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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第3章 シュテルンベルク領の領都

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領主の帰還(1)

『オムレツ事件』から5日が経ちました。


その間、私達は毎日自分達で作った料理を食べていました。料理人を皆謹慎させていたからです。

他の使用人や騎士達にも、食事は自分達で作るか買うかするよう指示を出しました。下宿屋を経営していたので母も私もそれなりの料理は作れます。食材は潤沢に食糧庫にそろっています。ニルスやクオレは、久しぶりに食べる母の手料理をむしろ喜んでいました。

騎士達には時々手料理を振る舞いましたので、何人かの騎士達とは少し距離が近くなったような気がします。


そんな5日目の午後、王都から早馬が到着しました。使者はリヒャルト様からの手紙を持っていました。リヒャルト様とコンラート様も数日中に領地に到着するそうです。

手紙は家令宛のもので、大変な怒りの文言もんごんが書かれていました。『犯人には厳罰を持ってあたる』とも書かれていて、家令も地下牢に捕えられている侍女達も震え上がりました。

その手紙が届くまで侍女達は、リヒャルト様なら自分達を許してくれる。横暴に振る舞う客人達をむしろ罰してくれる。と信じていたのです。


「あんたのせいだ!」

「伯爵様は私のお願いなら何でも聞いてくれるって言ってたくせに!」

と、地下牢の中で侍女達は聞き苦しい罵り合いを始めたそうです。


侍女達は侍女達で落ち着かない状態でしょうが、私も別な意味で落ち着かない気分でした。

5日前にジークルーネ様から『大切な話』を聞かされて、それ以来どんな顔をしてリヒャルト様に会えば良いのか悩んでいるのです。

というか、普通の顔をしていれば良いわけなのですけれど、そんな顔ができるかが不安なのです。


「王都の様子はどう。変わりない?」

とジークルーネ様が使者に質問しました。


「大変な騒動がありました。」

「何?」

「王太子殿下が王太子の地位から退けられ、第二王子殿下が新しい王太子となられました。」

「そういう重大情報は、聞く前に教えてくれないかなっ!」

くわっ!とジークルーネ様が使者を怒鳴りつけました。


「王太子が交代って何があったのですか?反乱ですか?」

私もびっくりして聞き返しました。


「いえ、国王陛下の決定です。ただ、まだ詳しい情報は公表されておりません。というより、伯爵様が13議会のメンバーなので、当家には情報が入っただけで、知らない貴族はまだ知らないと思います。今後何らかの公式発表はされるでしょうが、それがある前に自分が王都を離れたものですから。」


使者の騎士は恐縮してそう言いました。


王太子が交代って・・・。大事件ではありませんか!


そんな中、リヒャルト様は領地に戻って来て大丈夫なのでしょうか?


新しく王太子になられた第二王子殿下は、リヒャルト様と私の従妹、エーレンフロイト家のレベッカ様と婚約をしておられるのです。この事件はシュテルンベルク家にも大きな影響を与えるのではないでしょうか?


私はますます落ち着かない気持ちになりました。


そして翌日。リヒャルト様とコンラート様が領地に到着なさいました。



私と母とジークルーネ様は、家臣や騎士達と共に門の側に立ってリヒャルト様とコンラート様を迎えました。


コンラート様は馬から降りると、すぐさまジークルーネ様に駆け寄り

「ルネ。!」

と言って、強く抱きしめられました。


全家臣達にすごい衝撃が走りました。後から聞いた話ですが、コンラート様は誰に対しても塩対応な方で、こんなふうに人前で愛情を表現されるような方ではなかったそうです。


そして動揺しているのはジークルーネ様ものようで、しばらくの間手があっちこっちに泳いでおり、だいぶ経ってからコンラート様の背中に手を回しておられました。ジークルーネ様。意外に初々しい方なんですね。


そんな二人を生温かい目で見つめた後、リヒャルト様は私と母の側に寄って来られました。


「来てそうそう大変な目に遭いましたね。二週間くらいは膠着こうちゃく状態が続いてくれるかと思っていたのですが。」

「お呼びたてして申し訳ありません。王都も大変な状況という中で。」

と母が頭を下げます。


「それは構いません。むしろ王都にいない方が余計な事に巻き込まれずに済むから良いのです。それにジークルーネの暗殺未遂事件より重大な事は我が家にはありません。」

と言った後リヒャルト様はロベルトの方をにらみました。


「大変な騒ぎを起こしてくれたな。」

「申し訳ございません。しかし・・。」

「しかし?何だ?」

「暗殺未遂というほど大きな騒ぎではないのです。無論、騒ぎを起こした者は愚かでしたが・・・。」

「ジークルーネ姫がノコギリで斬りかかられた事が『大変な騒ぎ』ではないというのか?」

「それは・・そちらは無論大変な騒ぎです。」

ロベルトがハンカチで汗を拭きながら答えます。


「その話は既に王都でも広まっている。ジークルーネ姫の義理の兄となられるクラウス殿下と、姫の友人であるエリザベート公女様から、詳しい報告を求められた。休んでいる暇は無い。すぐに罪人の申し開きを聞く。連れて来い。」

リヒャルト様は即刻、そうお命じになりました。

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