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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第1章 母の故郷(ふるさと)
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遺産

私達は談話室に場所を移しました。


ヨハンナが大人にはコーヒーを、ニルスにはホットミルクを用意してくれます。


コーヒーは、結婚した後初めて婚家で飲みましたが、酸味が強くて苦手な飲み物でした。だけど出された物を一口も飲まずに断るのは失礼な行為です。私は覚悟を決めて一口飲みました。


・・・あれ?おいしい。


酸味はほとんど無く、心地よい苦味とコクがあります。

香りも以前飲んでいたものと比べ物にならないくらい良い香りです。


このコーヒーに比べたら、婚家で飲んでいたコーヒーは泥水に酢を入れたような物です。

もしかして私、嫌がらせで変な物を飲まされていたの?


そう思うと情けなくて恥ずかしくなりました。あのコーヒーを黙って飲む私を皆心の中で笑っていたのかも。と思うと心底情け無い気持ちになりました。


黙ってコーヒーを飲んでいると、執事のオイゲンが巻き物を持って談話室の中に入って来ました。


「叔母上。これは亡き祖父の叔母上への遺産です。」

とリヒャルト様は言われました。


「祖父が亡くなった時、父から話があったと思います。ですが、叔母上は相続を放棄されたと聞いています。でも、父は放棄の手続きをしませんでした。なので、この権利は今も叔母上のものです。今は25年前とは状況も変わりました。叔母上がこれを受け取る事は父の希望であり、ライムント叔父上の希望でもあるはずです。どうか受け取って頂けないでしょうか?」


『遺産』


という言葉に浅ましい話ですが胸が弾みました。


難民になり私達は全てを失ってしまいました。だけど、財産がある。という事が正直嬉しかったです。

それ以上に顔を見たこともない祖父が残してくれていた、という事に感激しました。


「お祖父様はお母様の事を気遣ってくださっていたんですね!」

と私はつい言ってしまいました。

しかし母は冷めた声で


「父ではありませんよ。私の事を気にかけてくれていたのはエルハルトお兄様です。」

と言いました。

母は巻き物を手に取り広げました。細かい文字がびっしりと中に書いてあります。


「何が書いてあるの、お祖母様?」

とニルスが聞きました。


「ライムントお兄様の遺族年金を私が受け取る資格があるという証明証です。」

「遺族年金って何ですか、お祖母様?」

「軍人さんが仕事中に亡くなったら、遺族に慰謝料とその軍人さんが受け取るはずだったお給料が払われるのですよ。お祖母様のお兄様だったクレメントお兄様とライムントお兄様は軍人で、仕事中に病気や事故で亡くなられました。それで、遺族年金の受取人にお祖母様のお父様がなられました。そのお父様が亡くなられた時、後継のエルハルトお兄様は遺族年金をご自分が相続されるのではなく、クレメントお兄様の分をアルベルティーナに、ライムントお兄様の分を私が相続できるよう手続きしてくださったのです。」

母はそう言った後


「エルハルトお兄様は書類をそのままにして置かれていたのですね。」

とリヒャルト様に言われました。


「これは叔母上の為に何もしてあげる事ができなかった父とライムント叔父上の気持ちです。父はエリカ叔母上とノエライティーナ叔母上に何もしてあげられなかったという事をひどく悔いていました。ライムント叔父上が生きていて伯爵家の後継になっておられたら叔母上達の状況は全く違うものになっていたはずです。」


「リヒトさん。私はブラウンツヴァイクラントに行きそこで嫁いだ事を後悔した事はありません。伝染病が流行して経済が悪化し革命が起きるまで、私は本当に幸福に暮らしていたのです。でも確かに今状況は変わりました。エルハルトお兄様とライムントお兄様が残してくださったこの遺産は老いた私にはかけがえのないものです。これで、子供達や孫達を飢えさせずに暮らしていく事ができます。ありがとう。」

「私に礼を言われる必要はありません。これは叔母上の当然の権利です。」


恩を一切着せる事もなく、さらりとそう言われたリヒャルト様の高潔さに感動しました。母上は相続を一度放棄していたのですから、リヒャルト様がこの権利を自分の物にしていたとしてもおかしくはなかったのです。だけど、リヒャルト様はその権利に手をつけず、ずっと残していてくださったのです。


私は別れた夫と姑の事を思い出しました。あの人達は私の花嫁持参金を横領し、悪びれた様子もありませんでした。


リヒャルト様の態度を『持つ者の余裕』と考える人もいるでしょう。だけど、それでも別れた夫とその家族はさもしい人達だったのだと考えざるを得ませんでした。


「叔母上。それともう一つ提案があるのですが。」


リナは別に変なモノを飲まされていたわけではなく、レベッカからおいしいコーヒーの淹れ方を聞いているシュテルンベルク家のコーヒーが特別においしいだけです

西大陸のコーヒー事情については『侯爵令嬢レベッカの追想』の2章の『コーヒーと◯◯』という話で書いています

興味を持ってくださった方はぜひ読んでみて頂けると嬉しいです^_^

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