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シュテルンベルクの花嫁  作者: 北村 清
第1章 母の故郷(ふるさと)
19/65

西の館

そうしてお茶の時間が終わると

「また来るわね。」

と言ってアルベル叔母様は帰って行かれました。


「部屋に案内させます。夕食の時間までゆっくりなさってください。夕食をまたご一緒しましょう。」

とリヒャルト卿に言われました。


「叔母上。以前、使われていた部屋を使われますか?本館の方にも部屋は用意していますが。」

「そうね・・。では、昔使っていた部屋の方で。」

「わかりました。ヨハンナ。案内を頼む。」

「かしこまりました。こちらへどうぞ。」

母より年上そうな侍女が私達を案内してくれます。彼女がこの屋敷の侍女長なのだそうです。


「『本館の方にも』という事は、お母様の部屋は離れにあったの?」

と私は聞きました。

「離れというか、西館ね。本館にお父様とアルベルのお母様が住んで、東館に長兄夫婦が住んで、私とエリカお姉様が西館に住んでいたの。」

「ふうん。」

なんだか、前妻の子の悲哀を感じる話です。アルベルティーナ叔母様のお母様ってどんな方だったのだろう?と考えてしまいました。


私達は玄関から外に出ました。外には何故か馬車がスタンバイしていました。御者がドアを開けてくれます。

「・・・えっ?」

と思わず言ってしまいました。

「そんなに遠いの?」

「近くはないわね。」


だったら馬車に乗った方が良いでしょう。私達は馬車に乗り込みました。


そして、驚きの事実を知りました。本館と西館は渡り廊下で繋がっていました。

つまり、本館が大き過ぎるのです!そして西館も本館の半分くらいの大きさがあります。


こんな屋敷で幼少期を過ごしたお母様は、どういうお気持ちで、ブラウンツヴァイクラントのあの庶民的なサイズの家に住んでいたのだろう?と考えてしまいました。


その一時間後。私は浴室で湯船にゆっくりと浸かっていました。

ものすごく久しぶりの入浴です。ネーボムク男爵の館では、お湯で体を拭く事しかできなかったからです。

気持ち良くて、石鹸がとても良い香りで何だか眠くなりそうです。


それにしても・・・。


『上級貴族』の生活のレベルには驚きの連続です。私も別れた夫も、所詮木っ葉貴族だったのだと思い知らされました。


まず案内された母の部屋は驚きの広さでした。

寝室だけでなく、書斎、居間、衣装室、洗面所があるのです。

天蓋付きの豪華なベッドに私は驚いてしまいましたが、ニルスは別な物に驚いていました。


「おっきなネズミ!」

そう叫んで姉に縋りつきます。

「えっ!」

と侍女長が慌てた声をあげました。

「どこに⁉︎」

と姉がニルスに聞きました。

「・・・ベッドの上。」

「ベッドって・・・。」


違います。

ベッドの上には、キュートで巨大なリスのぬいぐるみがあったのです。


「違うわよ。大丈夫。あれはリスという動物のぬいぐるみよ。」

と私は言いました。結婚して田舎に住んでいた私は野生のリスを見た事があります。でも、王都っ子のニルスはリスを知らないようです。

それと同時に、ネーボムク男爵の屋敷にいたネズミがよっぽど怖かったのだと。と可哀想な気持ちになりました。


「リス?」

と言いつつニルスは、恐る恐るぬいぐるみに近づきました。


「シルフィ・・・。」

と母が呟きました。

「どうしたの、お母様?」

「子供の頃にね、リスを飼っていてシルフィという名前をつけていたの。」

なるほど。だから、この家の使用人さん達はわざわざリスのぬいぐるみを置いていたのですね。


「すごーい。ペットを飼っていたってお祖母様、お金持ちだったんだね。」

今まで数々『お金持ちだな』的なポイントはあったと思うのだけれども、今それを思うの⁉︎

と思いました。姉も赤面しています。


「ブラウンツヴァイクラントでは、ペットには高い贅沢税がかかるのでお金がないとペットが飼えないの。」

と母が侍女長に説明をしました。

そして、私達家族は一匹もペットを飼ってはいませんでした。


「まあ、そうなのですか!」

「ニルス。ヒンガリーラントでは、ペットを飼うのに税金を払わなくていいの。だから大抵の人がペットを普通に飼っているのよ。」

「そうなんだ!じゃあ、このおうちでも何か飼ってるんですか?」

ニルスが期待のこもった目で侍女長を見ます。

「はい。」

と侍女長は微笑んで答えました。


「猫にニワトリにアヒルにウサギ、後騎士団が馬を飼っていますよ。」

「すごーい。」

ニルスが目を輝かせました。

確かにすごいです。


「ニワトリやアヒルは卵がとれますけど、ウサギも飼っているんですね。どうしてですか?」

「そ・・れは、可愛いからです。」

侍女長の目が泳ぎました。もしや、ニワトリやアヒル同様食用に飼っているのでしょうか。

「さあ、お嬢様達の部屋にもご案内しますわ。」

と慌てて侍女長は言いました。

そして私達は客室に案内されたのです。


その客室も、言葉で言い尽くせない豪華さでした。

そして何よりまず、私は入浴をさせてもらったのです。お湯に浸かっていると、汚れと一緒に今までの疲れが溶けていくようです。


伯爵家は確かにお金持ちなのでしょう。だけど、それと同時にこの国が豊かで平和なのです。

ネーボムク男爵の所にずっといて、そしてそこで殺されてしまっていたら気がつけない事だったでしょう。

だけど、ここにいてここから見える景色もまたこの国の一部でしかありません。

母の故郷であるこの国は私の血の半分が流れる国です。


少し前までこの国は、あまり仲の良くない隣国で私にとって偏見の対象でもありました。


でも今は、この家の事、南東の方向にある領地の事、この国の事をもっと知りたいと思っていました。


そんな自分が不思議でした。

私は、離婚をしたあの日から何もかも諦めていたのです。期待する事も、考える事も、幸せになりたいと思う事も。


国を追われても、ネーボムク男爵の所で理不尽な目に遭わされても、仕方がない、もうどうでもいい。と本当は思っていました。

でも今『知りたい』という気持ちが、知って期待する気持ちが生まれて来たのです。


本当は、生き直したかった。幸せになりたかった。という事に気がつきました。

私、生き直せるかしら?


夢見る間は幸福でした。



それから、夕方になりまた馬車に乗って本館へ戻りました。

夕食もとても豪華でした。

母には、ヒンガリーラントでは魚介類の料理も多いと聞いていたので少し不安を感じていました。魚料理という物を食べた事がなかったからです。

でも、出された料理は肉と野菜が中心でした。味付けも素材の味を活かした素朴な物で、ソースが複数あり、好きな物をディップして食べます。この国がそういう食文化なのか、それとも食べなれない味付けに私達が困らないように気を使ってくださっているのかはわかりません。でも、とても助かりました。

私はトマトとハーブを使ったソースが一番気に入ったのですが、トマトが嫌いなニルスは卵と酢で作ったというソースが一番気に入ったようです。牛肉のステーキが出て来た時、まだ腕の力が弱いニルスにカトラリーが使いこなせるだろうか?と心配しましたが、ニルスに出されたステーキは最初から一口サイズに切り分けてありました。こういった些細な心遣いがとても嬉しいです。


別れた夫は私の気持ちを聞いて来たりせず、自分の興味がある事を一方的にしゃべる人で、場の会話が自分の興味のない物になるとムスっと黙り込む人でしたが、リヒャルト卿はプライバシーに踏み込まない程度に質問をしてくださって、私達の言う事を真剣に聞いてくださいます。そのおかげで、今日会ったばかりの人なのに夕食の席は会話が弾みました。


そして食事が終わり、デザートが出る前に母がおもむろにリヒャルト卿に尋ねました。


「どうして、私達がネーボムク男爵の所にいた事がわかったのかしら?」

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