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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第3章 シュテルンベルク領の領都

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決闘(2)

決闘が始まっても、すぐには両者とも動きませんでした。


カミル卿はジークルーネ様が打ち込んで来るのを待っているようです。それを軽くいなしてジークルーネ様を打ちすえるつもりなのでしょう。アクション系の演劇の主人公は大抵そうしています。


ジークルーネ様が左手でスカーフに触りました。そして先に大きく動きました。何と、木剣を槍のように放り投げたのです。非力な女性なら届かなかったかもしれませんが、ジークルーネ様の投擲は届きました。しかし、カミル卿は横に飛び軽々と剣を避けてしまいました。


カミル卿が勝った!という空気が流れます。しかし、次の瞬間ジークルーネ様が左手で掴んだロングスカーフが、鞭のようにカミル卿に向かって伸びたのです!

何で?

と思っている間に、ロングスカーフはカミル卿の木剣に巻き付きました。


剣が金属で切れ味の良い刃がついていればスカーフが切れてしまったでしょうが、木剣だったのでスカーフはがっちりと巻きつきました。

カミル卿は一瞬目を見開きましたが、すぐにニヤリと笑いました。引っ張り合いになったら力の強い男性の方が絶対に有利です。

カミル卿は、思いっきり後方に剣を引っ張りました。ジークルーネ様がそのままスカーフを握っていたら前方につんのめったでしょう。しかしジークルーネ様は、そのタイミングでスカーフを離したのです。


「うわぁっ!」

と叫んで、カミル卿は尻餅をつきました。それと同時にジークルーネ様は前方に走りました。右手で髪に挿していたかんざしを引き抜きます。

そしていまだ尻餅をついているカミル卿を押し倒し、左手でカミル卿の頭を左足で胸を押さえつけました。そして右手に持ったかんざしを喉に突きつけたのです。


勝負ありました。

1分も経たずにジークルーネ様が勝ったのです。騎士達は呆然としていました。


「ヒルデブラント令嬢、勝利。」

審判である騎士団長も信じられない!という声でそう言いました。


ジークルーネ様は立ち上がってかんざしを頭に挿し、地面に落ちていたスカーフを拾いました。


「卑怯な・・・。」

カミル卿が悔しそうに呻きました。


「そのスカーフが武器になるなど聞いていない!」

「『女の武器』を使います。と予告したでしょう。指輪に針、ブレスレットに刃を仕込むのは貴族の女なら当然ですよ。」


・・私、そんなもの仕込んでませんよ。と思いました。というか、あのスカーフ、どうしてあんな動きをしたのでしょうか?


「盗賊などが相手ならどんな暗器を使って来るか予測はできぬもの。卑怯でも何でもない。油断をしたおまえが愚かだったのだ。」

「伯父上・・。」

騎士団長がカミル卿を叱責しました。どうやら二人は伯父と甥のようです。

というか、ジークルーネ様を盗賊と同列に置くのはいかがなものでしょう?


ジークルーネ様は私達の方へ戻って来ました。

騎士達の中にジークルーネ様を称える人は一人もいません。ある人は忌々しそうにジークルーネ様を睨み、ある人は負けたカミル卿を睨んでいます。


「素晴らしかったわ。ジークルーネ様。」

と母はジークルーネ様を称えました。

「凄かった!」

「カッコ良かった!」

とニルスとクオレも言いました。


私も何か言おうと思った時。


「ヒルデブラント様。どうか私をあなたの護衛の任に就かせてください!」

と声があがりました。

透明感のある甲高い声でした。


声の方に視線を向けると10代半ばくらいの騎士服を着た少女が騎士の集団の中から進み出ていました。大きな瞳には真剣な光があります。


「あなたの護衛に・・いえ、あなたの弟子になりたいんです。お願いします!」


ジークルーネ様は少女の方を見て、ふっと笑いました。

「私みたいになりたいのだったら、針付きの指輪を買いに行きなさい。その方が早いよ。」


「私、本気です!お願いします‼︎」

少女は直角に頭を下げました。


「あなた名前は?」

「アルスリーアです。アルとお呼びください!」

「わかった。護衛が全くいないのでは、騎士団長サマが伯爵閣下に怒られるかもだし、護衛についてもらおう。だけど私はいつまでもここにいるわけではないよ。その事は覚えておいてね。」

「はい。よろしくお願いします!」

アルスリーアは嬉しそうに顔を輝かせました。


そして私達は練兵場を出て、領館の中に入りました。



私達が案内された部屋は、中庭に面した美しい部屋でした。中庭にテーブルとイスのセットがあり、レスフィーナ達がお茶を出してくれます。レスフィーナ達は口々にジークルーネ様を褒め称えました。


「ジークルーネ様が、騎士達の鼻っ柱をへし折ってくれてすっきりしましたわ。あいつら、ろくに仕事をしないくせにいつも威張っているのですもの。いい気味ですわ。」

「仕事をしないのですか?」

と私は質問をしました。


「だって戦争も無いし、伝染病も流行らなかったし、気楽なものですよ。あの連中。冬眠中の熊より楽でいいわね。とみんな言ってますわ。ろくな訓練もしていないって事がこれではっきりしたし、これからは少しはおとなしくなると思うと嬉しいですわ。」

レスフィーナのあけすけな物言いに、セラもアルスリーアも気まずそうな顔をしています。


どうやらここの騎士団は守るべき民から、まるで尊敬されていないようです。これは大きな『問題』ではないでしょうか?



「もしかして、ジークルーネ様はイティエル卿と面識があったのですか?」

と母が質問しました。


ジークルーネ様は一瞬遠い目をした後

「私は無いですが、兄がアカデミー在学中に会った事があるのです。」

と答えられました。


「伯爵閣下は、コンラートに友人ができるよう、ローテーションでコンラートと同世代の騎士達を王都に呼び寄せていました。そのうちの一人がイティエルだったわけですが、あの程度の顔で自分は美男子だと思い込んでいる嫌な男だったそうです。コンラートを明らかに見下していましてね。閣下とコンラートの前では態度をコロッと変えるので閣下はそれに気がついていないんです。あまりにも態度が目に余るので、兄は事故を装って奴の股間にエルボーを喰らわせてやったそうです。」


どういう事故が起これば、股間に肘が入るのでしょう?謎です。


「イティエルは兄を相当恨んでいるはずです。その兄の妹である私の護衛にあの男をつけるなんて、どうかしていますね。あの事故の事を知らずに奴を護衛につけたのだとしたら、騎士団長は部下の管理能力がなっていないと言えるでしょう。知っていてつけたのだとしたら人間性に大いに問題があります。」


ジークルーネ様が言われる通りです。私の中で騎士団長に対する不信感が急成長して行きました。


「騎士団の中に、コンラートの親しい友人は一人もいないのです。その事からも、騎士団の連中の人間性は推して知るべしですね。」

ジークルーネ様は不快そうな表情で言われました。



「あの、ところでジークルーネ様。あのスカーフはどうしてあんな鞭のような動きをしたのでしょう?」

と私は尋ねてみた。


「細い革紐をスカーフに縫い付けてあるんです。」

「それも護身用ですか?」

「ええ。そうです。」


世の中にはいろいろな護身具があるものだ、と感心致しました。特注品かもしれませんけど。


「夕食はシェフが腕を振るうと言っておりました。楽しみになさってくださいね。」

とレスフィーナが言いました。


それは楽しみです。王都のシュテルンベルク邸の料理はどれも、とてもおいしいものでした。きっと、領館の料理もおいしいでしょう。期待が高まります。

・・と、思ったのですが。


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