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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第3章 シュテルンベルク領の領都

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朝食(2)

食堂に他の部署の使用人や騎士達も集まって来ました。


何が起きたのかと皆、騒然としています。

わかっていない者もいるようでしたので、お母様が全員に


「ジークルーネ様に出された料理が腐敗していたのです。」


と説明しました。


「あーあー、料理長やっちゃったか。食材の管理怪しかったからな。」

「人のアドバイス聞きゃあしねえしな。」

「料理長遂に交代かー。」


そんな囁きが聞こえて来ます。面白がっているような声さえ聞こえて来ます。


「こんなはずがない!自分がこんな失敗を犯すわけがない。こんな事があるわけがない!」

料理長が真っ赤になって怒ります。普段から料理長に大声で怒鳴りつけられているのでしょうか?その大声に震えている若い子も何人かいます。


「料理長。あなたは、料理を全て同じ皿に盛り付けたのですね。」

と母が問いただしました。


「ああ、そうだ!い、いえ、そうです。自分は全部同じ皿に。」


遂にボケたか。

というような声が聞こえて来ます。


よりによって客人に。

でも、これであの老害がどうにかなるかもしれねえじゃん。


声の主は嬉しそうです。


しかしここで、料理長を擁護する声が聞こえて来ました。


「その皿は、騎士用の物です。客人に出す料理が盛られているのはおかしいです。」

そう言ったのはカミルです。


「サビーネ。おまえ、使用人用の厨房でオムレツ作ってたよな。あれ、どうしたんだ?今朝の朝食にオムレツが出なかったから変だな?と思っていたんだ。」


カミルがそう言うと、皆の視線が集中した若いキッチンメイドが蒼くなって震え始めました。


「わ、私、そんな。カミルさんの勘違い・・・。」

「レスフィーナ様や、オリガやキルファ達もそれを見てただろ。」


私達付きになっている三人の侍女達の名前です。『達』という事は更に複数人の人間が見ていたのでしょう。


「サビーネ。」

と母が厳しい声で言いました。


「あなたが、料理を入れ替えたのですか?」


サビーネはレスフィーナをちらっと見ました。そんなサビーネをレスフィーナが睨み返します。


「わ・・わた・・。」

「私の目を見て答えなさい。あなたは、極刑に処されてもおかしくない大罪を犯したと告発されているのよ。」

母の言葉にザワっ!と皆が騒ぎました。


「ノエライティーナ様。大袈裟な事を言って無知な者をからかうのはおやめください。あまりにも悪趣味ですわ。」

あきれたような声でレスフィーナが言いました。


「黙りなさい。無知なのはおまえです。ジークルーネ様は国王を曽祖父に持つ筆頭侯爵家の姫君。私やリナやリヒャルト様よりも遥かに上位の身分なのです。おまえは同じ失敗を国王陛下や王太子殿下にしても許されると思っているの?」


サビーネとオリガとキルファが真っ青になってごくりと息を飲みました。


「しかも、この件は過失でも事故でもありません。誰かが悪意を持って腐敗した食材でわざわざ料理を作って事件を起こしたのです。卵で起こる食中毒は、食中毒の中でもとりわけひどい、という事を知らなかったのですか?死亡事故も年に何件も起こっているのですよ。卵料理をすり替えた者は、客人として領地に滞在していた大貴族を事実上毒殺しようとしたのです。極刑にされて当然です。」


「私、そんなつもりじゃ!」

とサビーネが叫びました。

「ただ、レスフィーナ様に言われて!」

「何を言っているのかわからないわ。」

とレスフィーナが言いました。


「そんな!レスフィーナ様が、騎士団やコンラート様に恥をかかせたあの女を懲らしめてやろう、って言ったから。だから昨日の夜のうちに卵を盗み出して、わざとヒビを入れて腐らせて、それで今朝になって・・・。」

「私は知らないって言っているでしょう。罰が怖いからと言って嘘をつくのはやめてくれるかしら。」

レスフィーナが手を頬に当てて大きなため息をつきます。


その様子を見て、サビーネは目に涙を溜めて黙り込んでしまいました。


「サビーネだけに責任を押し付けるのはやめろよ。おまえ達みんな調理用ストーブを取り囲んでいたじゃないか⁉︎」

とカミルが言いました。


「そうだよ、俺も見たぞ。」

「俺も。」

何人かの騎士達が言い出しました。使用人サイドは貝のように沈黙しています。


「私も見ましたよ。」

と母が言いました。

「朝、目が覚めて屋敷の状況を確認したくて、いろいろな場所を見て回ったのです。」

「嘘だわ!」

とレスフィーナは叫びました。


「私が朝のお支度に行った時、まだあなたは寝巻きで室内にいたもの。そんなはずない!」

「私はこの屋敷で育ったのですよ。使用人如きでは知らない隠し通路や覗き穴の存在を知っています。それを使ったのです。」


レスフィーナが真っ赤になりましたが、それは恥ずかしさではなく怒りの為のようです。田舎の領地で王女のように尊大に振る舞い他者に『様』付けで自分を呼ばせていた身の上です。『使用人如き』と言われたのが屈辱なのでしょう。

勿論、母はレスフィーナの失言を狙っているのでしょう。わざと、そう言ったに決まっています。


「ヒンガリーラントでは、改悛しない殺人未遂犯は死刑と定まっています。今のうちにジークルーネ様に言っておく事があるのではないですか?」


「お許しください!私、そんなつもりではなかったのです。」

サビーネが土下座してジークルーネ様に謝罪しました。


キルファは、蒼い顔をしてジークルーネ様とレスフィーナを交互に見つめています。しかしオリガの方は

「お許しください。レスフィーナ様に言われて仕方なく・・。」

と言って頭を下げました。


「騎士団長。」

と、母は後方にいた騎士団長に言いました。


「サビーネとレスフィーナ、オリガとキルファを地下牢に入れ取り調べなさい。それと料理長もです。厨房を管理する者として食材の管理を怠った事は重い罪です。他の料理人は自室にて軟禁するように。」


「お待ちください。そんな地下牢など。経験の足らぬ娘達がした事です。私からも厳しく諭しておきますので、どうか寛大な措置をお願い致します。」

と侍女長が言いました。その侍女長を母は睨みつけました。


「マデリーナ。あなたには失望しました。あなたはこの屋敷の上に立つ者として、過ちが起こらぬよう目を配り、厳しく監督をしなくてはならなかったのです。それをおこたったばかりか、自分の監督責任を謝罪する事もなく罪人を擁護しました。あなたは、上に立つ者として平民の木こりにも劣る存在です。あなたの侍女長としての職を解任します。次の指示があるまで自室に待機しなさい。」


「な!そんな事リヒャルト様が何と言われるか⁉︎」

「私はリヒャルト様から直々に『青鷹の間』の鍵を預かった立場です。指示に従いなさい。」

「・・・・。」

「この件はリヒャルト様に報告し裁定を頂きます。いいですね。」


お母様がそう言った途端、うつむいていたレスフィーナは冷ややかに笑いました。リヒャルト様なら自分達の味方をしてくれる。それを確信している顔です。


今日の騒ぎは、長く尾を引きそうです。そう感じました。


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