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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第1章 母の故郷(ふるさと)
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前進する事

「何かしら?」

と母が問い返します。


「叔母上の戸籍の事です。私もいろいろな情報を集めていますが、ブラウンツヴァイクラントの内乱は長引く可能性が高いと思われます。状況が収まり治安が安定するには数年、もしくは十数年かかるでしょう。その間の叔母上と叔母上の家族の立場を安定させる為に、一度ヒンガリーラントに帰化し、シュテルンベルクの籍に戻られませんか?籍に戻れば、叔母上は再びシュテルンベルク伯爵令嬢に戻り、貴族としてヒンガリーラントの国民としての権利を持つ事ができます。叔母上が生まれた時にかけていた貴族年金を受け取る事もできます。亡きご夫君の籍を抜ける事には抵抗がある事も重々承知しています。ですからゆっくり考えてお決めください。勿論、シュテルンベルクの姓に戻りたくないとおっしゃるのなら、その判断は尊重します。それで、この屋敷内での叔母上の立場が変わる事はあり得ません。私は身内として叔母上の立場を同じように尊重します。」


「ありがとう。少し考えさせてもらえる?」

「勿論です。ゆっくりお考えください。それと、オイゲン。あれも。」

「はい。」


と言って執事が小さな箱を母に差し出しました。

箱を開けると、青いベルベットの布が敷いてあって、その上に鍵が一つのっていました。


「『青鷹の間』の鍵です。どうか、叔母上がお持ちになっていてください。」

「シュテルンベルクの代々の女主人が持つ、財宝室の鍵ではありませんか!まだ、帰化もしていない私が受け取る事などできません!」

「叔母上、私には妻も娘もいません。姉妹達も皆嫁ぎました。今現在、シュテルンベルクの姓を名乗る女性は一人もいないのです。ですからこの鍵を持っているべきなのは叔母上だと思うのです。」


巻き物と違い母は明らかに躊躇っていました。気持ちはわかります。これだけお金を持っていそうな家門です。『財宝室』にどれほどの財宝が眠っているのか想像もできません。嬉しさよりも重圧の方が大きいに決まっています。


「では、お預かりします。でも一時的にです。シュテルンベルクの姓を名乗る女性が現れるまでの間だけです。」

と母は言って受け取りました。



夕食が終わり西館へ帰るのにも馬車を使います。


ずっと黙っていた姉が馬車の中で

「お母様。」

と母に話しかけました。


「お願いします。ヒンガリーラントに帰化してください!」

「エマ。」

「お母様がお父様の事をとても愛しておられた事はわかっています。シュテルンベルク姓に戻る事は、死後離婚をする事だという事もわかっています。でもお父様だってわかってくれると思うんです。革命が始まって難民になって、だから仕方がないって。お金があれば、フェルミナ様達をネーボムク男爵の元から連れ出して差し上げる事ができます。フェルミナ様達を守りたいんです。その為にはお金が必要なんです!」


「顔をあげてちょうだい、エマ。帰化はするつもりでした。すぐに返事をしなかったのは、お金に対して浅ましいふうに見られたくなかったからです。」

「お母様。」

「お母様。あの、貴族年金って何ですか?」

と私は聞きました。ブラウンツヴァイクラントには無い制度です。


「貴族の子供が生まれた時に、将来成人した時に定期的に一定の金額が受け取れるようお金を預けておく制度です。男の子にだけかけて女の子にはかけないという貴族家も多いのですが、私の家族は私にもかけてくれていたのです。」

「じゃあ、今までもそれを受け取っていたのですか?」

「いいえ。受け取る事ができるのは『ヒンガリーラントの貴族』だけです。外国人と結婚したり養子に入ったりしてヒンガリーラント人でなくなったら受け取る事はできません。だからお父様はお姉様がブラウンツヴァイクラント人と結婚する事に反対したのです。」

「・・どれくらい受け取れるものなのか聞いても構いませんか?」

「構いませんよ。上限最高額をかけてくれていたので、年に金貨1000枚です。」


・・・。


くらりときました。


信じられない大金です。元夫の年収の十倍以上です。

私はまだまだ、まだまだ『大貴族』というものをわかっていなかったのです!


それと同時に思いました。


そりゃあ、怒りますよ。お祖父様という人も。娘が二人共外国へ行ってしまうとなったら。縁を切られて当たり前ですよ。


「それだけあれば!お母様、フェルミナ様達を迎えに行っても構いませんか?」

「待ちなさい。まだ、帰化したわけではないのですよ。帰化を申請してもそれが通るまではしばらく時間がかかるはずです。帰化をするまではまだ、私はヒンガリーラントの貴族ではなく唯の一介の難民です。ネーボムク男爵の持つ権力の前に力はありません。最初に決めたようにカロリーネ叔母様の助力を願うべきです。」

お母様は難しい顔をしてそう言われました。


「先程聞いた話を忘れてはいけません。ブラウンツヴァイクラントの王女殿下方が幾人も行方知れずになっているのだそうです。その全てにネーボムク男爵が関わっていると思いますか?関わっていないのだとしたら彼は末端の一人であり彼よりも上位者がいるのだという事です。私達には状況の全てがまだわかってはいないのですから、慎重に行動しなくてはなりません。あなたの辛い気持ちもわかりますが、ただ耐えて待つ事が前進に繋がる事もあるのです。」


「はい。」

と姉は言って小さくうなずきました。


そうして、シュテルンベルク邸に着いて初めての夜は更けて行きました。


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