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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第1章 母の故郷(ふるさと)
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百万の蛍(2)

病弱だから。

人見知りだから。

老いた母と離れられないから。


現実には体は丈夫そのものだし、平民の職人ともすぐに仲良くなれるコミュ力高めの性格でしたが、屁理屈を捏ねてフリーデリーケは移動を拒否しました。


結局トゥアキスラントが条件面でずるずると妥協し、使用人として10人お供を同伴させる事、住む場所は王太子妃宮の一画で。という事をフリーデリーケ側が認めさせました。

王女の輿入れにさえ同伴者を許さなかったのに、お供が10人です。どっちが王太子妃かわからない。とトゥアキスラント人は噂しました。

そしてフリーデリーケはトゥアキスラントの王都にやって来ました。


彼女が同伴させた弟子は1人だけで、残りの9人は王宮の女官や近衞騎士でした。王太子妃の乳母、乳姉妹、元護衛騎士、友人を王太子妃の為に連れて来たのです。王太子妃は懐かしい人々の顔を見て、涙を流して喜んだ。と伝えられています。


フリーデリーケはトゥアキスラントでも精力的に創作活動を行いました。何枚もの芸術的なタペストリーを製作し、そのうちの何枚かはトゥアキスラントの国宝に指定されています。


フリーデリーケは12年の間、トゥアキスラントで暮らしました。その後トゥアキスラントの王妃が死に、ヒンガリーラントの王室とシュテルンベルク家がフリーデリーケを返すよう強く働きかけてフリーデリーケはヒンガリーラントに帰国しました。帰国の際連れて帰ったのは弟子1人だけでした。


フリーデリーケはシュテルンベルクの屋敷でまた暮らすようになりました。溺愛してくれる兄の庇護の元、食べる為に働く必要もなく彼女は自分自身と家族、大切な友人の為だけにタペストリーを作りました。彼女はどれだけのお金を積まれてもお金の為に作品を作る事はありませんでした。その反面お世話になっている人や仲の良い友人には無償で作品をプレゼントしました。生涯独身で子供もいなかったフリーデリーケは常日頃から『作品が私の子供』と言っておりそれゆえに作品をお金で売買する事を良しとしなかったのです。

77歳で世を去るまで、200枚以上の作品をフリーデリーケは制作しその8割をシュテルンベルク家が保有しました。その作品を飾って行われるシュテルンベルク家の夜会には王都中の貴族が詰めかけたそうです。


彼女の作った『百万の蛍』は、彼女が死ぬ3年前、ヒンガリーラントに戻って来ました。トゥアキスラントに嫁いだ王女の孫娘がヒンガリーラントの王子と結婚し、持参品としてヒンガリーラントに持って来たのです。数奇な運命を辿った『百万の蛍』は国宝に指定され、国立博物館に展示されました。


「20年前、国立博物館の創立100年を記念してフリーデリーケ様の作品展が行われ、当家が所蔵する全てのタペストリーが国立博物館に展示されました。その作品展では連日多くの観光客が押しかけ、ついには博物館に入りきれなくて人数制限が連日行われたほどです。」

とフラヴィウスが言いました。

気持ちはわかります。その当時私がこの街で暮らしていたら、私もきっと見に行ったでしょう。


「彼女の他の作品は、どこに飾ってあるのですか?」

「当主様の書斎や、本館で最も格式のある客室、それに晩餐会用の大食堂に飾ってあります。大食堂にはノエライティーナ様が姉上のエリカ様と一緒にお作りになったタペストリーも飾られていますよ。一度ご覧になられてみてはいかがでしょうか?」

「まあ、それは是非見てみたいわ。」


その時、ふと思いました。さっきフラヴィウスは言いました。初代伯爵夫人も切ったり貼ったりが好きな性格だったと。


「もしかして、どこかに『聖女エリカ様』が作ったタペストリーも飾られているのかしら?」

「エリカ様が作ったとされるタペストリーは存在しますが、あまりにも貴重な品の為普段は『青鷹の間』に収蔵されています。当主や後継者の結婚式や葬儀の時にだけ『青鷹の間』から出されるのです。」

「そうなのですか。」

「フリーデリーケ様の作品もほとんどが劣化を防ぐ為『青鷹の間』に収蔵されていて、当主の結婚式の時にだけ飾られます。死ぬ前にもう一度見てみたいものです。」

「リヒャルト様は独身ですもの。近いうちに見られるのではありませんか?」

「・・・そうですね。良い御方と巡り合って幸福な結婚をして頂きたいと家臣一同願っております。」

「きっとできますわ。」


私はフリーデリーケが作ったタペストリーに目を移しました。見れば見るほど、魂を吸い込まれそうなほど美しいタペストリーです。

それと同時に彼女の生き方に感銘を受けていました。


フリーデリーケは生涯独身で子供もおらず、自らの趣味に生き、作品が彼女の子供だったのだそうです。

そんな人がいて、そんな生き方でもヒンガリーラントでは尊ばれるのだという事に胸が震えました。


私も彼女のように生きてみたい。結婚はもうこりごりです。

一生独身で、打ち込める趣味を見つけてその趣味を愉しみながら暮らしてみたいです。

自分の好きな事をしてそれを皆に認められて。そんなふうに生きる事ができたらどんなに素敵でしょう。


「何を見ているの?」

と言って姉が寄って来ました。

私はフリーデリーケのタペストリーを指差し、フラヴィウスに聞いた彼女の生涯を話し始めました。


国立博物館に収蔵されているという『百万の蛍』もいつか見に行ってみたいと思いました。

フリーデリーケの生き方に感動し、リナは『生涯独身!』の決意を固めてしまいました(^◇^;)


次話にて、入院していたコンラートがついに退院して屋敷に戻って来ます

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