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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第1章 母の故郷(ふるさと)
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図書室

午前も午後も裏庭までかなりの距離を歩いたニルスはすっかり眠くなってしまったようで、屋敷に戻ってお昼寝を勧めるとすぐに眠ってしまいました。


姉はしばらくその寝顔を眺めていましたが、オイゲンに

「お願いがあるのだけど。」

とおもむろに言い出しました。


「ヒンガリーラントの貴族名鑑を見させて欲しいの。」

「かしこまりました。図書室にございます。持って参りましょうか?それとも図書室に行かれますか?」

「図書室に行きます。」


本は貴重な財産です。特に貴族名鑑は貴族家にとって重要な書物です。借りるのは恐れ多いと姉は思ったのでしょう。


「お姉様。私もご一緒したいわ。」


眠っているニルスは、母が見てくれるというので私と姉は本館の図書室へ向かいました。


本館には馬車で向かいます。

こんな広いお屋敷の図書室です。きっとものすごく広い事でしょう。


そして案の定、図書室は衝撃の広さでした。ブラウンツヴァイクラントの王都にあった我が家より広いかもしれません。


図書室はただ本を収蔵しておく場所というだけでなく、談話室としての用途もあるようです。キャレルとは別に、たくさんの机や椅子が置いてあります。ある一画にはローテーブルとソファーセットが置かれその周囲の壁にたくさんのタペストリーが飾られていました。


驚いたのは、図書室内に司書がいた事です。オイゲンと同じくらいの年の初老の男性でフラヴィウスという名前の人でした。その方に頼むと、貴族名鑑の置かれているブースに案内してくれました。


貴族名鑑は五年ごとに新しい物が出るそうです。

そして貴族名鑑は大量にありました。当然です。今は大陸歴317年。ヒンガリーラントが建国されて317年経っているのです。そしてシュテルンベルク家は建国時からある家門です。つまり317年分の貴族名鑑があるのです。数にして60冊以上です。

姉は最新版を見せて欲しい。とフラヴィウスに頼みました。


「ネーボムク男爵がどういう家門と縁組を結んでいるのか確認したいの。」

と姉は私に言いました。『ネーボムクは末端で上位者がいる』という母の言葉を気にしているのだと思います。


「それにしても男爵家もかなりの数ね。見つけるのが大変そう。序列は何位くらいなのかしら?」

「司書さんなら知っているのではないかしら。聞いてみた方が早いかもよ。」

私はそう言って、フラヴィウスに質問してみました。答えは意外なものでした。


「ネーボムク卿は男爵ではありません。準男爵です。」

「ええ!」


確かにそれは事実でした。彼の家門については準男爵のページに書かれていました。


「あの男、嘘をついていたのね!」

と姉は怒りに震えています。私はその横であきれていました。こんな嘘をつくなんて何て小さな男!と思わずにいられませんでした。


ネーボムク準男爵夫人は元平民でした。男爵には姉がいるようですが、彼女も平民に嫁いでいます。結婚で結びついている貴族の家門は無いようです。姉はネーボムク家がどのくらい昔からある家門なのか調べる為、他の貴族名鑑を確認し始めました。


私は図書室の中を歩いて回ってみました。歩くだけの広さがある部屋です。本棚にはたくさんの本が並べられていますが、医学書や歴史書が多いみたいです。流行り物の恋愛小説や冒険小説の類いは見当たりません。


私は壁際を回って、飾られているタペストリーを眺めました。図書室というと絵が飾ってある、というイメージがありましたがここには絵が一枚も無く、壁に飾られているのは全てタペストリーです。その数、20枚以上です。

どれも非常に繊細で美しいのですが、その中に一枚傑出して美しいタペストリーがありました。おそらく最も価値のあるタペストリーなのでしょう。一番目立つ場所に飾られています。


それは朧月おぼろづきの下で咲く満開のさくらんぼの花を描いた物でした。

紺色の空に銀色の月が霞み、満開の白い花がはらはらと散る姿はこの上なく美しく幻想の世界に迷い込んだかのようです。何時間でも見ていられるような素晴らしいタペストリーでした。


私は子供の頃から刺繍が好きでした。元夫の家でやらされた家事の中でも裁縫が一番好きでした。だからこそ、このタペストリーの凄さがわかります。私ではとてもこんなふうには縫えません。


「美しいタペストリーでしょう。」

とフラヴィウスが私に声をかけて来ました。


「ここにあるタペストリーは全て、歴代のシュテルンベルク一族の女性達が作った物です。初代伯爵夫人と同じで、切ったり貼ったりする事が好きな女性が多かったのでしょうね。」


初代伯爵夫人、というのは『聖女エリカ』の事です。

彼女は、女性の地位向上と医学の進歩に生涯を捧げた看護婦でした。

医学の天才であった彼女は誰に教えられなくても、患者の傷口の縫合ができたと言われています。


お母様のお姉様の名前がエリカなのは、聖女様の名前をいただいたからなのでしょう。

ちなみに聖女エリカ様には三人の娘がいて、エマ、リナ、ミアという名前だったのだそうです。私と姉の名前は彼女達からとられているのです。


「このタペストリーはとりわけ美しいですね。」

私は夜桜のタペストリーを見ながら言いました。


「これは、8代当主の末娘であられたフリーデリーケ様が製作されたものです。睡蓮の間にある睡蓮の池のタペストリーもフリーデリーケ様が作られたのです。」

「まあ、そうなんですか。あれも素晴らしい作品だと思っていました。すごいですね。」

「シュテルンベルク家は、たくさんの偉大な軍人を輩出した家門です。ですがヒンガリーラントの国民に、名前を知っているシュテルンベルク一族の人間は誰かと聞いたら一番は聖女エリカ様で、二番目はフリーデリーケ・フォン・シュテルンベルク様の名前を語ると思います。彼女の作品である『百万の蛍』はヒンガリーラントの国宝に指定され国立博物館に飾られています。」


作品が国宝ですか!それは本当にすごいです。見てみたいです。


「フリーデリーケ様が生きていた時代、パッチワークは農家の冬の手仕事で貧しい人が収入を得る為に作る物でした。フリーデリーケ様はそれを絵画や彫刻などと同じ芸術の域にまで高められた方なのです。現在のヒンガリーラントにはパッチワークのタペストリーを作って収入を得ている芸術家が数多くいます。そのような世の中になったのもフリーデリーケ様が道を切り拓かれたからです。」


すごい人がいたのだな。と感心致しました。

長い歴史のある家門です。多くの偉人を輩出しているのだ、と気付かされました。


『侯爵令嬢レベッカの追想』の五章の『罪と罰・4』で、シュテルンベルク一族の人達がエーレンフロイト家に詫びをいれに来るエピソードを書きましたが、その時謝罪の品の一つとして持って来たタペストリーは、フリーデリーケが製作したタペストリーです

シュテルンベルク家は家宝を持ってくる事で、心からの謝罪の意を表しましたが、はて?レベッカちゃんが価値を理解しているかどうか・・・


読んでくださる皆さんに心から感謝しています。ブクマや評価がちょっとずつですけど増えていて、すごくすごく嬉しいです(*^^*)

どうか、これからもよろしくお願いします

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