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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第2章 侯爵令嬢達と宝石の姫達

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コンラートの告白(2)

「それが五年前にヒルデブラント家で起きた真実です。」

とコンラート様は言われました。


話を聞いている人達は皆真っ青で、言葉がありませんでした。当時ギルベルトはまだ15歳、ジークレヒト様は14歳で未成年だったのです。屋敷の離れでひっそりと暮らしていた年若い少年達にそんな悲劇が!と思うとショックのあまり吐きそうになりました。体が骨の髄から震えていました。


「病弱な兄を守りたいと武術をたしなんでいたジークルーネに、もやしのようなグレーティアの側近達が敵うわけがありません。他の側近達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出したそうです。ある者はグレーティアの所へ駆け込み、そしてある者はハーゲンベック家へ逃げ帰ったのです。ジークルーネは地下牢の鍵を斧で叩き壊して、ギルベルトを救出しました。そして、ギルベルトを自分の叔母が住んでいるヴァイスネーヴェルラントに亡命させました。ギルベルトは、今もヴァイスネーヴェルラントで暮らしています。」


ギルベルトという人は今も生きているようです。

だけど、ジークレヒト様は・・・。



ヒンガリーラントに来た時。何故、コンラート様は入院をしているのかお聞きして、その過程で『ジークレヒト事件』と呼ばれる事件についてオイゲンに詳しく聞きました。

正直、上級貴族の若君が外国人の平民の女の子を強姦魔達から救出し自らは命を落とした。と聞いて、何故そこまで見ず知らずの子の為にジークレヒト様は行動したのだろう?と思っていました。


だけど今は少しだけわかる気がしました。五年前の事件でジークレヒト様は心に深い傷を負ったのでしょう。性犯罪者を憎んでいたことでしょう。くだんの事件の被害者の少女は14歳だったと聞いています。彼女を救う事はジークレヒト様にとって、自分自身を救済する事だったのではないでしょうか。


そのような不幸を経験した少年が、伝染病の蔓延のせいでろくな青春を送ることもなく、弱い立場の人への奉仕活動に只々邁進まいしんし、そして平和な時代が来た途端犯罪に巻き込まれて死んだ、という事に胸が切り裂かれるような痛みを感じました。


ジークレヒト様に会った事のない私でもそうなのです。彼と親交のあった人達にとってこの事実はどれほどの苦しみでしょう。


「それって・・ジークルーネ様は罪に問われるの⁉︎」

とレベッカ様が質問されました。司法大臣であるエーレンフロイト侯爵がお答えになります。


「問われないよ。その通りの状況ならば正当防衛だ。性犯罪は殺人と同じほどの重大犯罪と我が国ではされている。犯人は弱みに付け込んで性暴力を振るったのだから合意があったとは到底言えないし、そもそも14歳以下の子供が相手の場合、合意の有無は関係ない。ジークルーネが殺さなくても、司法省に突き出せば極刑間違いなしの犯人だ。そのユーフェミオという男は!」


「だけどジークルーネが司法省の取り調べで殺害の動機を正直に話すはずがありません。」

とコンラート様が言われました。


「ハーゲンベック一族に縁のある使用人達がハーゲンベック家に逃げ帰ったので、ハーゲンベック子爵夫人は事件の全貌を知りました。息子を殺された子爵夫人がジークルーネを殺人罪で告訴したとしても、ジークルーネはユーフェミオを殺した動機を絶対に法廷で話そうとはしなかったでしょう。そうなれば正当防衛とは認められず、ジークルーネは殺人犯として重い罪に問われたはずです。そうなれば兄であるジークレヒトは勿論、父親である侯爵も継母のヴィルへルミネ夫人もその罪に連座させられます。ヒルデブラント家としては大変な醜聞です。そんな事態になるくらいなら、ゲオルギーネ夫人はジークルーネを自死に見せかけて殺害したでしょう。だからヒルデブラント侯爵はジークルーネを逃したのです。そして莫大な口止め料をハーゲンベック家に支払い告訴しないよう説得しました。おそらく、今日までハーゲンベック子爵夫人はジークルーネがどこにいたのか全く知らなかったはずです。」


「はあ!強姦魔の家族の方が被害者の家族からお金もらってんの⁉︎何、それ。」

とレベッカ様が叫ばれました。

「あのおばさん、一発殴っておくべきだった!」


「姉様に殴られたら、普通の女性は死ぬよ。鍵のついたドアも吹っ飛ばしたんでしょう。」

とヨーゼフ様が言われました。え⁉︎小屋の扉が原型をとどめないほど壊れてましたけど、あれレベッカ様が壊したんですか?


「だけど、レベッカの言いたい事はわかるよ。事実が明るみに出れば世間に糾弾されるのはハーゲンベックの方なのに。強姦魔側が被害者の一族から金品をゆすり取るなど、厚かましいにもほどがあるよ!」

とエーレンフロイト侯爵も声を荒げてそう言われました。


「それでもジークルーネとヒルデブラント侯爵は、ジークレヒトが身を穢された事を絶対に秘密にしておきたかったのです。ジークレヒトもこの手紙の中で、その時『その事』が人々の間に知れ渡っていたとしたら自分はきっと生きていけなかった。と書いています。」

とコンラート様は言われました。


「ハーゲンベックの人間達がまともな人間なら、口止め料などもらわなくても誰にも事件について語る事はなかったでしょう。しかし、の一族の人間はまともではないのです。特に子爵夫人はユーフェミオを溺愛しており、ゲオルギーネ夫人とグレーティア嬢を女神のように崇めていました。金銭に対する執着も異常でした。貴族である事の選民意識も凄まじいものでした。グレーティア嬢に逆らった平民の使用人と元平民の母親を持つジークレヒトのせいで、貴族である息子が殺されるなど夫人にとってはあってはならない事だったのです。激昂した子爵夫人は、ジークルーネの頭を柘榴のように割って、銀の皿に載せて持ってこい!と逃げ帰って来た使用人達に言ったそうです。」


「認知が歪んでいるな。」

とエーレンフロイト侯爵はつぶやかれました。


「だが状況は変わった。『ジークレヒト』はもういないんだ。ジークルーネ嬢はともかく、ヒルデブラント侯爵が娘の命より死んだ息子の尊厳を尊ぶ事はないだろう。」

「ジークレヒトだってそう思っていました。この手紙の中で、もしジークルーネが訴えられて法廷で黙秘をしたら、私に代わりに真実を暴露して欲しいと書いています。・・・だから今、皆さんにも伝えたのです。」



「・・それが何で、ジークルーネが平民の使用人と駆け落ちしたって話にすり替わったのだ?」

とリヒャルト様が言われました。え⁉︎そんな噂が流れていたんですか?


「同じ日に、ジークルーネとギルベルト・イステルが姿を消したのです。何も事情を知らない大多数の使用人達がそう思ったのは当然だと思います。無論、誰かが集団の思考をリードしたのかもしれませんが。」


「ハーゲンベック家は、ジークルーネ様を告訴するでしょうか?自分が性犯罪の加害者一族だと吹聴するようなものではありませんか。」

ずっと黙っていた兄がそう聞きました。


「きっとすると思います。真珠宮妃様を監禁していた事が公になったらハーゲンベック家は終わりです。どうせ破滅するなら憎いジークルーネを巻き添えにすると思います。」

「でも、その手紙があったら、ジークルーネ嬢を守れるのだよね?」

ヨーゼフ様がコンラート様にそう聞かれました。


「ああ、そうだ。ハーゲンベックはこの手紙の存在を知らないからな。・・ただ、ジークルーネ自身はこの手紙を公表して欲しくはないだろうけどな。それと、ゲオルギーネ夫人も公表して欲しくないと思っているだろう。法的に罪は無くとも大きなスキャンダルだ。貴族はスキャンダルを嫌うからな。」


「そうだな。」

とリヒャルト様が言われました。


「少し混乱しているから、話をまとめよう。ユーなにがしという男がジークルーネに殺された。だけど、それは正当防衛だ。そこにある手紙が動かぬ証拠だから、告訴されたとしてもそれについては問題無い。むしろジークルーネにとって脅威なのはゲオルギーネ夫人だ。ハーゲンベック子爵夫人が『ある事ない事ぶちまけてやる!』と言ったら、彼女の溜飲を下げさせてやる為にジークルーネを殺すかもしれない。ジークルーネにとってはゲオルギーネ夫人の存在の方が危険だ。こういう事だな?」


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