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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第2章 侯爵令嬢達と宝石の姫達
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病人食(1)

エーレンフロイト家の別邸に泊まった翌日は、私は母とニルスと共にシュテルンベルク邸に戻りました。


戻るとオイゲンやヨハンナに熱烈歓迎されました。


「よくお戻りくださいました。このまま、お戻りにならないのではと心配していたのです!」


三日不在だっただけなのに、驚くほどの歓迎ぶりです。びっくりしましたが少し感動しました。みんな、なんて優しいのだろうと思いました。そして自分はこの屋敷の『客人』なのではなく『住人』とみなしてもらえているのだと思いました。ここは私の『家』なのだ。そう思うと目頭が熱くなってきました。


なので私は

「ただいま帰りました。」

と皆に言いました。


戻ってすぐ、アリゼ達の様子を見に行きました。兄とも河の側で少し顔を合わせただけで、まだ全然ゆっくり話せていません。今までどうしていたかはアデム義兄様から聞きましたが、兄の口からも聞いてみたかったです。

アリゼは西館の部屋でベッドに横になっていました。兄とクオレが側で付き添っています。


「体調はどう?」

と母が優しく聞きました。アリゼは蒼い顔をして

「大丈夫です。」

と言いましたが兄が

「吐き気がひどくて何も食べられないんだ。」

と心配そうに言いました。


「クオレ。ニルスと一緒に遊びに行っておいでなさい。」

とアリゼは言いましたが

「お母様の側にいる!」

と言ってクオレはアリゼの側から離れません。本当は遊びに行ってもらえる方がアリゼはゆっくり休めるんだろうけど。と思いますが五歳児に空気を読む事は不可能でしょう。


どうしたものかしら?と思っているとドアをノックする音がしました。兄がドアに近づいて行きドアを開けます。


「伯爵様!」

と兄が驚きの声をあげました。どうやら今日はリヒャルト様は屋敷にいらっしゃったようです。


ドアをノックし、勝手に開けたりせず、許可が出ない限り入って来ない。という当たり前の事に私は感動していました。


二日前に会ったネーボムクはそれがどれ一つとしてできない男だったからです。人間の品性や本性はこういうところに出る。とつくづく思いました。


「奥方が食欲が無いようだとヨハンナに聞いてね。少しでも食べられたら良いと思って、食べられそうな物を持って来たんだ。」

「お心遣いありがとうございます。・・・。」

何やら兄は絶句しています。

何を持って来てくれたのかしら?と思って私は兄の背後から覗き込みました。リヒャルト様の背後でヨハンナがカートを押していて、カートの上にトレイがのっています。そのトレイには三種類の食べ物がのっていました。


ミニトマトのピクルスはわかりました。

しかし、残りの二つがよくわかりません。


一つはオレンジやレモンに似た果物が肉料理の煮凝りのようなものの中に入っています。

見た事の無い食べ物なのでわからないのです。


もう一つは・・・たぶん芋です。おそらく油で揚げてあります。

何故、こんな健康な人間でも胸焼けしそうな物を⁉︎

持って来られた理由がよくわかりません。


「どうぞ、中へ入ってください。」

と母がリヒャルト様とヨハンナを部屋に招き入れました。


「わー、おいしそう!」

とニルスが言いました。確かに揚げ芋はとても香ばしい匂いがするのです。


「以前医療省で、百人の妊婦を対象にして『悪阻がひどい時にも何なら食べられるか?』というデータを取ったのです。三十種類の料理を並べて複数回答をしてもらったのですが、その時上位三位内に入ったのがこの料理だったのです。トマトのピクルス、グレープフルーツの寒天菓子、それに揚げ芋です。」

「この果物は初めて見るわ。グレープフルーツというの?」

と母が言います。


「ええ、ヒンガリーラントでも輸入するようになったのはこの数年の事です。オレンジよりは酸味が強いですが、レモンほどではありません。その酸味が妊娠している方にはちょうど良いみたいです。」

「そうなの。ところで、複数回答で一位を取ったのはどの料理なの?」

「揚げ芋です。」


「え?」


「揚げ芋です。」


母がびっくりしています。私も驚きました!絶対揚げ芋は三位だと思ったのです。


「驚かれるのはよくわかります。この結果には医療省でも衝撃が走りました。正確なデータを取る為いろいろな料理を用意してみただけなので、正直これだけは無い。と皆思っていたのです。しかし、これが断トツの一位だったんです。」

「そうなの。」

「勿論だからと言ってアリゼさんが食べられるとは限りませんが、一応持って来ました。もし、無理だというのならクオレ君とニルス君に食べてもらおうかな。」


リヒャルト様がそう言われるとクオレとニルスの顔がぱああっと輝きました。


ヨハンナがカートをベッドの側に押して行きます。兄が手を貸してアリゼを起き上がらせました。


「いい匂い。」

とアリゼは言いました。

「それは食べられそうな気がする。」

そう言ってフォークで刺して口に運んだのはなんと揚げ芋でした。


「・・おいしい。」

「食べられるなら、しっかり食べなさい。」

と母が言います。


「はい。」

と言ってアリゼは他の二品には目もくれず、揚げ芋だけを食べ続けます。


「良かった。ありがとうございます、伯爵様!」

と兄が大喜びをしている後ろで。


ニルスとクオレが少しがっかりしたような顔をしていました。


「今日の夕食に揚げ芋をお出ししましょうね。」

それに気がついたヨハンナが、私にこそっと言ってくれました。


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