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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第2章 侯爵令嬢達と宝石の姫達
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エーレンフロイト家の別邸(3)

「えっ⁉︎」

と言ってフェルミナ様が固まりました。

ものすごく意外だったようです。

私も意外でした。そして思いました。


まだ勉強なんかさせなくてもよいのではないの?


この屋敷に着いたのはつい昨日の事です。フェルミナ様だって、まだここでの生活に慣れていません。

そもそも、フェルミナ様はまだ5歳です。


私は内心で5歩ほど後ずさりました。元夫の子供は4歳と2歳でしたが、やりたくない事をやれと言われたら周囲の大人の鼓膜が裂けそうなほどの大声で

「やーーっ!」

と叫びました。

私は同じ事を心の中で覚悟しました。耳をふさがなかったのは不敬になるからで、目の前にいるのが元夫の子供だったら遠慮なく耳をふさいでいます。


しかし。


フェルミナ様は

「・・・はい。」

と素直に言いました。


えっ?と思います。元夫の子供達より遥かに身分が高いのに遥かに素直です。

ネーボムクの屋敷でわがままを言わなかったのは、ネーボムクを恐れているからなのかと思っていましたが、素直で従順な性格は元々のようです。生まれつきの性格なのか、教育の賜物なのかは不明ですが。


ただ、明らかにフェルミナ様のテンションは落ちています。暗い顔をしてもそもそとパンを食べ始められました。

しかしティナーリア様も姉も何も言いません。アガーテ達もです。


だったら私も何も言うわけにはいきません。


「フェルミナ様。オレンジジュースのおかわりはいかがですか?」

そう言って差し上げる事しかできませんでした。


朝食が終わると二階に上がり、歯を磨いてからまたフェルミナ様は一階に降りて来ました。どうやら一階の部屋でお勉強をするようです。母は廊下を歩いて、居間のような場所にフェルミナ様を案内しました。


中に一歩入ってフェルミナ様は

「わあ!」

と言いました。その部屋にはソファーセットと共に、グランドピアノとハープが置いてありました。


「ピアノだ!」

「ええ、午前中はピアノの練習です。」

「わー、やったあ!」

どうやらフェルミナ様はピアノを弾くのがお好きなようです。飛び跳ねて喜んでおられます。


「調律は昨日のうちに済ませております。さあ、フェルミナ様。どうぞ。」

「はい!」

フェルミナ様はピアノの前に座り、ポロンポロンと一音ずつ鍵盤を叩かれました。

「綺麗な音。」

嬉しそうにフェルミナ様が言われます。私も思います。実家にあったピアノや、元夫の屋敷にあったピアノと比べ物にならないほど美しい音が出ます。もしかして高いピアノなのかな?と思いました。


フェルミナ様が弾き始められたのは、ブラウンツヴァイクラントでは有名な子守歌です。


「フェルミナ様のピアノの先生はお母様なの。」

と姉が私にささやきました。


でもってフェルミナ様のピアノの腕前は・・・。

まあ、5歳児の平均というところでしょう。


その事実に一番驚いたのはフェルミナ様自身のようです。


「全然指が動かない・・!何で、何で弾けないの⁉︎」

弾きながら泣き出してしまわれました。


「う・・うぅっ。」

「フェルミナ様。楽器は一日練習を休むと元に戻るのに三日かかると言います。フェルミナ様は何ヶ月もピアノを弾かれなかったのですから、以前のように弾けないのは当然の事です。」

母が淡々とした声でフェルミナ様に言いました。


「だからこそ一日でも早く練習を再開する必要があるのです。フェルミナ様。また一から頑張っていきましょう。」

「はい。」

フェルミナ様は手で涙を拭い、力強く返事しました。


「ではもう少し、初歩の練習曲エチュードからやり直しましょう。」

「はい!」

フェルミナ様はそう言って笑顔を見せました。


「私もハープを弾いていいかしら?」

とティナーリア様が言われました。

「ええ、どうぞ。ティナーリア様の指に合わせて調律しております。」


ティナーリア様がハープを弾き始められました。

上手いです!

ブランクなど全く感じさせません。

「久しぶりに弾くとやっぱり難しいわね。」

とティナーリア様は言われましたが、どう考えても謙遜でしょう。


実は私も子供の頃母にハープを習っていました。なので昔は多少弾けましたが、たぶん今はもう弾けません。

ハープは難しいのです。なんと言っても、弦の数が他の弦楽器と比べて桁違いです。そしてこの弦がドでこの弦がレとは弦に書いてありません。


ティナーリア様はフェルミナ様に合わせて、同じ曲を奏でられます。ピアノとハープの美しいハーモニーが部屋の中に響きました。

それは、とても平和で優しい光景でした。


10時ちょうどにアガーテとローレが部屋に入って来ました。

「フェルミナ様、ティナーリア様。お飲み物とお菓子をお持ちしました。休憩しましょう。」

どうやら、母に10時にお茶を持って来るよう指示されていたみたいです。


ところが

「いらない。」

とフェルミナ様は言われて、ピアノの側から離れられません。


「フェルミナ様。このお菓子はエーレンフロイト家のレベッカ様が届けてくださったお菓子なんですよ。」

とアガーテが言います。しかし、母は言いました。


「いらない、とおっしゃるなら無理強いはできないわ。ティナーリア様。私達だけでいただきましょう。このお菓子はメレンゲを使っているので湿気に弱くて、後から食べるというわけにはいきませんから、フェルミナ様の分も私達でいただきましょうね。とてもおいしいお菓子なのですけれど。」


母の言葉にフェルミナ様がピクリと動きました。


「・・休憩する。」

フェルミナ様はそう言われました。

「そうですか。では一緒にいただきましょう。」


大人には輪切りになったレモンを入れた紅茶。フェルミナ様にはレモネードです。レモンがエーレンフロイト家の特産品なんだっけ。と何となく思いました。


お菓子は見た目はクッキーでした。ですが、普通のクッキーより薄くもっとほろほろとしています。


「ラングドシャという名前のお菓子だそうです。エーレンフロイト家で働いているブラウンツヴァイクラント人の菓子職人が作ったものだそうです。」

と母が言いました。

「メレンゲ菓子が苦手なレベッカ様もこのお菓子だけは気に入っておられるそうです。」


「とてもおいしいわ。」

「うん、おいしい。」

とティナーリア様とフェルミナ様も言われました。


食べ終わるとまた、フェルミナ様はピアノの前に座られました。そしてお昼ご飯の時間まで、ずっとピアノを弾いておられました。



昼食は、母が持って来てくれていたサンドイッチです。形は普通の長方形でしたが種類は豊富で、フェルミナ様はまず最初にピーナッツクリームの入ったものを手にとられました。ピーナッツクリームのサンドイッチが気に入られたようです。


食べ終わると、フェルミナ様はティナーリア様と馬を見に行かれました。

私と母と姉も一緒ですし、短い距離とはいえ屋敷の外なので、アデムともう一人騎士がついて来て護衛をしてくれます。馬もちょうど食事中で、美味しそうに飼葉を食べていました。


「お馬さん可愛いね。」

たてがみを撫でながらフェルミナ様がおっしゃいます。

「でしたら、フェルミナ様。乗馬の練習をなさってみられますか?」

と母が言いました。


「勿論、フェルミナ様が乗られるとなるともっと小さな馬ですけれど。シュテルンベルク家では、今年の春たくさん仔馬が生まれたそうです。その仔馬に乗ってみませんか?人間は、乗馬と水泳はやり方を一度覚えたら生涯忘れないと言います。ですから、乗馬のお勉強をしたら一生涯役に立ちますよ。」

「やりたい!仔馬、見てみたいし乗ってみたい!」

とフェルミナ様が言われました。


「私もやってみたいわ。この年からでも乗れるかしら?」

とティナーリア様が言われました。

「勿論ですわ。年齢など関係ありませんから。」

と母が答えます。


「誰が教えてくれるの?」

と姉が質問しました。

「私が教えますよ。」

「え⁉︎お母様、馬に乗れるの?」

「ええ、乗馬と護身術は幼い頃から教え込まれましたから。」


・・さすが武門の名門家です。


「ニルスとクオレも乗馬の練習をする事になりました。フェルミナ様とどちらが早く馬を乗りこなせるようになるか競争ですね。」

と母が言うとフェルミナ様は

「男の子達には負けないわ。」

と闘志を燃やされ始めました。なので


「頑張ってくださいね。フェルミナ様。」

と応援したら

「リナ。あなたも練習するのです。シュテルンベルクの姓を名乗る以上、乗馬は必須の教養です。」

と言われてしまいました。


んええ⁉︎

と思いますが、フェルミナ様達の前で嫌だと駄々をこねるわけにもいきません。


「頑張りましょうね、リナ。」

とティナーリア様に言われて私は半笑いを浮かべる事しかできませんでした。

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