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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第1章 母の故郷(ふるさと)
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帰宅

私の母のノエルは昔から不思議な人でした。


平民と大差無い下級貴族の出なのに、何故か上流の貴婦人の様な威厳と気品のある人だったのです。


人並みに声を荒げる事もあったし、声を出して笑う事もありました。

なのに何故か、友達の母親とは違い行動の一つ一つがやたら格調高いのです。


「リナちゃんのお母さんって、上品だよね。」

「リナさんのお母様って、まるで大貴族みたい。」


子供の頃はそう言われる事が誇らしかったです。


でも、残念ながら私と姉にはその上品さはほぼほぼ遺伝しなかったようです。

今も二つ年上の姉は、手入れのされていない庭を見ながら延々と愚痴をこぼしています。その姿には、黙ってソファーに座って縫い物をしている母の10分の1ほどの品もありません。


私が離婚して一ヶ月近くが経ちました。


今、私と母と姉、そして義姉は隣国にいます。

革命の火の手が王都に迫り、隣国への亡命を余儀なくされたのです。



五日の旅程を経て王都の実家へ戻って来た時は、ほっとしました。

革命騒ぎは南部を中心に起きており、王都のある北部はまだ治安が落ち着いています。それでも道中、治安に不安を感じる場所もあり、一人旅ならば途中で心が折れていたかもしれません。

母と兄が迎えに来てくれた事に感謝する反面、二人に往復十日の困難な旅をさせてしまった事が申し訳ありませんでした。


実家まで距離があった事、結婚を反対された事から六年間一度も里帰りをした事がありませんでした。六年ぶりに見る実家はきちんと手が入れられているらしく、古びた様子はまるでありませんでした。変わっていたのは、花を植えていた庭が一面野菜畑になっていた事くらいでしょうか?南部からの農作物の流通が滞り、食料が手に入りにくくなっているのだそうです。狭い畑では焼け石に水かもしれないが、それでも食卓の足しになっているのだと思われました。


畑の中でうずくまる、幼い子供達の姿が見えました。雑草をむしっているのかと思いましたが、どうやらダンゴムシをつついて遊んでいるようです。母と兄の姿を見ると

「お父様。」

「お祖母様!」

と言いつつ泥まみれの手で駆け寄って来ました。正直私は怯みましたが、母は二人の幼子をギュッと抱きしめて

「ただいま帰りましたよ。」

と言いました。


「二人共、この人があなた達の叔母様のリナよ。リナ。こちらの亜麻色の髪の子供がライルの息子のクオレ、栗色の髪の子供がエマの息子のニルスよ。二人共五歳なの。」

「はじめまして、リナ叔母様。ニルスです。」

「おかえりなさい、リナ叔母様。僕はクオレと言います。」


二人は礼儀正しく挨拶をしました。


驚きました。


夫が愛人・・というか第二夫人に生ませた子供は四歳と二歳になるのですが、泥棒を前にした番犬よりやかましい子供達でした。意味もなく飛び跳ね、常に怪鳥音を発し、黙って椅子に座っている事もまともにカトラリーを使う事もできませんでした。やってはいけない、と言って叱るとわざとそれをやり、汚い言葉を使ってはならないと言い聞かせるとその単語を絶叫しました。


この違いは何?

と思いますが、どこかで納得していました。母が教育している子供が、卑猥なセリフを絶叫するはずがありません。


「はじめまして、こんにちは。」

と言うと、二人の幼子は微笑みました。その時気がつきました。母や兄や義姉がこの子達に私の悪口や軽蔑する言葉を伝えていたら、この子達は私を嫌い警戒したでしょう。でも、母達が私の事を好意的に話してくれていたから、この子達は私に笑顔で接してくれるんだ。と。


そう思うと泣きたいくらい嬉しかったです。


「クオレ。お母さんに帰ったと伝えてくれる?」

母が言うと、兄のライルに抱きついていたクオレが「はい」と言って、家の中に駆けて行きました。


しばらくして、義姉のアリゼがクオレと一緒に家の中から出て来ました。


「おかえりなさい。あなた。お義母様にリナも。」


姉と言ってもアリゼは私と同じ年です。一目見てわかりました。アリゼは妊娠している。


一瞬心の中に黒いもやがかかりました。同じ年で、同じ様に父親を早くに亡くして、だけどアリゼは幸福なんだ。優しい夫がいて子供にも恵まれて。


「会いたかったわ。リナ、早く中に入って。疲れたでしょう。お茶を淹れるから。」


私はぎこちなく笑いました。アリゼは私を優しく迎えてくれました。だから私も、醜い感情をこの胸で育てないようにしないと。

優しい人達に囲まれているのだから、私も優しい人間にならなくては。生まれ変わったのだと思って。


「ありがとう、アリゼ。ただいま。」


六年ぶりの我が家でした。



大学で経理の仕事をしていた父が病気で死んだのは、私が12歳の時でした。兄のライルは17歳で、姉のエマは14歳でした。

男尊女卑の激しい国で、夫を亡くした未亡人の立場は厳しいものになります。私達家族はこれからどうなるのだろうか?と不安でした。


大学の官舎を出た私達は、大学の近くの家に引っ越しました。母が持参していた花嫁持参金で買った家なのだと母が教えてくれました。

母はその家で下宿屋を始めました。大学に入学して来る学生達が部屋を借りてくれました。

うちには住み込みの家政婦のベルダがいてくれたけれど、彼女一人で家事や下宿人の世話の全てをする事はできません。母も料理や掃除をし、私達兄妹も手伝いました。

貴族らしさとは全く無縁な生活だったけれど、毎日賑やかで楽しかったです。


我が家で暮らしていた下宿人の一人がアリゼの兄でした。アリゼの母親は心配症で度々アリゼの兄への差し入れや手紙をアリゼに届けさせました。それで、私やライル兄様はアリゼと仲良くなりました。

そのアリゼの父親もアリゼが14歳の時に死にました。アリぜには兄だけでなく弟もいて、アリゼの母親はどうやって生活していくか長男の学費を捻出するか、途方にくれたようです。

そしてアリゼを娼館に売ったのです。


それを知った兄は母に頭を下げました。将来の財産分与はいらない。その代わりそのお金でアリゼを身請けしたい。と。

母はお金を出しました。内心、よくそんなお金が我が家にあったな。と思ったものです。

母も父もさほど裕福ではない下級貴族の出で、既にどちらの両親も死んでいたというのに。


アリゼは我が家で住み込みで働くようになりました。そして私が結婚した一年前に結婚をしました。ちなみにアリゼの兄とうちの家族はなんとなく関係が気まずくなり、アリゼの兄は他の下宿に引っ越ししていきました。


他にもいろいろな事があったけれど、幸福な少女時代を過ごしたと思います。下宿していた陽気な大学生達の影響で、私自身も大学に進学したいという希望を持ちました。そして進学した大学で夫と出会ったのです。

6話までは鬱々とした展開が続きます(−_−;)

その後は段々と明るくなっていく予定です。なので、どうかよろしくお願いします。

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