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男爵の館

ヒンガリーラントへ一緒に亡命するのは、ティナーリア様にフェルミナ様。フェルミナ様にお仕えする侍女のアガーテさんとローレさん。

アガーテさんのお母様のドーリスさん。ローレさんの妹のルディさん。そして私と母のノエル、アリゼとベルダとニルスとクオレでした。


ヒンガリーラントまで行く馬車は、男爵様を紹介してくださった侍従の方が手配をしてくださったそうです。


ヒンガリーラントまでは一週間の旅になりました。国境へ向かうまでの道は私達と同様、王都から逃げ出す難民で溢れていました。これだけの数の人々をヒンガリーラントは受け入れてくれるのだろうか?それだけの国力があるのだろうか?と私は疑問と不安に思いました。


道中、特別な問題は無く私達は国境を抜けました。生まれて初めて来る隣国は、外国とはいえ元々同じ一つの国だったものが分かれた国なので、言葉も同じですし行き交う人々の顔も似ています。


「変わった髪型だね。」

とニルスは言いました。ブラウンツヴァイクラントの女性は前髪を長く伸ばしています。子供でも前髪が肩の長さまであって左右や七三に分けていますし、成人すれば後ろ髪と同じ長さにまで伸ばします。そして成人した女性は、髪を結い上げてまとめます。


だけどヒンガリーラントの女性達は前髪が短いのです。大人でも結い上げている人はほとんどおらず、一つに結んでいたり全く結んでいないかです。その髪型のせいか、女性達の顔は幼くまるで子供のように見えます。


途中の道で、水や食べ物を買い宿屋にも泊まりましたが、これでは一目で私達がブラウンツヴァイクラント人だとわかるでしょう。だけど、情勢がすぐに落ち着き国へ帰れるかも、と思うと前髪を切る気にはなりませんでした。ありがたい事に不躾な目で見られる事はありましたが、危険な目に遭う事はありませんでした。



一週間後。私達は男爵家の館に辿り着きました。私達を庇護してくださる男爵様の名前は、バルトロメウス・フォン・ネーボムク男爵と言われます。年は30歳との事でした。


ネーボムク領は田舎でしたが、とても美しい土地でした。大きな湖があり、地面には石畳が敷き詰められ、平民達の家も美しく整っています。物乞いのような人もいませんし、見回す範囲には貧民街のような場所もありません。


ただ、綺麗過ぎるような気もしました。

まるで、領都というよりどこかの別荘地や観光地のようです。雑多な人々が集まって住んでいる街、というよりも作り物めいた人工の街という感じなのです。


領主である男爵の館も、大通りからかなり離れた小径の奥にぽつんと一件だけありました。正直そんなに広くありません。別れた夫の上司だった子爵様の館の10分の1ほどでしょう。ここはおそらくセカンドハウスなのだろうと思いました。


その館は正直荒れていました。庭はまるで手入れされておらず雑草が生い茂っています。館の中も一見綺麗に見えますが、細部を見るといろいろな粗が見えました。使用人の数も、館の規模の割に明らかに少ないです。


何かがおかしい。

と思いました。私は田舎に領地を持つ中級貴族というものが、どういうものなのかよくわかっています。国が違っても、社会の作りが類似している以上、本質的なところは同じはずです。


この人は本当に男爵なのかしら?

と思いました。


容姿が悪いとは思いませんが、態度や姿勢にもまるで貴族らしさがありません。何より、貼り付けたような微笑みの奥の笑っていない目に酷薄さや邪悪さが滲んでいます。別れた夫や姑とそっくり。と思いました。

こういう人間は自分の欲望に忠実で、自分自身の欲の為ならばどれほど冷酷な事でもできてしまうのです。その反面、そんな本性を巧みに隠す事もできない愚かで浅薄な人間でもあります。


ここへ来たのは間違いだったのではないだろうか?そう感じました。



私達に当てがわれた部屋は粗末な部屋でした。


ティナーリア様とフェルミナ様が使われる部屋はまだそれなりの広さがありましたが、他の人が使う部屋は必要最低限の家具も無い狭く薄汚れた部屋でした。

ティナーリア様の部屋でさえ、ドアが開け閉めする度に軋み、内鍵は壊れていて、ベッドもぎしぎしと音をたてる。そんな部屋でした。

地下のボイラーが壊れているらしく、セントラルヒーティングは使えませんし、洗面所ではお湯が出ません。部屋がなまじ広い事が災いし、小さな暖炉では部屋がとても暖まりませんでした。


だけど、何より驚いたのは、大きなネズミが人を怖れる事もなく走り回っていた事です。


幼い子供達が襲われるような事でもあれば一大事です。

私達は侍女長に慌てて報告しましたが、「男衆にどうにかさせましょう」と言っただけで何もしてくれませんでした。


食事は初日だけはそれなりの物が出ましたが、その後はどんどんと質が低下していきました。


三日が過ぎた頃には、硬いパンと塩の味しかしない野菜と芋のスープ。そして、大人でも噛みきれないような硬い干し肉が出るようになりました。

干し肉は鹿肉らしいのですが、とても血なまぐさく大人でも食べるのが辛い味です。硬い事もあって、子供達にはとても食べられません。


厄介になっている身で文句をつけるのはさもしい事と思い我慢していましたが、子供達や妊娠しているアリゼがどんどんと痩せていくのを見ていられず、食事の改善をお願いしました。


そうすると、これがヒンガリーラントでは子供でも食べている普通の食事である、と言われ、もし違う物が食べたいというならばお金を払うようにと言われました。

そして、その日を境に執拗に金銭を要求されるようになりました。


ヒンガリーラントでは普通の事。


と言われても、私達にはその『普通』がわかりません。

王女殿下に危険があってはならない。と言われ、私達は屋敷の外に出してもらえないのです。庭には出してもらえますが。門の側には門番がいて、門の外には一切出してもらえません。まるで、これでは監禁状態です。


ここは森の中の一軒家です。街の人達は私達の存在も知らないでしょう。

ふと。私達の身にここで何かがあったなら、誰か気がついてくれる人はいるのだろうか?と不安になりました。

そう、例えば皆殺しにされて庭に埋められてしまったら・・・。


私達は恐ろしい場所に迷い込んでしまったのかもしれない。


恐ろしい現実に、やっと私達は気がついたのです。

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