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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第3章 シュテルンベルク領の領都

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田舎の論理(1)

結局、騒動のせいで朝食を食べられず、私達は昨日の残りのサンドイッチを食べて済ませました。料理人を全員自室で謹慎にさせたので、昼食以降は何か対策を考えねばなりません。


私はジークルーネ様に割り当てられた部屋に向かいました。部屋の前の廊下に騎士のアルスリーアが立っています。


「アルスリーア、少しいいかしら?」

「何でしょうか、リナ様?」

「立ち話するような内容ではないから、私の部屋に来てくれる?」


アルスリーアは素直に私について来ました。

部屋に入り、ソファーに座るよう勧めましたがアルスリーアは固辞しました。ドアの側に立っている先輩女性騎士のセラの顔色をうかがっているようです。


「さっきは大変な騒ぎだったわね。」

「・・はい。驚きました。」

「本当に?」

と私は聞き返しました。


「アルスリーア。私はね。世間的に見ればまだ『世間知らず』と呼ばれる年なのだと思うわ。だけれども、田舎の論理というものについては骨身に染みて知っているのよ。」

「・・・・。」

「あなたはその中にあって異質なの。田舎の人間は同調圧力を跳ね除ける事は絶対しないし、周囲もそれを許さないの。彼らにとっては、都会からやって来てすぐに戻って行く権力者など、適当に機嫌をとってさえおけば良い存在で、何よりも恐るべくは田舎の上位者。それに睨まれたら田舎での生活は立ちいかないのよ。なのにあなたは、騎士団の人間が大恥をかいた時点で、恥をかかせたジークルーネ様にすり寄った。ジークルーネ様や私が領地からいなくなった後の安全の保証が無いのによ。その事から考えられるのは、あなたにとっての『上位者』が騎士団ではなく別な相手であるという事。こんな田舎に権力体系が幾つもあるはずがないわ。ようするに、あなたにとっての上位者は侍女長一派という事ね。あなたは、レスフィーナの指示でジークルーネ様に近づいたのね?」


「違います!私、ジークルーネ様の強さに本当に憧れて・・。」


「レスフィーナみたいな女は私、間近でよく見て来たわ。田舎の人間関係では頂点にいて、自分では指一本動かさず口も動かさず、視線だけで下の者を思い通りに操る女。私、カミルが打ち負かされた時レスフィーナがどう反応するか見ていたのよ。悔しそうにするか、手強い相手がやって来たと警戒するか?レスフィーナはあなたを見つめて、あなたは即座に護衛騎士になりたいと名乗りをあげたわ。私自身、結婚していた間田舎で周囲の空気を読む事に腐心していたから、あなたの反応がよく理解できるの。それで、レスフィーナからはどんな指示を受けていたの?ジークルーネ様が寝ているところを襲いかかって殺せとでも言われていたの?」

「違います!・・ただ、怪しい動きがないか報告しろって。それと、オムレツを毒見して腐っていないフリをしろと。」

「つまりあなたはオムレツが腐っている事を知っていたのね?」

アルスリーアは蒼くなってうつむきました。


「ジークルーネ様が毒見役をあなたからロベルトに代えたのは、あなたを信頼していなかったからよ。それでもあなたはジークルーネ様に感謝するべきだわ。あなたが毒見をして安全だと言った物がそうでなかった。となったなら、あなたは今頃画策したレスフィーナ達と一緒に地下牢の中よ。ジークルーネ様は毒見役を代える事で、信頼のおけない人間である事がわかっていたあなたを守ったの。」

「・・・・。」

「それは昨日、木こり達からジークルーネ様を守ろうとしたあなたを根っからの悪人ではないと思ったからかもしれないし、継母や王族達、上位者の圧力を跳ね除ける事ができない自分自身と重ね合わせて、立場の弱いあなたに共感したからかもしれないわ。だけど、私はあなたが信用できない。あなた自身はどうなの?あなたの大切な人の側に『あなたのような人』がいて信用できる?」


「申し訳・・ありません。申し訳ありません。だけど、レスフィーナ様には逆らえなかった。私の父親はマデリーナ様の夫の親族です。私には病弱な母と幼い弟がいて、この街を出て行く事も王都へ行く事もできません。この街で暮らしていく以上レスフィーナ様には絶対逆らえなかったのです。」


それを『弱さ』だという気はありません。田舎はそういう所なのです。コミュニティーが全てで、そこから外れる者は徹底的に排除されます。ひどく迫害されるかあるいは村八分にされ、やがて追放されるのです。


田舎では、『下』の者にとって『上』は全て同じ存在です。家令も領主も国王も大差がないのです。

そして『上』の人間は、権力を振りかざし、もてはやされるうちに自分より上の人間がいる事を忘れます。自分自身が万物の頂点であると思い込み、自由に欲望のままに行動する事が当然になっていきます。


ここは典型的なそんな土地です。領主がまるで帰って来ず、王族の行幸など無い土地でレスフィーナは自分をまるで王女のように思っていたのでしょう。そしてまた、周囲も同様に思っていたのです。


「ジークルーネ様の強さに憧れました。それだけは本当です。」

アルスリーアは泣きそうな目でそう言いました。


「あなたの他にレスフィーナの手足になりそうなのは誰?」

「・・・・。」

「レスフィーナは地下牢にいるけれど、忠義者がレスフィーナの目や手になる可能性はあるわ。そうである限り、私もだけどジークルーネ様の安全も無い。レスフィーナの為に動きそうなのは誰?」

「そんな人思いつきません。皆、レスフィーナ様の事を恐れていて心の中では好きではなかったから。」

「レスフィーナが立場を取り戻した時の為に、恩を売っておきたいという者はいるかもしれないわ。立場を取り戻す事なんか絶対無いけれど。」

「・・そうなのですか?でも、伯爵様が。」

「たとえリヒャルト様が許したとしても、リヒャルト様の『上位者』が許さないわ。ジークルーネ様の背後には、父親であるヒルデブラント侯爵や親友のエーレンフロイト侯爵令嬢がいるの。彼らが許さなければ、リヒャルト様は従うを得ない。リヒャルト様の事をものすごく偉い人と思っているのかもしれないけれど、社交界にはリヒャルト様より上位の人なんかうじゃうじゃいるし、そして社交界もまた小さく狭い『村社会』なのよ。」

「・・侍女もメイドも皆レスフィーナ様の手下です。レスフィーナ様やマデリーナ様の言う事を聞かない使用人は皆、領館を追い出されましたから。領地からさえ石もて追われた人もいます。使用人達全員がレスフィーナ様に恩を売れるものなら売りたいと思っているはずです。」

「問題の根は深い。という事ね。」


「レスフィーナ様は、自分は伯爵様と結婚して伯爵夫人になるのだと言っていました。そして皆それを信じていました。だから、皆彼女には逆らえなかったんです。」


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