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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第1章 母の故郷(ふるさと)
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再び王都へ

大きな足音が聞こえて来たと思ったら、ノックも無しに部屋のドアが開きました。

そして聞こえて来たセリフが

「おまえ達、戻って来たのか⁉︎」

です。


カチーン!

と来ました。


『おまえ』などと呼ばれるいわれはありません。

それに、女性の部屋をノックもせずに開けるなんて!

ティナーリア様達に普段からこの男がどのように接しているかが垣間見えます。


「ふ、ふん。どうせ王都の救貧院にでも駆け込んで、そこでろくな扱いをされなくて逃げ出して来たんだろう!」


この男の目は節穴なのでしょうか?王都でろくな扱いを受けなかった者が、パンと肉とケーキを持って帰って来るというのでしょうか?

少なくとも、カトラリーを借りようという気は失せました。この男に恩を着せられるくらいなら、唐揚げは手づかみで食べた方がマシです。

というか、よくよく見たら唐揚げには5本ほどピックが刺さっています。これを使えば唐揚げは食べられそうです。


私はわざと、おいしそうに唐揚げを食べてやりました。私達がおいしそうな物を食べている事に今更気がついたようです。夫婦の喉がごくりと鳴りました。


「その料理をこちらにも渡しなさい!」

とネーボムク夫人が甲高い声で言いました。


「いいですよ。その代わり私達から奪った物を全部返しなさい!」

と私は言ってやりました。


「何を言っているの。あれは正当な対価よ!」

「こんな陋屋ろうおくで、固くてまずいパンを出して来て『正当』ですか⁉︎それがヒンガリーラントの常識だというのですか?恥を知りなさい!」

「何だと!」

と言ってネーボムクが詰め寄って来ます。セラが私達の間に立ちました。


「私と妹が無事に戻って来なかったら、私達の親戚であるエーレンフロイト家の人達が黙っていませんよ!」

姉がそう言うと、ネーボムクは歯が見えるほど大口を開けて笑いました。


「語るに落ちたな。何がエーレンフロイト家だ!あの家門はなあ、何十年も前に殺し合いをして親戚が全くいなくなったんだよ。なのに何が親戚だ。そんな事も知らずに愚かな難民共め!騙されると思ったか!」

姉が怯みました。私同様『何十年も前に親族間で殺し合いをした』という言葉に衝撃を受けたのでしょう。

それをネーボムクは誤解したようです。


「ここまで人を馬鹿にしておいてタダで済むと思うなよ!おまえら全員ブラウンツヴァイクラントに送り返してやる。それが嫌だと言うなら今すぐ床にぬか付いて謝れ!ヒンガリーラントの男爵を侮った報いを・・・。」

「嘘を言わないで!あなたは男爵ではなく準男爵でしょう。」

と私は叫びました。

ネーボムクの顔が焼けた鉄のように赤くなりました。


「黙れ・・黙れ・・!」

「黙るのはおまえだ!エマ様とリナ様は間違いなくエーレンフロイト侯爵夫人アルベルティーナ様の姪であられる。エーレンフロイト侯爵家に親族はいなくとも、侯爵夫人であられるアルベルティーナ様には五人の兄妹がおられて甥や姪が何人もいらっしゃるのだ。シュテルンベルク伯爵家初代の血を引くエマ様とリナ様に対する侮辱はシュテルンベルク騎士団の一人として絶対に許さん!それ以上口を開くなら両腕と両足を切り落とす。」

セラがそう叫びました。

ネーボムク夫婦の顔が急に真っ青になりました。


「馬鹿な・・馬鹿な・・・。ヒンガリーラントの貴族と縁があるなど。あいつはそんな事一言も言わなかった・・・。」


『あいつ』とは誰?と思いました。聞き出せたら、他のブラウンツヴァイクラントの王女方や行方不明の兄の事がわかるかもしれません。


でも、やめておきました。司法省に任せた方が良いと思ったからです。それに何よりこんな薄汚い人間達を、フェルミナ様達の視界に入れ続けたくありません。


「嘘だ・・嘘に決まっている。そ、それに、難民如きが王国貴族に対して何を言ったところで・・・。」

「王国貴族?準貴族でしょう?シュテルンベルク家の図書室にあった貴族名鑑で確認したのよ。」

と姉が言いました。

「私達は王都へ行きます。でも、その前にティナーリア様のアクセサリーとクオレの絵本は返して。返さないなら司法省に訴えます!」


「・・それだけは。」

震えながらネーボムク夫人が言いました。

「すぐ持って参ります。だから司法省だけは・・。」

「おい待て。勝手な事をするな!」

とネーボムクが叫びました。

「何よ!元々あんたが勝手な事をしたから。」

「何だと!おまえも喜んで話に乗ってきたじゃないか!」

夫婦が醜い怒鳴り合いを始めました。


「リナ様、エマ様。ここを出ましょう。奪われた物は司法省に取り返してもらえば良いのです。これ以上ここにいるのは耳の穢れです。」

とセラが言いました。確かにそう思います。正直、この場の空気をもう一秒とて吸っていたくありません。

私と姉は、皆に自分の荷物を取って来て欲しいと伝えました。


荷物はそんなに多くありません。出発の支度はすぐに整いました。屋敷の使用人達は、怯えたような表情で遠巻きにしています。ネーボムク夫人はうずくまって号泣していました。立ち去ろうとする私達に

「待て!」

と言ってネーボムクが掴み掛かろうとしましたが、セラに睨まれて後ずさりしました。


「我々はおまえ達を助けてやったんだ!崩壊した国から逃してやったんだ。我々は・・!」

最後までネーボムクは叫んでいましたが、私達は用意していた馬車に乗り込み、嫌な思い出しかないその屋敷を後にしました。


一方の馬車に私とセラとアリゼとクオレが乗り、もう一方の馬車にそれ以外の人達が乗り込みました。

体調の悪いアリゼは横にならせ、その向かいの席に私とセラとクオレが並んで座ります。


私はお母様の出自についてアリゼとクオレに説明しました。もう一方の馬車ではきっと姉が皆に説明している事でしょう。


アリゼとクオレは私の話に驚いてはいましたが疑ってはいませんでした。母という人に、それだけの威厳と気品があるからだと思います。


ヴェステンの門をくぐる前に門の側の雑貨屋さんで、人数分のカトラリーとコップを買いました。

そうして私達はレートブルクの街を出てトンネルをくぐり、河の駅へと向かいました。



乗り込んだ船の一等客室は空いていたので、私達は一等客室に入りました。クオレもフェルミナ様も、そして大人達も初めて見る蒸気船に興味津々です。

船の中でおしゃべりをしたり、ジグゾーパズルをしたりしているうちに時間はあっという間に過ぎました。私達は翌日無事王都に到着しました。


船を降りるとシュテルンベルク騎士団の人達が待ってくれていました。そしてその人達に混じって。兄のライルと姉の夫のアデムが待っていたのです!


「あなた!」

「お父様!」

姉とクオレが叫びました。


びっくりしました。幻ではないかと目を幾度も瞬きしてしまいました。そうではないとわかって嬉しさで、涙が頬を伝っていきました。


「この船で戻って来ると思って、待っていたんだ。」

と兄が言いました。兄はクオレを抱きしめ、同時にアリゼを抱きしめました。それから私の事も抱きしめてくれました。義兄も姉を抱きしめています。


「母上が屋敷を整えて待っていてくれているよ。行こう。」

と兄が言いました。

晴れ渡った空の下を私達は迎えの馬車に向けて歩き始めました。

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