大切な話
「昨日カミルがそう言っていたし、アルスリーアもそういう噂があるって言ったわ。お相手はどういう方なの?」
と私は質問しました。
「私も直接お会いした事は無いし、噂で聞くだけの相手ですが。」
「うん。」
「なかなかの事故物件のようですよ。」
「・・事故物件?」
「お名前はクラウディア殿下。年は・・まあ30代ですね。国王陛下の異母妹になられる方です。」
「初婚・・ではないわよね?」
「アズールブラウラントの王族と結婚されてて、伝染病が原因で死別しました。それで、ヒンガリーラントに戻って来られたわけですが、亡き夫を偲んでずっと独身でいようという気は全く無い方のようです。若くてハンサムで爵位と金と権力を持っている男と再婚したいと強く願っているようですね。で、そのターゲットにされているのがシュテルンベルク伯爵です。そもそも爵位を持っていて尚且つ独身、という男性は限られていますから。」
「そう、王女殿下が降嫁されるなんて素晴らしいわね。」
「素晴らしくなんかないですよ。シュテルンベルク伯爵が再婚して後妻との間に男の子が生まれたら、コンラートが暗殺されてしまうかもしれないんですよ!後妻は自分の子供を跡取りにしたいだろうし、王族は王族の血が流れる男子を後継者にしたいはずですから。だから、伯爵は王女との結婚など絶対お断りしたいのに、王族が権力を振り翳して我儘高飛車女を押し付けようとして来ているんです。」
王族の耳に入ったら、不敬罪に問われそうな発言です。
「リヒャルト様は王女様とは再婚したくないっていう事?だったら、他の女性と急いで結婚したら良いのではないの?」
そう言うとジークルーネ様はニヤリと笑いました。
「そうですね。リナさん、結婚してあげたらどうですか?」
「私⁉︎私なんてそんな。もっとリヒャルト様には相応しい女性がいっぱいいるでしょう。もっと身分が高くて財産があって。」
「そういう女は、コンラートを排除して自分の子供を跡取りにしようとするから駄目なんですってば。求められているのは、貴族社会のルールはそれなりに知っているけど伯爵の前妻より身分が低くて、コンラートと仲良くやっていけそうな人ですよ。事実上リナさんかレスフィーナの二択でしょう。」
ええっ!
と思いましたが、確かに私なら身分は低いです。というより難民なわけですから、最底辺です。
子供ができずに離婚させられたわけですから、後継者問題で揉める事もありません。そしてコンラート様とは、それなりに良好な関係を築いていると思います。
だけど、突然そんな事を言われても!
「伯爵は生理的に無理!って感じですか?」
「そんな事はありません。だけど急に言われても。」
「あの激ニブのレベッカでさえわかっている事を、リナさんだけがわかってないっぽいので、私が敢えて言わせてもらったんです。結婚を拒否するならするで、リナさんはこれからの人生をどう生きるかを考えなきゃいけませんしねえ。」
「え?」
「結婚を断った相手とリナさんは同じ屋敷で暮らし続けられるんですか?それに、クラウディア殿下にしろレスフィーナにしろ、伯爵と結婚したら、ライバルだったリナさんを屋敷から追い出すと思いますよ。」
「・・・・。」
それは確かにそうでしょう。
私はショックで呆然としてしまいました。ブラウンツヴァイクラントから命からがら逃げて来て、ようやく安心できる『家』にたどり着いたと思っていたのです。リヒャルト様は勿論、オイゲンもヨハンナもコンラート様もとても優しくて、やっとこれから幸せになれる。と、そう信じていました。だけど、リヒャルト様が他の女性と結婚したら私はその幸せを失ってしまうのです。
そうなったらティナーリア様達を頼る事になるでしょうが、ティナーリア様達の立場も不安定なものです。
私達は未だ、薄氷の上に立っている存在なのです。
リヒャルト様に結婚なんかしないで欲しい。と思います。だけど、それは無理な願いです。王室から縁談が持ち込まれれば伯爵家に拒否する事はできません。
迫り来る変化が怖くて私は膝の上で手を握りしめました。そんな私にジークルーネ様が追い討ちをかけます。
「タイムリミットは、目の前ですよ。クラウディア殿下の前夫の母国アズールブラウラントでは、夫の死後一年以内に妻が婚約や再婚をすると妻は死んだ夫の遺産が受け取れません。だから殿下は再婚を一年は待つはずです。そして、来月の七日でちょうど夫が死んで一年です。子供を生む為には一日でも早く結婚をしないとですからね。クラウディア殿下はすぐさま行動を起こすでしょう。クラウディア殿下との結婚が嫌ならその前に伯爵は誰かと婚約しなければなりません。
私としては『お義母様』と呼ぶのなら、リナさんが一番嬉しいですけどね。」
「あ・・ありがとう。・・でもコンラート様はどう思っておられるのかしら?」
「コンラートは腹芸をしたり二枚舌を使ったりするタイプじゃありません。リナさんの目に映る姿がコンラートの真実です。」
そうでした。そして私はたぶんルートヴィッヒ王子よりはコンラート様の中で好感度が高いと思います。
恥ずかしくて顔が赤くなるような、将来が不安で顔が青くなるようなぐちゃぐちゃな気分です。
「伯爵はリナさんとレスフィーナを直接会わせて、二人がどう反応するか、どちらがより高潔に行動し、どちらがより醜く行動するかを見たかったのではないですかねえ。趣味が悪いですよね。」
と言ってジークルーネ様がくすくす笑います。リヒャルト様は、侍女長一派とジークルーネ様だけでなく、私の事もぶつけてみたいと思っていたようです。
私は冷静になって、今の話を反芻してみました。
リヒャルト様の前には、三つの選択肢があります。
王女殿下と無理矢理結婚させられる未来。
レスフィーナと結婚する未来。
そして私と結婚する未来。
です。
時間さえあれば選択肢も増えるのでしょうが、時間は無いのです。
そして、王女殿下がリヒャルト様の後妻になると私はシュテルンベルク邸を追い出されます。コンラート様にも身の危険が及びます。コンラート様の婚約者であるジークルーネ様も同様でしょう。
レスフィーナが後妻になれば、やっぱり私はシュテルンベルク邸を追い出されます。母やアリゼも追い出されるかもしれません。アルスリーア達の状況も変わらなくなるでしょう。レスフィーナとコンラート様との関係は未知数ですが、ジークルーネ様とは上手くやっていけるとは思えません。コンラート様がジークルーネ様の味方をすればコンラート様との関係も緊張したものとなるでしょう。
なら、私が結婚したら?
当然私は、シュテルンベルク邸にいられます。母や兄夫婦もです。コンラート様やジークルーネ様とも仲良く暮らせると思います。騎士団や王都の使用人達ともそれなりに上手くやっていけると思います。田舎の使用人はかなりの数を解雇する事になるかと思いますけれど。
つまり私は、リヒャルト様の妻になれれば今と同じ生活を享受できますが、できなければ居場所を失うという事です。
そんな大切な情報、急に言われても!
リヒャルト様と結婚する。その未来を想像し、急に顔が熱くなって来ました。そして、ここが王都の屋敷でなくて良かったと思いました。
今はとてもリヒャルト様と恥ずかしくて顔を合わせられそうにありません。
リヒャルト様に何か言われたわけでもないのに、考えが先走りすぎだと思います。私が選ばれる可能性は三分の一か、それ以下なのです。
何か言われてから考える事にしよう。何も言われない可能性もあるのだから。
そう思いました。
そうよ。全く別の人が花嫁に選ばれるのかもしれないし。
そう思いつつ。私は自分の運命が良くも悪しくも変わるのに時間がもうあまりないのだ。という事を考えずにはいられませんでした。




