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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第1章 母の故郷(ふるさと)
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夕食の席で

「何故かと言うと、そもそもの発端はレベッカなんです。アルベルの娘の。」

とリヒャルト様は言った。


「今、王都にもブラウンツヴァイクラント人の難民が押し寄せているのですが、レベッカは熱心に彼らの支援をしています。食料と衣類を寄付し、子供達の為に絵本やおもちゃを贈り、大人には収入の足しになるよう編み棒と毛糸やレース糸を渡し、医者や教師をレベッカがお金を払って派遣しています。それも、親の金ではなく自分の資産を使ってです。

それで、ある使用人が聞いたそうです。『どうして、お嬢様はそこまで彼らを援助するのか?』と。それに対してレベッカはこう答えたそうです。『親切は回るからだ』と。『自分には、ブラウンツヴァイクラント人の伯母と従姉妹がいる。だけど、彼女達は今消息不明でどこにいるのかわからない。だけど、私が誰かに親切にしたら、私に親切にしてもらった人も誰かに親切にしようとするだろう。そうやって親切な行いがリレーされていけば、いつかそれが伯母様達に届いて誰かが伯母様達に親切にしてくれるかもしれない。』と。そこで、叔母上達の名前を言うと、つい最近新しい菓子職人として雇った新人の使用人が、エマさんとリナさんの事を知っていると言い出したのだそうです。」


私と姉は顔を見合わせました。

「私達の事を?」

「いったい誰かしら?」


「実家がパン屋をしている少女で、パンの配達に行って二人に会ったのだそうだよ。」


その瞬間わかりました。

「ミリヤムですか⁉︎」

「ああ、すまない。その新人の名前までは聞いていない。」

「そうですか。でも、はい。誰かわかりました。」


私はびっくりしていました。

ミリヤムは、裏庭を歩いているのを見かけて声をかけ、パンを二つプレゼントしてくれた少女です。後日、その子の家を訪ねると彼女の兄が彼女は奉公に出た。と言っていました。あの子の奉公先がアルベルティーナ叔母様の家だっただなんて!


姉も興奮してミリヤムの事を、母やニルスに伝えます。

あの日の短い出会いが今日につながっているなんて、思いもしませんでした。


そして、従妹に当たる10代の少女がそんな事をしてくれているなんて、胸が熱くなりました。ミリヤムの兄という人に厳しい言葉をかけられた時は、ヒンガリーラント人が嫌いだと思いましたし、ヒンガリーラント人も難民を嫌っていると思いました。でも、そんな人ばかりではなく、親切な人達もたくさんいたのです。


「それで、その女の子の故郷に人をやって調べたんだ。それで、間違いないという事になったのだけれど。ネーボムクという男の事がよくわからなくてね。私も面識は無いし共通の知人はいない。こんな事を言うのはなんだが、地元での評判は悪かった。叔母上はどこであの男と知り合ったのですか?」


そう質問されて、姉が質問に答えました。リヒャルト様は難しい顔をして聞いてくださいました。


「そうなのか。その話は、情報省や国王陛下にお伝えしても構わないかな?」

「ええ、構いませんけれど。・・情報省にもですか?」

姉が少し不安そうな顔をします。


「色々と奇妙でね・・・。ブラウンツヴァイクラントには30人以上の内親王殿下がおられますよね。」

「・・そうですね。」

私達は少し言葉に詰まりました。


ブラウンツヴァイクラントには、確かに多くの王女様がおられます。しかし、王子殿下は三人しかおられないのです。

王妃様が生まれた王太子殿下と、宰相閣下の娘である『黄玉宮妃』様、王国三将の御一人である将軍の娘の『紅玉宮妃』様が生まれた王子が一人ずつ。それだけです。その三人しか『生まれていない』という事になっているのです。


どう考えても、生まれてくる子供の男女比がおかしいです。しかし、それを「おかしい」と言えるブラウンツヴァイクラント人はいません。

それは、言わば『王室の闇』だからです。この事実はブラウンツヴァイクラントではわかっていても口に出してはならない事とされています。


「未婚の内親王殿下がその内の半分くらいいるよね。ところが、そのほとんどが『消息不明』なんだ。」

リヒャルト様が重い口調で言われました。


「え?」

「既婚の方々は、外国に嫁いでおられる方はご無事だし、夫と共に亡命されたという方もいる。だけど、国内におられた未婚の内親王殿下方のうちのかなりの数の方がどうなっているかがわからない。亡くなられたとか、革命軍に捕らえられたという情報も無い。霞のように消えてしまったんだ。」

「・・・。」

「勿論、革命軍を恐れて、信頼できる者の側で息をひそめて隠れておられるのかもしれないが。そのような中で、『琥珀姫』殿下の消息がわかった事は大きな意味があるんだ。叔母上が、戻って来てくださったおかげです。」


「・・まさかと思いますが、他の姫殿下方もヒンガリーラントにいたりするのでしょうか?」

恐る恐る私は質問してみました。


「違うと思いたいが。もしも、他国の王女達がヒンガリーラント人に監禁されたり、害されているとなると国際問題です。」

「カトライン殿下の行方も不明なのですよね。」

と母が質問しました。


「はい。そうです。」

母が考えこみました。きっとお兄様の事を考えているのでしょう。お兄様はカトライン殿下の祖父君の秘書ですから、殿下と一緒にいる可能性が高いと思います。たとえ一緒でなかったとしても、何某なにがしかの情報を姫殿下は持っておられるかもしれません。


「叔母上達が戻って来られた事を、新聞にのせても構いませんか?そうすれば、行方不明の御長男や娘婿殿にも情報が届くかもしれません。」

「ええ、お願いできるかしら。」

母は即答しました。


それにしても。


カトライン殿下だけでなく、他の王女殿下方も行方不明だなんて!


私は私達が、蜘蛛の巣にかかった昆虫のようにネーボムク男爵に捕えられてしまったのは、姉が騙されやすい人だったから。と思っていました。

だけど他の王女殿下方もどこかで誰かに囚われているというのなら、騙されやすいとかどうとかいう問題ではありません。もっと大きく邪悪な力が働いているとしか思えません。


どうして?

と思いました。


どうして私達の国の王族が?


考えていると恐ろしい考えが色々と浮かんで来ます。


そんな私を気遣うような、そんな視線をリヒャルト様は向けて来ました。


「叔母上。」

とリヒャルト様は言いました。


「夕食の後、少しよろしいですか?エマさんとリナさんも。お話したい事があるのです。」

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