体はついに見つかりませんでしたから。ある日船出をして一月後に戻って来ると笑顔で言って、そのまま永遠に戻って来なかったのです。

船が沈没したのだろう、というのも推測で証拠も何もありません。最初の一年間は、何事も無かったようにふらっと戻って来るのでは?という希望が捨てられませんでした。そして何年経っても、無人島に漂流してそこで暮らしているのではないかしら、とか、海賊に捕まって他の大陸に売られてしまったのかも、と考え続けました。そして今でも、記憶喪失にでもなって、それでもどこかで生きていてくれるのでは?という希望が捨てきれないんです。遺体をこの目で見なかったから。」


私は胸を押さえました。


今なら、母の気持ちが痛いほどにわかります。ライルお兄様が今、行方不明だからです。

このままずっと会えなかったらどうしよう。そう考えるだけで、胸が潰れるようです。


生きているかどうかもわからない。永遠に会えないかもしれない人を待ち続けるのはどんなにか辛い事でしょう。でも、どんなに辛くてもきっと、心の奥底で諦める事ができずに生きていくのでしょう。


「大切なお兄様だから話してくれなかったんですね。」

と私は言いました。


「手紙はいつ届いたのですか?」

と姉が聞いたので


「絵本の中に挟んであったのよ。」

と私が答えました。


「どういった内容だったのですか?」

と姉が聞きます。


「見ますか?」

と言って、母は着替えを入れたカバンの中から手紙を取り出しました。姉がすぐに手紙を広げます。


今、馬車の中では私と姉が隣同士に座り、その向かいに母、母の左右にニルスとベルダが座っています。私は姉の広げた手紙を覗き込みました。



『愛するお姉様』

という文章で手紙は始まっていました。


『水もぬるみ、南から鳥達が戻って来る季節になりましたね。先日、縁あって、お姉様が湖水地方にいらっしゃる事を耳にしました。お姉様の嫁ぎ先であるブラウンツヴァイクラントで、大きな騒ぎが起きている事は、世情に疎い私の耳にも入っています。私もカロリーネ叔母様も大変心配しております。カロリーネ叔母様は、齢も80歳を超え、最近ではめっきりお体が弱られました。お姉様。一度、王都に叔母様の見舞いにお越しになられませんか?お姉様やお姉様の家族の顔を見ればきっと、叔母様も喜ばれると思うのです。お姉様にも事情があるかと思います。それでも、もしお気持ちが動かれるようでしたら、この手紙を持参したレーリヒに何でも相談してください。彼は全面的に信頼できる人間です。私もお姉様にお会いしたいと思っています。急に思い立ってとった筆ですので、乱筆乱文である事をお許しください。

貴女の妹より』

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