昼食会(1)
結局姉はハーフアップにして、私はサイドハーフアップにしてもらいました。母はシンプルに髪を後ろで束ねています。
ベルダに仕度を頼んでいたニルスとも合流し私達は本館に向かいました。
私達の髪型を見てニルスは驚いていました。「でも、可愛いよ」とませた事を言ってくれます。おかげで少し緊張がほぐれました。
これから非公式の場とはいえ王族と面会するのです。緊張の余り食欲が全くありませんでした。
本館について案内されたのはいつも使用している食堂ではなく来客用の大食堂でした。東西に広がった部屋は南側が窓で、北側の壁にはたくさんのタペストリーが飾られています。状況が状況でなければゆっくり鑑賞したいところですが、そうもいきません。オイゲンに案内されて王子達が食堂に入って来たからです。
四人の若者達のうち誰がコンラート様なのかは一目でわかりました。顔がリヒャルト様にそっくりなのです。リヒャルト様同様美しい黒髪をしていて、瞳は青みがかった黒色をしています。
一人だけ若い子がいて、その子がヨーゼフ様なのだという事もわかりました。茶色の髪に大きな黒い瞳で笑顔にはとろけるような愛嬌があります。瞳の色以外にアルベル叔母様と似ているところがまるでありませんので、きっと彼は父親似なのでしょう。
残りの二人のうち、瞳の色が金色がかった緑色なのがルートヴィッヒ王子で、緑色なのがフィリックス公子だとヨハンナに教えてもらっていました。
二人は従兄弟というだけあって兄弟のように顔立ちがよく似ていました。彫刻のように鼻筋が通っていて目元は見事な桃李眼です。態度に品や清潔感があり、思わず見惚れてしまいました。
「貴女がエーレンフロイト侯爵夫人の姉上なのだね。貴女方の事はレベッカ姫もとても心配していた。無事に戻って来る事ができて本当に良かった。」
・・王子様の発言に、なんか色々と引っかかりました。
私達は無事戻って来られたけれど、アリゼやクオレやフェルミナ様はまだネーボムクの所にいるのです。兄や姉の夫は行方不明なんです。
それなのに『良かった』とはとても思えません!
それにあなたが『良かった』と思っているのは、あなた自身が思っているからではなく、レベッカ様が心配していたからなんですね。レベッカ様があなたの婚約者でなければ、興味を持たれなかったって事ですよね。
と、ついひねくれた考え方をしてしまいましたが、まさかそれを口に出して言うわけにはいきません。母も作り笑いを浮かべ
「ありがとうございます。全てはブラウンツヴァイクラントの難民に寛容な政策をとってくださっている王室の恩寵故でございます。難民を代表し、王国の星であられるルートヴィッヒ殿下に御礼を申し上げます。」
と言い深く頭を下げました。
私も姉も慌てて頭を下げました。
「娘のエマとリナ、そして孫のニルスでございます。王子殿下に拝謁が叶い光栄の極みでございます。まさか、本日お目にかかれるとは思っておりませんでした。」
ちょっとドキッとしました。予告も無しに来られた事への嫌味に聞こえない事もないセリフだったからです。
母の言葉に反応をしたのはコンラート様でした。
「邪魔だから来るな、って言ったのに無理矢理ついて来たんです。迷惑だと何度も言ったのに。」
・・・・。
幻聴を聞いたのかと思いました。え・・王子様に『邪魔』とか『迷惑』って言ったんですか?
「ははは。まあ、ずーずーしいのがルーイ様の個性だしさ。」
「笑い事じゃない、ヨーゼフ。おまえが、明日私がカロリーネ大叔母様に会う為にエーレンフロイト邸に行くという事をバラしたから、殿下が押しかけて来たのだぞ。」
「ごめん、ごめん。伯母様達もごめんなさい。うるさい人を連れて来ちゃって。」
・・・何と返事をすれば良いのか全く分かりません。
「でもって、僕がヨーゼフ・フォン・エーレンフロイトです。初めまして!」
「コンラート・フォン・シュテルンベルクです。お会いできて光栄です。」
とコンラート様が礼儀正しく挨拶されます。
そのすぐ後、公子が一歩前へ出て来ました。
「はじめましてエーデルフェルト夫人。フィリックス・フォン・アーレントミュラーと申します。うるさくしてしまい申し訳ありません。権力を振りかざして家臣に迷惑をかけるほどいい女じゃないだろ、おまえの婚約者は。と言ったのですが言う事を聞かなくて。それとルーイ。エーデルフェルト夫人のご子息方はまだ行方不明なのだ。それなのに『本当に良かったですね』なんてマヌケな事を抜かしていたら、おまえ婚約者に害虫のように蹴り殺されるぞ。ほんと失礼だな。」
あ、この人達本当に『友達』なんだ。と思いました。
適当なおべんちゃらや追従をいう間柄でなくて、耳に痛い本当の事がぽんぽんと言い合える間柄なのです。
ルートヴィッヒ王子は明らかに怒っていますが、三人とも気にする気配もありません。
「フィル!おまえだって失礼だろう。ベッキーは素晴らしい女性だ。それに害虫ならともかく人間を蹴り殺すような女の子じゃない。エーデルフェルト夫人の前で失礼な事を言わないでくれ。申し訳ない。エーデルフェルト夫人。フィルとベッキーは犬猿の仲でして。」
「すみませんでした。自分、親に放任されて育ったもので、しつけのなっていない犬のようだとよく言われるのです。」
「さりげなく、ベッキーを猿呼ばわりするな!」
「じゃあ、おまえは僕が猿だと言いたいのか⁉︎僕が猿なら従兄弟のおまえも猿だぞ!」
・・レベッカ様って害虫を蹴り殺すような令嬢なのでしょうか?そちらの方が気になります。(※作者注・その通りです)
「ああ、うるさい。オイゲン。ルートヴィッヒ殿下とフィリック公子はお帰りになられるそうだ。玄関まで送って差し上げてくれ。」
「絶対に帰らないぞ!明日、おまえがエーレンフロイト邸に行くのについて行かせてもらうからな。だいたい、僕の婚約者のベッキーとおまえの方が仲が良いというのがおかしいんだよ!病院にも何度も見舞いに来てもらいやがって。僕なんか、デイムの叙任式でちらっと顔を見ただけでずっと会っていないのに!」
目の前で非常に醜い言い争いが生じています。
オイゲンの言った事は本当だったのね。と私は思いました。
『青鷹の間』に行く道すがら、母がオイゲンに聞いたのです。
「殿下方にふってはならない話題というものはあるのかしら?」
「ルートヴィッヒ殿下は、婚約者であるレベッカ様がコンラート様の事を『お兄様』と呼んで慕っておられるのを不快に思っておいでのようです。ですからルートヴィッヒ殿下の方から話をなさらない限りレベッカ姫様の話題は避けた方が良いかと思われます。それとコンラート様の婚約者の話題は避けて頂くと助かります。」
「お腹空いたー。早くお昼ご飯食べようよ。ねえ、ニルス君もお腹空いただろう?」
ヨーゼフ様に話をふられてニルスも困っています。
そんな険悪な空気の中で昼食が始まりました。