エーレンフロイト家の別邸(1)
お屋敷に着いてすぐ、母が皆を部屋に案内しました。
カトライン様達一行とジークルーネ様が三階のお部屋で、フェルミナ様達一行のお部屋は二階です。
二階にある部屋で一番良いお部屋をフェルミナ様、二番目に良い部屋にティナーリア様を母は案内しました。
「さあ、まずはお風呂に入って温まってください。」
と母は言いました。フェルミナ様とティナーリア様の部屋にはバスルームが付いています。
侍女のアガーテとローレ、その家族達の部屋にはバスルームが無いので、二階にある二つのバスルームを交代で使ってもらう事にしました。
フェルミナ様の入浴は姉が手伝いますので、私と母はティナーリア様につきました。ティナーリア様の部屋に行く前に、フェルミナ様の部屋もちらっと見てみたのですが、まるで動物園?というほどのたくさんの動物のぬいぐるみが置いてありました。
ティナーリア様の部屋はシックな壁紙が貼られた落ち着いた部屋です。テーブルの上には花瓶が置かれ美しい花が飾られており部屋全体から良い香りがします。母はティナーリア様をバスルームに案内しました。バスタブには既にお湯が張られ石鹸が溶かし込んでありました。
「素敵な香りね。」
とティナーリア様は言われました。バスルーム全体からレモン果汁を搾った直後くらい、柑橘系の良い香りがします。
「エーレンフロイト領で作られている、レモンの香油入りの石鹸なんです。」
「そう。私はとても嬉しいけれど、フェルミナが石鹸水を飲み込んでしまわないか心配だわ。」
「はい。そうならないよう、フェルミナ様にはローテンベルガー領の特産のバラの香油入りの石鹸をご用意しています。」
「ありがとう、ノエル。」
そう言ってティナーリア様はお湯に浸かられました。母が髪を洗う石鹸の準備をします。
「温かくて気持ちいい。」
首までお湯に浸かってティナーリア様は言われます。
「でも、ちょっと肌がチクチクする。」
「肌が荒れてひび割れができてるのだと思いますわ。お風呂上がりに塗れるよう椿油をご用意しておりますから。」
「ありがとう。・・本当にありがとう。」
ティナーリア様は泣いておられるようでした。
お風呂から上がってティナーリア様が髪を乾かしていると、同じくお風呂上がりで肌がピカピカになっているフェルミナ様が姉と一緒にティナーリア様の部屋に入って来ました。
「うわぁ、お母様良い匂い。」
と言ってティナーリア様の膝の上に乗られ甘えられます。
「フェルミナもとっても良い匂いよ。」
と言ってティナーリア様はフェルミナ様を抱きしめられました。
そこにノックの音がしました。リオンティーネ様が入って来られ
「カトライン殿下が、ティナーリア妃殿下とフェルミナ殿下にご挨拶を、とおっしゃっておられます。」
と言われました。
「このような姿なのですが、よろしいでしょうか?」
とティナーリア様が少し慌てたような声を出されます。
「カトライン殿下も普段着ですから。」
とリオンティーネ様は言われました。
ほどなく、カトライン様が部屋に入って来られました。私はカトライン様に会うのは初めてですが、ティナーリア様達は当然面識があるようです。カトライン様を見るとフェルミナ様は
「お姉様!」
と言って嬉しそうに抱きつかれました。
私は少し驚いていました。リオンティーネ様もなのですがカトライン様も、ブラウンツヴァイクラント人のアイデンティティとも言える前髪をばっさり短く切っておられたのです。
ロートブルクラントでは、ブラウンツヴァイクラント人狩りが行われていたと聞いています。きっとブラウンツヴァイクラント人だとわからないよう、前髪を切ったのでしょう。その前髪を見るだけで、どれだけ苦労をされたのかが推し量れます。
「フェルミナ。それにティナーリア様も。またお会いできて嬉しいです。」
そう言うカトライン様の目に涙が滲んでいます。
「ええ、カトライン様もよくご無事で。」
ティナーリア様も目に涙を浮かべていました。
偉いなあ。
と内心で思ってしまいました。
私は別れた夫が他の女に産ませた子供達と再会しても、こんなに喜んであげられないと思うのです。私より7歳も若いのに、人間ができていると感心致します。
「ねえ、カトラインお姉様。シルヴィアーナお姉様やラウミドアお姉様の事知っておられますか?」
とフェルミナ様が聞かれました。カトライン様は首を横に振られました。
「私はずっとレーヴンバルト家の屋敷にいたので、王宮や他の屋敷の事はわからないの。ただ、御二人共王宮ではなくそれぞれの御母上の屋敷に滞在しておられたわ。」
水晶姫シルヴィアーナ様の御母上は下級貴族の娘で、瑪瑙姫ラウミドア様の御母上は平民の豪商の娘だったはずです。
伯爵家であるレーヴンバルト家の屋敷とは距離のある場所にきっと御実家のお屋敷があるのでしょう。
ご無事でいらっしゃると良いけれど。心の中で祈りを捧げました。
フェルミナ様達も疲れているだろうから、と言ってカトライン様はすぐに出て行かれました。
「夕食をレベッカ様が用意してくださっておられるのですよ。食堂へ参りましょう。」
と母が言ったので、私達は一階の食堂に降りて行きました。