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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第1章 母の故郷(ふるさと)
23/65

外出

明けて翌日です。


私はこの上なく寝心地の良いベッドの上で目を覚ましました。

昨日、休んだ船の中のベッドも寝心地は良かったですが、ここのベッドはそれ以上です。寝坊しなかったのは奇跡だと思います。


「おはようございます。お嬢様。」

と言ってメイドさん達が、洗顔や着替えの手伝いをしてくださいます。この年になって『お嬢様』と呼ばれるのは恥ずかしいですが、メイドさん達は母と同年代なので私の事など実際のところ小娘にしか見えないでしょう。


昨日も思った事ですが、シュテルンベルク邸は年配の使用人が多いです。母が少女だった頃から働いているという使用人も数多くいるのです。つまり、この家は人の入れ替わりが少ない働きやすい、辞めたくない職場だという事だと思います。


朝食は西館で、家族だけでとります。

私が食堂へ行くと既に母がいて新聞を読んでいました。少し遅れて姉と、眠そうに目をこすっているニルスが現れました。


朝食は侍女長であるヨハンナが運んで来てくれました。


「わあっ!」

とニルスの顔が輝きました。

皿の上にのっているのは見た事も食べたことも無い食べ物です。


「タマゴミルクトーストというのですよ。エーレンフロイト家から譲り受けたレシピなんです。」

とヨハンナが言いました。

溶き卵に砂糖と牛乳を入れた物にパンを浸し、バターを入れたフライパンでカリッと焼いた物なのだそうです。


食べてみると表面はカリッとしていて、中はしっとりと甘く柔らかです。びっくりするほどおいしいパンです。

ニルスもフォークを握りしめて

「おいしー!」

と叫びました。


「こんな料理があるのね。」

と姉が言うと

「実を言いますと、古くなって固くなったパンをおいしく食べる為の料理なのですよ。昨日の夕食で余ったパンで作っているのです。」

とヨハンナが言いました。


「お口に合わなかった時の為に、こちらに焼きたてのバターロールも用意しております。」

「すっごくおいしいです。僕、毎朝これでもいいや。」

とニルスは言った後

「クオレにも食べさせてあげたいなあ。」

と小さくつぶやきました。


湖水地方に残して来たクオレやアリゼの事を思うと、私も胸が締め付けられるような気がしました。


「すぐにまた会えますよ。」

と母がニルスに優しく言います。


「エマ、リナ。食事が終わったら出かけようと思います。ついて来てくれますか?ニルスはベルダとお留守番をしていてくれる?」

母がそう言うとニルスは不安そうな顔をしました。


「どこへ行くのですか、お母様?」

と姉が聞きます。


「まず、海軍省に行って遺族年金の手続きをします。その後、民部省に行ってあなた達の市民権を買おうと思うのです。」

「王都の市民権ですか?」

「そうです。それがある事によってある程度の保護や権利が享受できますから。」


王都の市民権は、王都に住む権利を保証するものです。これを持っていないと家を買ったり借りたりできませんし、まともな職に就くこともできないそうです。法律上でも差別を受けます。


「お母様、ニルスの分は?」

「親が市民権を持っていたら、未成年の子供は同じ権利を持つ事ができます。」

「お母様。・・ベルダは?」

と私は聞きました。母は少し残念そうな顔をしました。


「王都の市民権は大変人気なので、10年くらい前から親が市民権を持っていた人か三世代以上準市民権を持っていた人しか買う事ができなくなりました。だからベルダは買う事ができないのです。でも、私が帰化したらシュテルンベルクの領都の市民権をベルダには買ってあげるつもりです。それなりに大きな街なので唯の難民でいるよりかは法律上の保護を受けられるはずです。」


王都はこの数十年の間、人口が増えすぎて住宅の供給やインフラ整備が追いついていないそうです。その為王都の人口を制限する為、市民権が簡単に買えないようにしているのだそうです。

おそらく近い将来、王都はブラウンツヴァイクラントからの難民が増えすぎてキャパオーバーを起こすでしょう。そうなったら難民の受け入れが拒否されるでしょうし王都内にいる難民達は、どこかの土地に強制移住させられてしまうはずです。その土地が犯罪者のうようよいる、天涯の流刑地である可能性もあるのです。同朋達の不安定な身の上に胸が痛みますが、そうなった時彼らを何とか救うにはまず、自分の足場を固めておかねばなりません。


「僕、お留守番なの?」

ひどく不安そうにニルスが言いました。


「お昼までには戻って来るから、ベルダと一緒に待っていて。」


「ニルス様。裏庭にウサギがいますから一緒に見に行きませんか?とても可愛いですよ。」

とヨハンナが言ってくれました。


ウサギ、と聞いてニルスの顔がぱあーっと明るくなりました。


「僕、ウサギって絵本でしか見た事ないの。」

「そうですか。ぜひ見に行ってあげてください。ウサギ達も喜びますよ。」

と優しくヨハンナが言ってくれます。


そうして私達は街へ繰り出しました。



役所での手続きはあっという間に終わりました。


私達親子三人に、執事のオイゲンと騎士で支団長のブルーノがついて来てくれた事が大きかったです。

二人が

「この方は間違いなくノエライティーナ様。」

と言えば役人は誰も疑いません。私達家族ではなくオイゲンとブルーノに、そしてシュテルンベルク家に信頼があるから面倒な手続きや調査が省かれたのです。


遺族年金はすんなりと満額払ってもらいました。


額が額なので、別室で支払いを受けたのですが、積み上げられた金貨の数は引くほどのものでした。これを持って帰るとなると、そりゃー護衛がいるな。と納得です。海軍省の事務員さんがお茶とタルト菓子を出してくれたのですが、正直お菓子の味がわかりませんでした。


その、もらったお金を使って民部省で市民権を買いました。市民権は大層な高額で、金貨の入った袋がごっそり無くなった事には軽いショックを受けました。ここでも、ろくに身元証明をする必要はなく手続きは数分で終了しました。


「では、帰りましょうか。」

とお母様は言った後

「さっきのタルトおいしかったわね。」

と言い出しました。


「ニルスへのお土産に買って行ってあげたいと思うけれど、どこの工房が作っているのかしら?」

「あのお菓子は、ローテンベルガー公爵夫人のサロンで提供されているものです。ローテンベルガー家の商会に行けば会員は購入できます。」

とオイゲンが答えました。


「オイゲンは会員?」

「はい。会員です。」

「では連れて行ってくれる?」

「承知致しました。」


『公爵夫人のサロン』なんて雲の上のような場所ですけれど、オイゲンはさすがだなあ、と思いました。あるいは、シュテルンベルクがさすがなのか・・・。


『ローテンベルガー家の商会』というのは周囲の建物と比べてみても群を抜いて立派な建物です。ドアをくぐる時は緊張しました。

中に入ると、すぐに個室に案内されました。一口サイズの舟形のタルトが欲しいと言うと、すぐに五人の使用人がトレイにのせて、色とりどりのタルトを大量に持って来てくれました。フルーツのタルト、ジャムのタルト、砂糖菓子を飾ったクリームのタルト。と20種類近くのタルトがあります。

部屋には甘い香りが充満しました。


母はタルトをちらっと見ただけで、提供されたお茶を飲んでいます。さっき海軍省で飲んだお茶よりも良い香りがするお茶です。

ニルスへのお土産なのに、お姉様や私にどのタルトを買おうか意見を聞かないのかな?と思いました。まあ、母のお金で買う物ですけれど。でも、ちょっと残念な気がしました。


そして母の注文は、衝撃的な物でした。


「全種類のタルトを二つずつ。」

衝撃の余り、手に持っていたティーカップを落としそうになりました。。


「残して、残りを全部頂くわ。」

リナ達が食べている朝ごはんは、フレンチトーストです

伝染病が流行していた間、リヒャルトの姉妹のリエとメグがずっとエーレンフロイト邸に居候していたので、レベッカの持ちレシピがたくさんシュテルンベルク家に伝わっています

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