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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第3章 シュテルンベルク領の領都
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騒動(3)

一瞬、時が止まりました。


何が起こったのか咄嗟に理解できず、ジークルーネ様以外の全員がポカンとしています。


しかしそれは『一瞬』の事。


「てめえ、このクソガキが!」

と叫んで男が自分の腰に下げていた皮袋に手を伸ばしました。そしてそこから、ノコギリを取り出しました!


剣やナイフならともかく、ノコギリを標準装備している人というのを初めて見ました!


「キャアアアアーッ!」

ロッテさんが悲鳴をあげました。私も恐怖で腰が抜けそうになりました。剣で斬られるのもとても痛いでしょうが、ノコギリで怪我をするのはそれ以上です。というより、きっと死ぬでしょう!


男がノコギリを振り上げた途端、足をもつれさせました。随分と酔いが回っているようです。その間にジークルーネ様は首に巻いていたスカーフを解きました。

昼間、カミルさんを攻撃するのに使った、濃紫色のロングスカーフです。


ジークルーネ様はスカーフを天井に向かって伸ばしました。スカーフははりを越えてから下に伸び男の首に巻き付きました。


ジークルーネ様がスカーフを引っ張れば、男は文字通り吊し上げられます。


でも、どう考えても無理です。岩のように筋肉質な男です。おそらくジークルーネ様の体重の二倍以上あります。思いっきり引っ張ったって吊し上げられるわけがありません。

と思っていたら。


急にジークルーネ様に抱きつかれました。ジークルーネ様は右手でスカーフを握っているのですが、左手で私を抱き寄せたのです。そして私を抱きしめたままさっきまで座っていた椅子にジャンプ。と思ったら更に椅子から床にジャンプ!

その時、床に達していたスカーフの端をジークルーネ様は踏みつけました。

私とジークルーネ様二人分の体重がスカーフにかかります。勢いをつけて飛び降りた為男の爪先が宙に浮きました。男が、吊し上げられたのです。


「※※※※※!」

男が凄まじい悲鳴をあげました。ノコギリが床に落ち、男が首を掻きむしります。


もっとも、それは一瞬の事でした。たぶん私達二人分の体重を足しても男の体重に達しなかったのです。ジークルーネ様の足元がよろけ、男の足が床に着きました。ジークルーネ様が足をスカーフから離すと男は、ドサっとうつ伏せに倒れました。どうやら失神したようです。


「兄貴!」

「ニド!」

と他の二人の男が叫びました。『兄貴』の名前はニドと言うようです。


「てめえ、よくも兄貴に!」

別な男が拳を振り上げます。私とジークルーネ様の前に抜剣したセラが立ち塞がりました。更に走り込んで来たカミルさんがもう一人の男に飛び蹴りを喰らわせました。


店内はカオスです。


怒号に悲鳴。椅子の倒れる音、皿が割れる音、他の客が走って逃げる音。凄まじい騒ぎになっています。


「アル!リナ様とクマ女を連れて逃げろ!」

とカミルさんが叫びました。こんな状況ですがカチンと来ました。クマ女だなんて失礼です!


「ジークルーネ様逃げましょう!」

とアルスリーアが言います。ジークルーネ様はカウンターの上に金貨を三枚置きました。

「迷惑料だ。」

そう言ってテイクアウトしたサンドイッチをつかみジークルーネ様は出口に向かいました。私もセラに守られながら出口に向かいます。


「待てー、てめえら!」

と背後から声が聞こえました。でも、勿論待ちませんでした。


そうして私達は店の中から離脱しました。




「何をやっているのですか、あなたはーーっ!」


30分後。私とジークルーネ様はカミルさんに怒鳴られていました。

カミルさんの右頬は腫れあがり、紫色のアザができています。四人いた仲間の騎士は二人重傷を負っていて、現在治療中だとか。


「アル!おまえもどうして外出を止めなかった⁉︎料理長の料理がマズ過ぎて腹が減ったというのなら、おまえが何か食い物を買いに行けば良かっただろう。そうしていればこんな騒ぎにはならなかったんだ!」


カミルさんはカンカンに怒っていましたが、正直私も怒っていました。


「どうして被害者である私達が責められねばならないの⁉︎悪いのはあの男達の方ではありませんか?女性店員に暴力を振るっているところを見ていなかったのですか?そもそも、ジークルーネ様が助ける前にあなた達が助けてくれれば良かったのではありませんか。何の為の騎士団なのですか!」


帰りの道中で、先程の男達が何者なのかアルスリーアさんに教えてもらいました。


『シュヴァルツワルド家』というフレーズが出て来たので、貴族の関係者かと思いましたが違いました。

彼らはこの街で働く『木こり』だったのです。


言われてみれば納得です。あの筋肉に覆われた逞しい体つきと強靭な体幹は、毎日の激しい肉体労働の結果なのでしょう。


シュテルンベルク領は林業が盛んな土地です。という事はつまり、たくさんの木こりがいるのです。

人数が増えれば統括者が現れて、組織が出来上がっていきます。シュテルンベルク領には、そういう『木こり』の組織がたくさんあって、それぞれ『〜家』と呼ばれているのだそうです。そして、シュヴァルツワルド家はシュテルンベルク領で最大の『一家』なのだそうです。


先祖代々シュテルンベルク領で暮らして来て、先祖代々木こりをしている、という人も勿論数多くいます。しかし、他所の街から流れて来て

林業に従事している人もたくさんいます。そういった人達の大半は、他所の街に理由があっていられなくなった人や、国外追放されてしまった犯罪者などです。職を失った傭兵などもいます。そんな彼らの中には非常に粗暴な人達もいます。最大組織であるシュヴァルツワルド家は、特にそういった人が多いのだそうです。


「シュテルンベルク領にいる木こりの数は、騎士団員よりも多いのです。彼らが結束して武力蜂起したら騎士団は太刀打ちできません。

ブラウンツヴァイクラントで革命が起きて以来、どこの領地も領民の武力蜂起という問題に過敏になっています。それに、たくさんの木こりを処断する、などという事になったら、シュテルンベルク領の産業が回らなくなります。」


「だから、木こり達の横暴を見て見ぬふりをするの?彼らは一般市民にも迷惑をかけているではないの?こんな事を許していたら、旅人や遍歴商人が領地に来なくなるし、一般市民が他の街に移動してしまうわよ。」


「・・仕方のない事なんです。」

とアルスリーアは言った。


だけど『仕方のない事』だなんて、とても思えません!


筋肉質な男性がノコギリを手にして、無差別に人に暴力を振るう街なんて、大問題ではありませんか!


この問題を正せなくて、騎士団だと言えるでしょうか⁉︎


「自分より弱そうに見えたジークルーネ様には暴言を吐き、決闘をして叩きのめそうとしたくせに、自分より強い者の事は見て見ぬふりですか?何の為の騎士団ですか!農民や職人が懸命に働いている時間に、戦いの訓練をひたすら続けてそれで給料をもらっている身なのでしょう。上位者であるジークルーネ様やコンラート様の事を口汚く罵り、平民の事は暴力を振るわれていても助けない。あなた達は何の為に、誰の為に研鑽を積んでいるのです⁉︎」


「俺達だって、どうにかしたいさ!だけど、どうせあいつらは捕まえても無駄だから。」


カミルさんが怒りの声をあげました。


「無駄って、どういう意味ですか?」


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